ローマでMANGA[88]宙ぶらりんのパルンボ
── midori ──

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90年代に講談社のモーニングが、海外の作家に書き下ろし作品をのせるという前代未聞の企画を遂行していたときに、ローマで「海外支局ローマ支部」を請け負って、そのときのことを当時のファックスをスキャンしつつ、それをもとに書いているシリーズです。

……という謳い文句が使えなくなってきたと、「ローマでMANGA 85」から書いている。海外の作家に書き下ろしを依頼する企画の、登場作家三人目のパルンボを迎え、時代も進み、コンピュータを導入して、通信書類はすべてその昔のHDの中、と思い込んでいたからだった。




●山から証拠が出てきた

ところが、たくさんの漫画本と雑誌とスケッチと通信書類やコミックス見本市の資料などの山(一応ファイルに分けてあるのだけど)の中から、パルンボと書いたバインダーが見つかった!!! 

その中にはパルンボがいちいちコピーして、私用とモーニング編集部用に郵送してくれていたネームと、日本から送られてきた感熱紙のファックスも、私が送ったコピー用紙に印刷されたり手書きだったりの通信分、訳文もあった。

それを見て思い出したけれど、Macパフォーマを手に入れてすぐにメールに移行したわけでなかった。まずはMacのNOTEBOOKという、携帯型でかなり小さいけれど、分厚くて重い白黒画面のコンピュータを使っていたのだった。

HDメモリは16MB!! 内蔵HDに記憶できる容量は限られていて、いちいちファイルをフロッピーディスクに移動していた。フロッピーディスク。この名称を思い出すのに約10分ほどかかった。懐かしくて涙が出ちゃうでしょ。

そして、やっと証拠物件から詳細な記述ができる。最初の日付は1995年6月19日。パルンボ手書きの手紙と、「CUT」のネームが二編あった。

パルンボの手紙には、ボローニャでの堤さんとのミーティングから導かれた形式で作ったネームで、気に入ってもらえるように願うという意味のことが書いてある。

「AMORE」と「YURI」を描いていたIGORTと、「不思議な世界旅行」と「MINUS」を描いていたヨーリとのミーティングのために、担当の堤さんがボローニャまで足を伸ばし、その時にパルンボも掲載に向けて「CUT」の売り込みをしたのだった。

一編はCUTが屋上からカメラを抱えてバンジージャンプをし、シャワーの女性の姿をカメラに収めるが、悲鳴を聞いて駆けつけたダンナがCUTにとびかかる。一緒に屋上まで戻ってカメラを渡す。でもポラロイドで撮った写真はCUTの手中に……。

二編目。ハンターが奥方を伴って狩猟に。たくさんいたはずの鳥たちの姿が急に見えなくなる。そこにCUTの姿が。不審に思いつつも探すが、どうしても鳥がいない。気落ちして諦めて帰宅することにする。

車窓からCUTの姿を野に見る。車が通り過ぎると、CUTの膨大な髪の中から鳥がたくさん飛び出してきた……。

二編とも16ページの構成で、CUTとメガネ美人とつるつる頭に髭の紳士が登場する。堤さんに言われたらしく、どちらにも一ページ全部使ったコマが一枚入っている。CUTの動作の種類は多くないが丁寧にその動きを描いている。

次の通信は、なんと最初の通信から三か月半経った10月3日付けで、担当編集が代わっている。その間のやりとりファックスがないのはなぜなのか覚えていない。

新しい担当は、モーニング編集部がいよいよ「海外の作家に書き下ろしをお願いする企画」順調と見て、国際室から引っこ抜いてきた英語堪能の竹中さんだ。

謎の三か月半を調べてみる。その時期のイゴルトファイルに鍵があった。同年5月、もらった原稿の感想を来週書きます。ボローニャで竹中がやってくれてもいいけど、という堤さんのファックスがあった。

続いて、ヨーリの同年6月のファックスでは「堤さんと仕事が続けられことになって嬉しい」とある。つまり、会社の異動の季節が挟まれて、堤さんの海外作家に対する反応が落ちていた頃で、かつ竹中さんが新しく登場、誰が誰を担当を継続するのか、新たにするのかを部内でいろいろ調整する必要があったのだろう。

その間も週刊誌は出さなくちゃいけないので、まだ掲載されていないイタリア組はちょっと脇に置かれていたわけだ。

10月の竹中通信では、16ページの二編は展開が冗長なので、もっとスピーディに16ページではなく8ページにまとめる。女性キャラはいつもメガネをかけているが、もっと魅力的な女性のほうがいいのではないかと、堤さん提案でパルンボが守った二点、「読み切りの16ページ」「CUT、ヒゲおやじ、メガネ美女のトリオ」がごそっと覆された。

竹中通信を見て、パルンボの目玉が飛び出した姿を想像してしまう。[85]でこのトリオを提案したのは竹中さんだと書いてしまったけど、記憶違いだった。同通信で竹中さんは、ネームにいらないと思うコマに×印をつけて送り返してきた。丁寧な反応だ。

パルンボが送ってきた16ページのネームを見ると確かに冗長な感じがする。例えば、バンジージャンプの話では、屋上でカメラを構えたCUTが飛び降りるまでに3ページ、目指す階まで落ちてシャッターを切るまでに4ページも使っている。

絵の技量はすごいので、構図の変化やパースの取り方は見ていて目に楽しいのだけれど。おそらく、イゴルトやヨーリに聞いていたMANGAの構築法(ヨーロッパのマンガと比べて動作を丁寧に描く)というやり方を念頭に置いていたのだろう。ちょっと丁寧すぎました。

それから一か月ほど経って、パルンボからの手書きの手紙とやり直しのネームが出てくる。

CUT、ハゲ男、美女のトリオはそのままで、それぞれの性格づけを書いてきた。今まで出てこなかったCUTの特徴として「モジャモジャの長髪で何でもできる」というのを入れてきた。

バンジージャンプの話では、髪がするすると伸びて屋上に戻ったりする。特殊技能だ。でも、これは結局採用されなかった。こういう特殊なパワーを入れると少しづつ話が曲がっていくしね。

それでも、CUTの性格付けはここではっきり決まり、後に担当編集者が再々度代わっても受け継がれていった。

●放置プレイはいやよ

次の連絡はなんと翌年の9月。約一年もパルンボは宙ぶらりんのまま放って置かれたことになる。

例によって、パルンボのネームコピーと一緒に私の連絡文が付いている。以前のネームではなく、まったく別のエピソードで、竹中式に8ページで美女はメガネをかけていない。

私の連絡文はMacのNotebookにあったお絵かきソフトを駆使して、楕円形のバックの上にグラデーションで球体様の影を施した円をあしらって、名前と住所を記入したものをヘッドとしてつけたりしている。

コンピュータを使った最初のグラフィック作業だ。どう考えてもファックスを通したら潰れてしまって、グラデーションも袋文字もよく見えなかったろうと思う。

その通信文は懇願文だ。「担当を決める云々はどうなりましたか? 担当が決まってしょっちゅうやりとりできれば、ネームの上がりもやり直しもスピードアップできると思いますが。」とある。

エピソード内容も違うし、文の内容からして、ファックスは残ってなくてもこの前にもさすがにいくつかのやりとりはあったのだろう。直接電話でやりとりしたのかもしれない。

堤さんの時と同じように、竹中さんもパルンボとフィーリングが合わなかったのかもしれない。編集部内の様々があったとしても、担当編集者と作家の息が合って、次々と話が進めば作品の上がりも早くなるはずだ。担当もネームを見ての意見がすぐに出てくる。

8ページのネームはスピード感があって面白い。一年の歳月は無駄でなかったと思わせる。プロらしく、パルンボはずいぶんとMANGAを勉強したようだ。この頃にはモーニング誌を送ってもらっていたはずだし。

そしてまた一か月辛抱した後、「ローマでMANGA 86」ですでに書いたように、パルンボは新さんという気の合う編集者と巡りあうことになるのだった。


【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】midorigo@mac.com

MANGA構築法講師を、肩書だけでなくなんとか仕事に持っていきたい。学校で講師をしているものの、正式コースではなく年に4か月の、あまり技術のない一年生を相手にしているので手応えが小さい。

本当はプロを相手に、このコラムで書いている編集者のようにネームをMANGA構築法で直してみたいのだ。

最近小さな出版社から自作のMANGAを出版した青年と話していて、「mannga-editor」というページをFaceBookに作ったら? という示唆を受けた。

私の立ち位置というものがイタリア、ヨーロッパにはないものだと今更ながらにわかったのだ。

< https://www.facebook.com/midorimangaeditor?fref=ts
>

デジクリで語っている編集者のあり方というのは、日本のマンガ編集者独特のもので、ヨーロッパのマンガ編集者はこのように作家の仕事に介入しない。作品のあらすじ、登場人物の絵と情報、数枚の完成原稿を見て、良ければそれで作品依頼をして出来上がりを待つ。

マンガ学校の講師は作家であるのが普通だ。

日本のMANGA構築法とイタリア人の描画法、メンタリティから出てくるストーリーを合わせて新しいマンガを作る、という夢の実現に一歩近づくか……。

MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
< https://www-indies.mangabox.me/episode/32604/
>

COMICO 無料マンガ 「私の小さな家」
< http://www.comico.jp/manage/article/index.nhn?titleNo=1961
>

主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
< http://midoroma.blog87.fc2.com/
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