ローマでMANGA[106]生きたmangaがイタリアにやって来た
── midori ──

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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりして行きます。

●ローマでキャラデ・ワークショップ

manga出版物は遠の昔にイタリアにやって来ている。今回ローマにやって来たのは生きたmangaだ。

知り合いの漫画家さんで、京都の大学で准教授をしている人が、ご自分のコースの学生に外国でのワークショップの経験をさせたいということで話があり、私が講師をしている学校での、ワークショップをオーガナイズしたのだった。





ワークショップをするのは、イタリア旅行参加者6人のうち4名。一回2時間で一人30分の持ち時間だった。ワークショップの申し出があった時は、それぞれmangaの描き方でも解説するのかな、と思ったら全然違った。

知り合いの漫画家さんの学科は「キャラクターデザイン」。略して「キャラデ」には様々な要素が含まれる。プロポーションを含めたヒトの描き方だけではなく、性格付けも入るわけだから。

つまり、キャラデにはありとあらゆることが含まれるから、研究対象は森羅万象ということになる。今回は外国でのワークショップなので、4人は「日本」に焦点を当てたワークショップを用意して来た。

一人は「コラボカフェ」。もう一人は和服の帯と結び方の種類。もう一人は折り紙(参加者に折り紙を渡して一緒に鶴を折る、そして小さな折鶴の実演。8ミリ角の折り紙で折ったりした!)、そしてもう一人はデジタル彩色の実演。

4人ともそれぞれ通訳時間も含めた30分という短い時間に、パワポを使ったりしながら実に良くまとめてあった。初めてのワークショップとは思えないほど見事だった。

内容で一貫しているのは(折鶴も含めて)オタク文化についてなのだ。日本文化全般が、オタク達の興味の対象になっているということなのだ。その事実に改めて驚いたりするのだった。

それは日本在住のオタクに限らない。イタリアのオタクも同じ。日本に対する興味は知識、教養、歴史的見地などの科学的アプローチとはちょっと違う。あくまでもmanga、アニメ、ゲームの舞台となった日本、それらを生んだ国の日本というアプローチだ。

「コラボカフェ」というのを浦島さんの私は知らなかった。日本在住の方は、おじさんおばさんでも知っているのかしら?

わたしが知ったことをチャチャッと説明すると、アニメやマンガに登場する料理やスイーツを実際に提供したり、キャラのイメージで創作した飲み物を提供したりするイベント喫茶店のこと。デパートの一角で催したりもするらしい。

そして、飲食を提供するだけでなく、そのイベントでしかないグッズを販売もする。また、そこで提供されたメニューの写真を撮って、ソーシャルにアップしてファンと共有する。

このイベントのソーシャルで仲間になった人だけを集めて、心置きなく好きなキャラの話ができる場を提供することもある。

「つまり、好きなアニメやマンガを二次元だけで楽しむのではなく、五感全部で楽しむのです」とコラボカフェの発表者は締めくくった。

あ、うそだ。本当の締めくくりは、「皆さんも、よーくチェックして好きなアニメのコラボカフェ開催を見つけたら、ぜひ日本に来て楽しんでください」だった。

そして、イタリア人参加者の夢見る憧れの目つきと、「ああ…」という感嘆と拍手で終わったのだった。

作り物と現実の境が曖昧になって行くのが昨今のオタクの世界なのだ。

●多次元化するmangaの味わい方

mangaがベネツィアへ行った。ローマでこれを書いているので、「mangaがベネツィアへやって来た」と表現する気になれない。私の意識の基盤はローマだし。

というわけで、6人の中の一人がどうしてもベネツィアへ行きたい! という願いを持っていて、世界でただ一つの海の都を見ることに他の人も異議なく、スケジュールの中にベネツィアが入った。

どうしてもベネツィアに行きたいS子ちゃんはARIAの大ファンなのだ。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ARIA_(%E6%BC%AB%E7%94%BB)


ARIAの舞台になっているベネツィアを歩く。S子ちゃんにとってそれはARIAの世界を歩くことであり、作品の疑似体験であり、キャラと共通項を持つことなのだ。

S子ちゃんは、ARIAの番外編を持って来ていて、作者がベネツィアを取材した時のあれこれを追いかけたがっていた。まるで亡き恋人の面影を追っているような熱心さで、二日の滞在中なるべくたくさんの足跡を追いかけたいと、歩き回って写真を撮りまくった。

本に「陽が暮れてからのゴンドラも良い」とあったので、明るい時と陽が暮れてからの二回、ゴンドラに乗りたがった。引率の先生もなるべく望みを叶えてやりたいと、皆を説得してゴンドラの代金を割り勘にできるようにした。

ちなみに、ゴンドラは6人まで乗れて、約30分の周遊で80ユーロ(1万円ちょっと)。約50分で100ユーロ。夜7時以降は約30分のコースで100ユーロ。

夜のゴンドラの回にゴンドリエーレの説明があったら、通訳がいるだろうと私も乗ることになった。ところが、意に反して年配の背の高いゴンドリエーレは無口で一か所も説明やらおしゃべりがなかった。

でも、櫓の使い方はさすがで、細い細い路地とでも呼びたい運河を曲がるのに、11メートルあるゴンドラを止まることもバックすることもなく、ゆっくりと壁すれすれにきれいに曲がったのだった。

薄暗い運河を、櫓が立てるわずかな水音と、交差路に差し掛かる時に注意を促す「オーーーオッ」というゴンドリエーレの呼び声だけが響いて、いやが上にも旅情を掻き立てられるのだった。S子ちゃんも、おしゃべりで雰囲気を邪魔されるより良かったと喜んでいた。

日中のゴンドラ


夜のゴンドラ

(ゴンドリエーレの呼び声は録音しそこなった!)

そしてカフェテリア・フローリアン
https://www.facebook.com/caffeflorianvenezia/


1720年開店の老舗だ。当時の面影を残した高級カフェテリア。今回はカーニバルの真っ最中で、ベネツィアでのカーニバルの仮装のお約束、皆18世紀の貴族の姿をベースにした仮装で、そのまま客として店内にいるのでタイムスリップした感じ。

ここでもS子ちゃんのすべきことがあった。ARIAの作者のベネツィアガイド本に、作者がここで飲んだというものの絵があって、それをぜひ頼みたいというのだった。

絵はあってもその飲み物の名前は書いてない。メニューを穴が開くほど見ていたが、どれなのかわからない。それなら聞いてみる、と本を受け取ってその絵をカメリエレに見せて解決した。

フローゼン・フローリアン。アイスコーヒーに生クリームをのせたもの。

S子ちゃんは、こうしてARIAのベネツィアを味わったわけだ。

mangaの楽しみ方がこのように広がっているのだね。ある実在する街が舞台で、そこへ行ってキャラをたどる、というのもそうだし、ファンタジーの場合、例えばナルトだと、作品に出てくる刀を売ったりしてる。

二次元の紙のみで楽しんでいた私の頃と、mangaやアニメとの付き合い方が違っている。

ローマのマンガ学校の生徒を日本へ連れて行って、mangaやアニメで見た世界がそのまま体験できて、テーマパークにいるみたい、でも本物なのでそのワクワク感はとても大きい、という感想をもらってなるほどと思ったことがある。

コラボカフェやガジェットはビジネスだという見方もあるけれど、そういうビジネスが成り立つということは、mangaの味わい方が多次元化してるという事実には変わらない。

彼女らのようにその世界に浸り切ることはもはやできないけど、少し味わってみたいなぁ、と羨ましく思ったりするのだった。


【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】midorigo@mac.com

というわけで、久々にベネツィアへ行って来た。ベネツィアの人は、他の北イタリアの人と違って人懐っこい。観光で食べている街だから、ということもあるだろうけれど。

「日本人」と分かると、とても嬉しそうにしてくれるのも嬉しい。はいはい、これも観光で食べてる街であるがゆえの、サービスかも知れないけれど。

本文で書いた高級カフェテリアのフローリアンも、スタッフが人懐っこくて安心していられた。ミラノの老舗カフェでは慇懃無礼な扱いを受けたことがあって、北イタリアの高級店はちょっと敷居が高い、という思いを強く持っていた。

ところが、若い給仕が「コーヒー二つって日本語でなんていうの?」から始まって、本に出ていた飲み物を答えてくれた中年の給仕も「この作者知ってるよ。毎年来てくれる」と言いだし、日本語を話す同僚もいるとのこと。

アンナリタさんという方だそうで、もしベネツィアのフローリアンに行くことがあったら聞いてみてください。

それにしても、「日本大好き」「日本へ行ってみたい」というイタリア人がすごく増えてるのは確か。ローマでも、病院の受け付けやコピー屋さんからそう言われた。

この人達は観光業ではないから、リップサービスというわけではないと思う。40代以下にこういう人が多い。一番多いのは30代。日本のアニメを見て育った世代だ。

かつて麻生さんが総理だった時に「日本のオタク文化が外務省以上の外交の役目を果たしている」と言ったのは正解。

MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/58232/