創作戯れ言[2]伝えるということ
── 青池良輔 ──

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コンテンツ制作を行いながら、常に考えているポイントの一つに『伝える』ということがあります。どれだけ面白いアイデアを思いついても、どれだけ深いストーリーを考えても、観客やユーザーにそれが伝わらなければコンテンツとして成立しません。

物語を相手に伝えるキーは、『感覚の共有』だと思います。そしてその共有を行うためには、二つの大きな流れがあると考えます。一つは『普遍的価値観』、そしてもう一つは『共有記号』です。


普遍的価値観とは、喜怒哀楽のように本能にもとづいた感情であったり、ものすごく基本的な倫理観であったりするでしょう。「勝負に勝ったら嬉しい」とか「傷つきたくない」とか。よっぽどの変態か、ひねくれ者ではない限り理解してもらえるであろう価値観です。多くのストーリーテラーは、技術を尽くして様々な物語をこの普遍的価値観に照らし合わせて観客に伝える努力をしています。

「お互いの実家同士の問題を抱えている恋人が、偽装自殺をしようとして、失敗して死亡」という話を名作とするために、シェークスピアはしつこいほどの普遍的価値観の投入をしています。「突然恋に落ちることってあるよね」「障害が多いと恋愛って燃えるよね」「親友が殺されたら我を失うよね」……と、観客も「あ〜、そうですよねぇ。そういうことってありますよねぇ」と頷いているうちに、若い男女の心中話を飲み込んでしまうのです。そして、翻弄されているうちに理解してしまった新しい価値観のノド越しを楽しんでいます。

しかし、この普遍的価値観も使い方を間違えれば、「わかってるよ、そんなこと」の繰り返しになり、退屈な話になりかねません。上手いお話を読むと、理解しやすい価値観をいくつか提示しながらも、それぞれを並列に提示したときの、矛盾やズレを楽しませるように構築されているような気がします。その驚きが楽しいからこそ、物語はエンターテインメントになっているのでしょう。

もうひとつの要素の『共有記号』とは「多くの観客が、これまでの経験から既に学んでいるであろう事項を用いる」ことです。「砂糖は甘い」「海は広い」というレベルから始まって、「凶暴な宇宙人の餌は人間」とか「セクシーな女性はズルい」という根拠のあいまいな「どっかで学習しちゃったイメージ」まで、これらを説明に用いるのです。

記号の利点としては、それ以上説明が必要なく、場合によっては省いちゃって構わないというところだと思います。ほとんどの人が、右向きの三角を「PLAY」だと認識しています。そのおかげで、多くの家電は余分な説明から解放されています。ただ、記号の普遍的価値観との違いは、一度「学習」しなければいけないことです。

僕達がコンテンツを作る時にこの記号を用いるのであれば、「観客の学習度」を予測する必要があるでしょう。ゲーム好きの人と、ゲーム嫌いの人ではいわゆるゲーム的なインタラクティビティへの理解度はまったく違います。キャラクターの移動と視点の移動を別々にコントロールするなんて、日常生活ではありえないシチュエーションですし、何かに例えて説明するのも難しいものです。

物語を考えるにしろ、コンテンツのユーザビリティを考えるにしろ、よりストレスなく、こちらの意図を伝えるための落としどころを探ります。ただ、説明過剰になれば観客はなめられていると思うでしょうし、説明不足であれば不親切だと思うでしょう。古今東西老若男女すべてが「最高に美味しい」と思える料理が難しいように、コンテンツでも万能なものはなかなか作れないと思っています。

そこで『ターゲット設定』を考えます。自分が考えているコンテンツを一番楽しんでくれるであろう世代、性別に合わせて、より伝わりやすくするために、共有記号の選択範囲を絞っていきます。ターゲットが明確であればあるほど、笑いのツボもやっちゃいけないことも見えてくるはずです。そして絞り込まれた狙いは、その迫力も増すでしょう。ただ、ターゲット設定で注意したいのは、ターゲットを絞れば絞るほど、ターゲット以外の人が増えていく点です。あるラインを超えてしまうと「内輪受け」と言われるでしょうし、もっと突っ込めば「ひとりよがり」です。

考えれば考えるほど、バランスの難しいところですが、基本に立ち返って「伝える」という行為を考えてみると、テクニックやインフォメーションの取捨選択とは別に、「常識の範囲内で、相手に不快感や不信感を抱かせないように、相手の立場を考慮しながら丁寧に説明する」というのが基本のような気がします。「歩み寄り」というか「思いやり」というか……。そういうことを繰り返しながら、感覚や想いを共有していくのが理想なのでしょう。「大人はわかってくれない」と拗ねるより、本当に分かって欲しいのであれば「大人の気持ちも考えながら、青春の憤りを丁寧に説明してみよう」ということでしょうか。まぁ、それが簡単にできればこんなにグダグダと考え込まなくてもいいわけなのですが……。

生意気言いました。

【あおいけ・りょうすけ】your_message@aoike.ca
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1972年生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。学生時代に自主映画を制作したのち、カナダ・モントリオールで映画製作会社に勤務する。Flashアニメシリーズ「CATMAN」でWebアニメーションデビューする。芸術監督などを経て独立し、現在はフリーランスとして、アニメーション、Webサイト、TVCMなど主にFlashを使い多方面なコンテンツ制作を行う。

・書籍「Create魂」公式サイト
< http://www.ascii.co.jp/pb/flashbooks/create-damashii/
>

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Create魂 Flashクリエイターによるオリジナルアニメ創作論
青池 良輔
アスキー 2006-12-15
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star新分野の第一線で活躍するプロのクールで熱い創作論
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by G-Tools , 2007/01/23