泰国パパイヤ削り[X7]三年分のタクシー。
── 白石 昇 ──

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白石昇です。

ノート=ウドム・テーパーニットの事務所に着くと僕はとりあえず彼女の事を、友だちで新しく販売代理やってくれる会社の人です、と紹介した。

ノート=ウドム・テーパーニットはうれしそうに、僕と彼女をソファに座らせた。彼女は名刺を渡し、持って来た自分の会社紹介用の資料を広げて見せ、自己紹介をはじめる。

僕はあまりロを狭むこともなくそのようすを見ていた。彼女はエロ本の翻訳でひきこもっていた僕よりもはるかにタイ語が上手いのだ。通訳なんてする必要はない。

彼女はひととおり自分の会社の説明を終えると、お願いがあるんですけど、と言って話を切り出す。


ノート=ウドム・テーパーニットは彼女の、記者会見をやりたい、という内容のお願いを黙って聞いていたがやがて、何ひとつ深く考えることもなく、いいよ、と即答した。

そして、ただし、タイのマスコミは呼ばないで下さい。ゴシップとかそういう質問をされると困るから、と付け加えた。

その時すでに全ての話が僕や新しい代理人となる彼女の会社にとって、そして誰よりノート=ウドム・テーパー二ットにとっても元と同じようにシンプルなものに変わってしまっていた。

昨日まではものすごい面倒臭さをまとった感覚が僕の身体いっぱいを埋めつくしていたというのに。僕は今のこの状況が少し信じられなかった。

事務所を後にするとき僕は、ノート=ウドム・テーパーニットに、じゃあ、あさって帰るから、日本で働いてエロ本の借金を全部返してからまた来年タイに来るよ、と言った。

ノート=ウドム・テーパーニットは少し悲しそうな顔をしながら、俺の携帯電話の番号知ってる? と聞く。僕はすかさず自分の手帳を開いて、これでしょ?と指さして見せた。

彼は僕の手帳を覗きこむと、うん、そうこれ、と言って少し考えたあと振り返って、自分の机の上からマジックを取って来ると、その番号に極太の矢印を書き加えた。

そして、タイに戻って来たらすぐにこの番号に連絡しろよな、と言う。僕は彼の言葉に肯いて、来年また一緒に仕事をしよう、と言った。

事務所を出て再びタクシーに乗り込むと、友人女性はすぐに在泰の日本語媒体の編集部に片っぱしから電話をしはじめた。

まだ記者会見の日取りも決まっていない話だったが、隣で電話の会話を聞いているかぎり、どこの編集部もエロ本のことを既に知っているようで、反応はこの上なくよさそうだった。

僕は隣で続いているその会話から意識を外して、車の外を流れてゆくバンコクの景色を見ながら、何で自分はタクシーになんか乗っているのだろう? と思った。

エロ本を作っていた一年四ヶ月の間にタクシーに乗った回数よりも、この三日間で乗った数の方が多いような気がする。そう思いながら僕は、これでたぶん、今回の仕事は終わったな、と思った。おそらくもうこんなに毎日タクシーに乗るようなことは今後ないだろう。

つづく。

【しらいしのぼる】< http://www.mag2.com/m/0000012912.htm
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言語藝人。昭和44年5月1日長崎県西彼杵郡多良見町生まれ。『抜塞』で第12回日大文芸賞を受賞。訳書にノート=ウドム・テーパニット『エロ本』『gu123』。

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エロ本
ウドム テーパーニット 白石 昇
白石昇事務所 2002-08-19
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by G-Tools , 2007/01/23