ローマでMANGA[71]あなたは本当に素晴らしい編集者だ!
── midori ──

投稿:  著者:


講談社のモーニング編集部が日本人以外の作家を起用し、描き下ろしを掲載するという、前代未聞の企画を進行していた。わたしがイタリア人作家と編集部の仲介をするという、嬉し楽し仕事をしていた当時を、記録の意味を込めて書いているシリーズです。

今は、「幸運が服を着て歩いている」楽天的なヨーリとの関わりを書いてます。


●楽天的で大雑把なヨーリは最初の約束を忘れてしまう

前回では「ミヌス」というシンプルな形状をもった主人公が活躍する話を提案して、受け入れられたという話をした。

「ミヌス」提案前に制作を開始した「不思議な世界旅行」も着々と進んでいた。ただ、ヨーリはこれまでに何か月にもわたったミーティングの結果を、どこかに置き忘れてしまう。

イタリア組も日本組も、バカンスを終えた8月終わりのファックスでちょっと波が高まった。「不思議な…(長いタイトルなので編集とのやりとりでは、しょっちゅうこのように略していたのを思い出した)」の第4話と5話のネームがヨーリから届いて、その返事だ。

ポイントが二つあって、一つはネームの内容について。

「これまでの展開に比べて単調なのはなぜか。物語には起伏があってしかるべきだが、ヨーリの魅力である絵の衝撃力がない。悪魔的な男の捨て台詞のコマはもっと大きいほうがよくないか? あるいは後に高笑い場面などをいれたらどうか? 赤い鮫の出現場面も平凡だ。驚きに満ちた絵で表せる要素がたくさんあるのに演出が足らない」

ヨーリはネーム(ストーリーボード)といいながら、実際には「途中経過」として、すでにあちこちに本番の絵を入れたものをコピーして送っていたのだ。まずネームを作って担当編集と相談する、というお約束をすでに忘れている。

もう一件は全体の構成について。

第4話と第5話のネーム(ヨーリの途中経過報告)を読んで、違和感を覚えた編集者がシノプシスを読み返したところ、第5話はシノプシスの第2話に当たることが判明した。

つまり、物語が当初の予定よりもゆっくり進んでいるのだ。打ち合わせの結果は全13話(各話8ページ)の104ページで単行本一冊ということだった。だいたい、打ち合わせでは全12話だったのに、最終シノプシスを全13話で送ってきて、編集をたまげさせた前科を持つヨーリなのだ。

ヨーリはこの件について、全部の話が8ページではなく16ページになる。以前に16ページにすると言ったら喜んでいたではないか、と返事をした。さらには「柔軟性を残して欲しい。制作途中で話が多くなったる少なくなったりするかもしれない」と言う。

私みたいに「決まりごとは守るべき!」というプログラムがインプットされている者にとっては、こんなに鷹揚に気ままに振る舞って、打ち合わせの結果を平気で破っちゃう人は驚異であり、なんで決まりを守らないのかという苛つきに似たものを感じるのと同時に、羨ましさも感じる。

16ページに関しては、話し合いの途中で、中には8ページ二回で一話とするものもある、ということだった。全部の話ではなかったのが、いつの間にかヨーリの中ではそうなってしまっていた。

そして、ヨーリとしては提出したものは話し合いのためのネームではなく、途中経過報告なので、やり直しは好まないとまで言った。担当編集者は、長くなるのは構わないが、知らせて欲しい、ネームを見せてくれ、と当然のことを言った。

ストーリーの案が受け入れられたら、作家が勝手に進めるのがヨーロッパ方式なので、ヨーリとしては話し合いはすでにすべて済んでいると解釈したわけだ。まさか、原稿のレイアウトまで編集者とやりとりをすることになるとは考えていなかったのだろう。

逆の立場から言えば、日本の編集者はおおまかなストーリーと構成についての話合いの後、ネームでもう一度細かい打ち合わせをするのが当たり前なので、「ネームを見せてくれ」と言うのが「ネームを見ながら話し合いをしましょう」という意味だと、相手も取ってくれると思い込んでしまうわけだ。

ただし、ヨーリは担当編集のネームに対する意見に関しては、あなたは本当に素晴らしい編集者だ! と感心して意見を全面的に受け入れた。

その後、仕上がった原稿では、黒いウェットスーツに身を包んだ悪魔的な男の顔のアップが、縦割り2コマの半分を占めてわははは! と高笑いし、血のような赤い鮫が真っ青な海を背景に突然躍り出てきて、視覚的にインパクトのある原稿に仕上がった。

●Macに遊ばれながら編集のお手伝いは進む

ネームと途中経過報告問題は9月の最初の週のやりとり。次のFAXは、私からの14日付けで「不思議な…」の第4話と第5話の再ネーム、訳、「ミヌス」のネーム7ページ、ヨーリの手紙を郵送します、とある。

再ネームをFAXではなく郵送するのは、確か、ヨーリは大きい紙に描くのが好きで、ネームも大きな紙で描き込んできたので、A4のFAX機に入らなかったからだと思う。

何度かこのシリーズで書いたけれど、ネットはまだ一般的ではなかった時期の話で、こうしたやりとりだけで時間がやたらかかっている。郵送ともなると、2月に生まれた子どもを乳母車に乗せて、郵便局まで行ってさんざん並び、「日本までこんなに料金がかかるよ!」と余計な心配をしてくれる郵便局員をなだめて、手続きを終了してもらうという苦労をしていたのだ。

この頃、私は夏に里帰りした時にマックの初期のノートブック型の中古を手にいれて使っていたが、これにはずいぶん翻弄された。ノートブックというより、閉じると高さが4センチ位になる辞書と言った方がいい。

初期の重たい中古ノートブックはどうも、工場から出た時点でバグ満載だったらしい。何度もバクダンが出てフリーズしては弟にFAXでヘルプを求めたり、当時は珍しかったアップルの修理店を探して修理に出したりで、ずいぶんイライラさせられた。

この14日のFAX原稿は、ワープロで打ち込んでいる。この頃はまだいつか良くなると信じて、「そのうち、FAXをMacに取り付けたいと思っています。作った書類を直接送受信できるそうなので便利ですよね」とも書いてある。

ネットはまだまだ遠かったし、中古だから安く買えたのに、修理代が嵩んで仕方がないイライラ・ノートブックに見切りをつけて一体型のデスクトップを買い、FAXアプリを入れるのはまだ先の話だ。

●ミヌスの打ち合わせも最終段階へ

14日のFAXの後、日伊とも沈黙があり、30日に業を煮やしたヨーリから「不思議な…」を進めていいかどうかだけでも教えてくれ、で始まり、担当編集者の返事、私からヨーリへの翻訳、ヨーリの返事、編集者への翻訳通信、編集者からの返事が一日でドーーーッと一気に来た。

編集者からは「不思議な…」のやり直しがうまく行った、という褒め言葉と、ミヌスの容貌と題材についての丁寧な意見だ。

ヨーリは、編集者堤さんが最初にミヌスを見た時に否定的な反応をしたのを気にしていたのか、「鼻をつけてみました」という絵を送っていた。堤さんはミヌスの造形は認めている。だが、提出された二話のブラックなものは楽しめなかった。

ブラックは否定しないが、第一話は「人間の広がっていく感情・行動を素材として物語を作るのがいいと思います。それは例えば、笑い、愛すること、語ること、歩くこと、豊かな食欲などです。これらは国境を越えて人間に共通するものであり、これらを素材に見事な物語を作ることができれば、誰でも楽しめる作品となるでしょう」と返答した。

この見方こそ、堤さんが優秀な編集者たる証拠だと思う。
物語を作る上での土台の話をするわけだ。

そしてFAXは10月に入る。

【みどり】midorigo@mac.com

前々回にお小遣い稼ぐ大冒険でウェブライターに登録したものの、お返事がなかったという話をした。

ところが、勝手にメールで返事が来るものと思っていたのが、登録して作成されたマイページで確認すべきだったので。それで確認したところ、送信した6件がすべて採用となって510円ものお小遣いを稼いでいた!

気を良くして後3件追加した。お題が漠然としているところが難しいのだけれど、慣れるとサイトにあるように一件書くのに数分でできそうだ。

MANGA構築法授業に関して、トントンと話が進んで1月から3か月間、フィレンツェ校で週3回講義をもつことになった。

私が初めてイタリア旅行をした頃は3時間かかったローマ・フィレンツェ間は、もはや1時間半で着いてしまう。しかも、当時のようにしょっちゅうのストライキも延着もほぼない。北へ向かう特急列車はすべてフィレンツェに停車するので、ほぼ30分毎に列車が出ている。3時間の授業をして、余裕で午後に帰宅できてしまう。

ローマ校ではセミナーなので週一回で2時間のみ。フィレンツェ校の講義はコースなので3時間授業が週に3回。たっぷり丁寧に説明できる。いやぁ、正式コースはいいなぁ。いずれ、ローマ校でも正式コースに設置してもらえるようにがんばろう。

「イタリアで新しい漫画を作る大冒険」
< http://p.booklog.jp/book/77255/read
>

主に料理の写真を載せたブログを書いてます
< http://midoroma.blog87.fc2.com/
>