ローマでMANGA[63]ユーリからヨーリへ
── midori ──

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講談社のモーニング編集部が日本人以外の作家の作品を掲載した90年代のほぼ10年間、作家の国籍はU.S.A.、カナダ、中国、韓国、ドイツ、フランス、スペイン、イタリアと多岐にわたった。

最初に掲載になったアメリカで見つけた作家はほぼ素人、マンガがあまり盛んでないドイツからの参加作家も素人っぽかった。ヨーロッパのコミックス王国フランスの参加者はプロで、さすがと思われる作品が多かった。毎年一度、南フランスのアングレームで開かれるコミックスフェアに編集長が行って、直接この企画の参加者を募って一人一人面接をしたこともあるけれど、底辺が広いと思わざるを得ない。参加作家が一番多い国がフランスだった。日本語を話すフランス人編集者がいたことも、話がスムーズに進んだ理由かもしれない。

スムーズと言っても、作品の企画段階から参加するのが通常業務の日本の編集部と、一人で作業が普通のフランス人作家の間でわかりあえない事は多々あったらしい。

我らがイタリア人作家は、前回まで主人公だったイゴルトを始め4人いて4人とも、編集部とやり取りをしながら進めていく作業形態を面白がっていた。

今回からその一人、マルチェッロ・ヨーリが主人公になる。イゴルトの子供宇宙飛行士「ユーリ」の次だからヨーリとふざけたわけではなくて、こういう名字なのだ。




アルファベットではJORIと書き、イタリア語にはない「J」の文字をつかった珍しい名字だ。イゴルトも本名をIGORといい、スラブ系の名前だ。イタリアの漫画家には妙な名前が多いと言うわけではないのだけど、地理的にも歴史的にもあちこちつながりのあるヨーロッパだから//。

ヨーリは北イタリアのメラーノというオーストリアとの国境に近い街の出身で、もともとこのへんはオーストリアから割譲された南チロルの町だそうなので、オーストリア系の名字だと想像できる。< http://bit.ly/17sT1Aw
>

名前のマルチェッロ、この「チェッロ」の吃音が日本人の感覚としては余計で「マルチェロ」と発音したいところだろうけど、本国ではこういう発音なのでそのまま行く。

マルチェロというと「マストロヤンニ」と連想する人があるかもしれない(マストロヤンニさんも本国では「マルチェッロ)」。イタリアを始め、キリスト教文化圏では聖人の名前をつけるのが普通なので、名前の種類がそうたくさんない。クラス内や事務所内で同名が重なるのは普通だ。

英語圏のジョージさんはイタリアではジョルジョでフランスではジョルジュ、スペインではホルヘとなる。我が息子のイタリア名はダニエレで、日本名は大右(だいすけ)とつけた。日本名も「だ」で始まるので「ダニエレは日本語でダイスケなの?」とよく聞かれる。

そういうわけでマルチェッロ・ヨーリだ。
< http://www.marcellojori.it/
>

ヨーリは漫画家で画家。最近では家庭用品アレッシのデザインもしている。
< http://www.alessi.com/en/1/316/marcello-jori
>

学生とアーチストの街、ボローニャに住んでいる。ここでサルデーニャ出身のイゴルトと知り合い、70年代の新コミックス運動「バルボリーネ」にイゴルトと共に参加した。真面目なイゴルトとおちゃらけな(本人は真面目なのだけど)ヨーリは気が合って、よくつるんでいてイゴルトから講談社での仕事の話を聞いて、んじゃ、僕も、とコンタクトを取ってきた。

●「マルチェッロ・ヨーリの冒険」

オトモダチのイゴルトによると、ヨーリは「幸運が服を着て歩いている」ということになる。例えば、知らない人の車の屋根に財布を置いたまま忘れて家に帰ってしまった。財布がまるごと戻ったばかりか、車の持ち主で財布を届けてくれた人が「あなたのファンなんです」と言って絵を買ってくれたとか。

イタリアで失くした財布が中身ごと戻ってくるのが珍しいところへ持ってきて、拾った人がファンで絵が売れちゃった、とイゴルトは呆れ返っていた。

マルチェッロのテーマは自分自身だそうで、自分を主人公にした話を持ってきた。自分を主人公にするといっても、自伝的なものではなく摩訶不思議な世界を旅行する主人公を自分にした物語。「マルチェッロ・ヨーリの冒険」なのだ。あ、作品のタイトルは「不思議な世界旅行」。自分のアートの一環で、色々な表現方法で展開するのだと言っていた。

ヨーリは卓越した水彩絵具使いで、この作品も水彩で描くことになった。カラーだから「ユーリ」と同じように各話8ページ。週刊誌に用意できるカラーページは最高16ページで、この16ページを一人の作家に与えることは稀だ。というか、そういう例があったのだろうか?

物語はヨーリの寝室から始まる。ベッドに入って連れ合いと事に励んでいると空中に目が現れる。そして謎の男が現われ、ヨーリはその男について不思議な世界旅行に出発することになる。

男のモーターボートでモビーディックに会いに行く。白鯨ではなくて赤い鮫だ。それから空飛ぶエイに乗って島へ行き、鳥軍と空中戦を戦い、ヒトの木(人間が樹の実として枝にぶら下がっている)と話し、死神と戦う。と、このように前後の脈絡がないままヨーリの旅が続く。

コマ割りは1ページに付き、時には8コマ、時には大ゴマひとつと自由自在に変化する。顔の表情は日本のMANGAほど顕著ではなく、リアルな表現。多分写真を参考にしながら描いていると思う。

表情は止まってて、コマからコマへの流れがない。それがコラージュのような独特な雰囲気を出していて、不思議なモノ達との交流がリアルに感じる効果を生んでいる。

これを書きながら、「不思議な世界旅行」の原稿のカラー写真を見ている。それでいまさら気がついたのだけれど、各話ごとに「支配色」がある。8ページ全体に共通の色味がある。アーチストだから計算しているのだろうね。

編集者とヨーリのやり取りは、ヨーリの性格を反映して、いつも穏やかに事が進んだ。編集者もイゴルトに対するほど厳しいことは言わなかったと記憶している。ヨーリもイゴルトのようにうるさいことは言わなかった。

次回から、編集者とヨーリのやり取りファックスを発掘して、作業経過の詳細に臨む。

【みどり】midorigo@mac.com

やっと本気でMANGA構築法をイタリアに伝えようという心境になりましたよ。今までも嘘だったわけではないのだけれど、話せば長くなるからお話しない心癖によって、気概がふっと抜けてしまって、別のことを始めてしまう。

生活費に必要だった観光ガイドの仕事が、ここ数か月全くといっていいほどなくなってしまった。で、なんとかしなくちゃと思いつつ、では、皿洗いとかベビーシッターとかやるのか? と考えたのだった。

ここまでは前も考えて、私の知識を社会に還元するの役目という考えに至ったのだけど、気概がふっと抜けてしまうのだった。

学校でMANGAマスター・コースを作る話をして校長もいいねと言っていた。でも、その後なんの音沙汰もない。やっと、向こうからなにか言ってくるのを待つのではなく、私が動かなくちゃだめじゃんということに気がついたのだった。

改めて企画書を書いて校長に提出。それがきっかけになったかのように、昨年出発と言ってて中止になったナポリ校での「MANGAテクニック」コースが、次の学年度(10月)から出発することになって、女性を扱うジャーナリストからウエブ雑誌に乗せるインタビューの申し込みがあったりして、何度か目の何かが動き出す感じを受けているここ数日です。

あ、企画書は校長も気にいってくれました。さらに煮詰めなくては。あちらこちらに移り気になる癖を諌めて、MANGA構築法に集中します!!! そうそう、この覚悟を庇護するかのように、6日間のガイド仕事の依頼がキャンセルになりました。お陰でMANGAセミナーを休まなくて済みます。

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
< http://midoroma.blog87.fc2.com/
>