ローマでMANGA[132]Euromangaコース8人の3年間の成果
── Midori ──

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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりしていきます。


●やって来ました、最終講評日!

思えば、ほぼ20年前。週に一回2時間のMangaセミナーが始まり、何度も手を替え品を替え、校長にMangaコースの設置を求めたけど受け入れられず、やっと昨年10月の新学期から、晴れて三年生の専門コースの一つとしてEuromangaコースが発足したのでした。

校長がMangaコースの設置を認めなかったのは、あんなでか目を描けるようになったってマンガ家になれない。この学校はプロを養成する学校なのだから、仕事に直結しないとわかっているコースを設置するのは生徒をからかっていることになる、という信念からだった。

Mangaはああいう絵柄だけの事じゃない、というのをどうしてもわかってもらえなかったのだ。でも、Mangaを希望する生徒が多いので正式コースではなく、セミナーで「Mangaもあるよ」と、とりあえず言えるようにしたのだ。

セミナーは生徒の自由参加で、講義のたびに名簿ではなく名前を書く紙を回すだけ。成績には影響しないので、課題が忙しくなったりすると来なくなる。

セミナー設置当初は学年度の全期間を通してあったのが、だんだんセミナーの数が増えて教室が足らなくなって、5か月だけ、4か月だけと、少なくさえなって行ったのだった。2時間×4回×4か月)=32時間で何ができるというのだ!! という不満が解消したコースだったのだ。

ワクワク感と責任感から来る不安で始めたコースが、6月21日の授業をもって終了。そして、6月28日に成果を見る最終講評があった。

生徒たちの3年間の成果がここに現れる。





●試験官は長髪おじさん

学年末の講評には、担当講師の他に外部の人間も担当する。1年生と2年生は学校内の他の講師。3年生は学校外から編集者を招いて講評をしてもらう。

我がEuromangaコースにはヴィンチェンツォ・フィローサ氏が招かれた。
https://www.canicola.net/2018/03/26/vincenzo-filosa/


フィローサは2015年に「東京への旅(viaggio a Tokyo)」でマンガ家としてデビュー。自分の旅行をもとに私小説風なmangaに仕立て、さるコミックスフェアでイギリスの有名なマンガ評論家に絶賛されて注目を浴びた人。

その後、日本の劇画への傾倒と知識で、CoconinoPress社の劇画担当の編集者としても活躍中。
(↓Coconino Pressの劇画のページ)
https://goo.gl/43HbiE


私が学校に到着すると、紙のバインダーに3月の講評結果と今回の講評を記入する用紙人数分、まとめて点数のみ記入する用紙、出席名簿が入ったものを渡された。いよいよ。

Euromangaコースは8人。今まで授業に使っていた教室で、一人づつ呼んでこの一年間の作品をフィローサ氏に見せる。

私は10年ほど前に同じ学校のグラフィック科を専攻した時、最終三年の講評に、講師の言いつけ通り、課題を制作順に大きめのバインダーに入れ、黒い紙をバックになるように入れ、各課題ごとに自らデザインした共通の表紙をつけて、課題が何であるのか簡単な説明文をつける、というものを用意した。

「学校の講評といえどもグラフィックデザインの講評なのだから、視覚伝達ということを念頭に置いて、それなりにプレゼンテーションのレベルを上げるように」という講師の言いつけに従ったのだ。

6月初頭の授業に、私はこの重いバインダーを抱えて行った。そして、かつてのグラフィックの講師が言ったように、「mangaも何かを知らない人に視覚で伝達するもの。外部の講評者はこの一年どういう授業をしたのか知らないのだから、言葉でいちいち説明しなくても伝わるように工夫してみて」と言った。

今年の2月8日号の「ローマでmanga 127」で、このコースの参加者8人の概要を簡単に説明した。
https://bn.dgcr.com/archives/20180207110200.html


つまり、
1:おしゃべり君
2と3:やる気はあるけど追いつかない君AとB。
4:家庭の事情でうつ気味で欠席気味君
5:絵が上手くて学校の企画に呼ばれて欠席が多くなった君
6:しつこくネームを送ってくる子ちゃん
7:授業を熱心に聞く子ちゃん
8:いつも焦ってる子ちゃん

名前の都合で「やる気はあるけど追いつかない君AとB」の二人が、最初に講評を受けることになった。

やる気はあるけど追いつかない、というのは絵のレベルの話だ。どちらもどう見てもmangaファンだよね、という絵を描く。少年ジャンプ系の絵といったらいいだろうか。でもすごく素人っぽい。

背が190センチあって、香取神道流の道場に通っていた強者のA君、ことダリオ君がまず最初。

自分の絵のレベルをわかっていて(一年、二年と講師が面倒を見なくなって落ちこぼれになったのではないかと思う)不甲斐なさに授業中に泣いたこともあった。

もう一人の講師、パオロの「今の自分より高いレベルを目指すのはいいけど、自分に今ないことを嘆いたって無駄でしょ」という言葉に励まされて、何か納得したようで、その日以来いつも明るい顔で授業に臨むようになった。

持ってきたバインダーは、私のサジェスチョン通り、実にきれいにプレゼンにふさわしい体裁を持っていた。

講評の一回目でもあり、この一年どんな授業をしたのか、ダリオと一緒に作品を見ながらフィローサ氏に解説した。

フィローサ氏はページをめくる度に「WOW!」と感嘆する。絵のレベルはそう高くはないけど、ダリオのやる気と向上心は絵の隅々に現れている。

少なくも、ダリオがやったことはMangaで、Mangaであるための要素を原稿に散りばめてある。

追いつかない君Bのアンドレアも、ちゃんとプレゼン用にバインダーを整えてきていた。

そしてさすが編集者、ちゃんと行間ならぬコマ間を読み取って、アンドレアがダリオに比べて気概がちょっと不足していることを見ぬいた。

個人的に嬉しかったのは、私が指導の卒業制作(最高20ページまでの読み切り。不思議な力や魔法はなし。資料を自分で取ってこれる設定であること)が、もう一編より見応えがあると言ってくれたこと。

Manga構築法授業の効果が出ていたということだからね。

フィローサ氏が私担当の作品をめくり始めると、私が試験を受けているような気分になってちょっとドキドキした。

●女子学生全勝!

講評は9時半から12時半まで、休憩挟んで一人20分で済ますのが学校側の予定だった。なぜかフィローサ氏は18:30までと思い込んでいて、じっくり作品を眺めて一人に一時間以上かけていた。

時間が経つのは知っていたけど、せっかくの機会だからと思って、機械的に見るようにと特に急かさないでいた。原稿を見るのが楽しくてしょうがない、もっと丁寧に見てもいいんだけど、と言うフィローサ氏の態度にも好感が持てた。私もじっくり見てじっくり学生の意見を聞いたりしたかった。

それでも、8人で8時間かけるわけにも行かないので、少し急いでもらうことにした。

8人の参加者のうち、女子が、しつこくネームを送ってくる子ちゃん、授業を熱心に聞く子ちゃん、いつも焦ってる子ちゃんの3名だ。

「しつこくネームを送ってくる」フェデリカについては「ローマでManga 131」に書いた。

・フェデリカとフェデリコ
https://bn.dgcr.com/archives/20180613110200.html


フェデリカは、着実に、作業プログラムを立てて期日前に余裕を持って仕上げ、卒業制作である二編のMangaを、印刷屋へ持って行って中とじの本に仕上げてきた。プレゼンのバインダーもわかりやすく、ちゃんと作品の説明もできる。

フィローサ氏はフェデリカの独特な味のある絵柄を褒め、クリスマス休みの宿題の短編を痛く気に入って、「これをちゃんとプレゼンできるようにして(作品の他に、キャラの紹介イラスト、物語のあらすじなどを別紙にプリントする)どこかに送ってご覧よ。」とまで言った。

(↓フェデリカのインスタグラム)


フェデリカの卒業制作作品にはまだちょっと不満が残るけど、持てる力を出しきり、熱心に授業を聞き、作品に反映させることができ、そのうえ本にまでしてきた。

だから、すべての項目に30点満点をつけることに、フィローサ氏も異存はなかった。3月の中間考査で低い点をつけて叩いた。落ち込みを引っ張らずに、向上心に替えてくれたことがすごく嬉しい。

「授業を熱心に聞く子ちゃん」のヴェロニカは、最初から最後まで同じエネルギーで授業を聞き、課題を家で進めて授業に持ってきてサジェスチョンを求め、自分の気分をちゃんとコントロールできる人で、常に機嫌よく授業を聞き、作業した。これだけコンスタンスに物事を進められる人は羨ましい。

絵柄がややアメコミ風(リアル風に近い)で、コマ割りがいわゆるMangaのダイナミックさに欠けるところに、フィローサ氏はちょっとひっかかった。

ところが、どこが直す点かを探ろうと原稿を眺め直すと、完璧なのだ。

私はEuro mangaなのだから、ちょっとマンガ風なものがミックスされてて一向にかまわないと思っている。だから、かなりヴェロニカの意向を尊重し、特にManga一辺倒にさせようとは思わなかった。

プレゼンも完璧。だから、ヴェロニカもすべての項目30点満点。

「いつも焦ってる子ちゃん」のレベッカも熱心に授業を聞き、コンスタンスに作業を進める。「いつも焦っている」のは完璧を求めるあまり、自己否定に陥って、パニック状態というか、原稿用紙を前にして、描かないといけないとわかっているのに描けなくなる状態になってしまうのだ。

ネームを小さなサイズで作り、それを、A4を半分にしたサイズに描き直し、さらに原稿と同じサイズの紙に描く。

この作業を通らないと不安で、すぐに原稿用紙に描き始められない。原稿用紙にも青鉛筆でしっかりと下書きをする。しっかり下書きしないと不安でペンが入れられない。

まぁ、これは経験を積むうちにいくつかの中間作業を省略できるようになるかもしれない。サジェスチョンを熱心に聞き、何度でも直す。講評に持ってきたプレゼンも完璧。

レベッカは5項目のうち、一つだけ29で後は30点で、総合評価は30点だ。結果、女子は全員、30点満点をとった。学校なんだから、しっかり授業を聞いて、しっかり課題をやってくれば評価できるからね。

●絵がすごくうまい二人が陥没

この二人は「家庭の事情でうつ気味で欠席気味君」のルイジと、「絵が上手くて学校の企画に呼ばれて欠席が多くなった君」のフェデリコだ。

ルイジはその後、これ以上欠席すると最終講評は受けられない程の欠席日数になり、脅かしが効いたのか欠席することがなくなった。

さらに鬱っぽくなっていた理由の一つの、ふられた彼女とよりを戻して機嫌がよくなって課題を仕上げていった。恋愛が盛んな年頃だから、そういうこともあるだろね。

ただ、日程の管理が下手。すべて期日ギリギリか間に合わない。家で作業を進めてこない。美術高校卒業で絵の基本がしっかりしていて、難なくダイナミックな構図を出してくる。それだけにしっかりとネームを見直すことが出来なくて、本当に残念だった。

講評の当日、Aから始まる苗字で最初だったはずなのだが、「体調不良で行けない」という連絡があって、ダリオ君から講評を始めていた。

ところが、途中でやってきた。後で話を聞くと、最後の授業から一週間、寝ずに卒業制作を仕上げていたのだそうだ。だから、フラフラで目にくまを作っている。

すべての課題を仕上げたわけではないのだけど、あまりにも絵がうまく、独特なので、そのへんの項目は高得点。プロとしての態度は低い点。総合して27点になった。

もう一人のフェデリコ。

フェデリコも絵が上手い。ベースはユーモアで、おかしなキャラを作るのがすごくうまい。

3月にサイレント・マンガ・オーディションになんとか作品を投稿してから、作業が滞り始めた。朝起きられなくて遅刻が続き、その上、家でやってくるはずのネームを進めてこない。

学年初めにイラストの仕事のために授業に出てこなくなったのは、学校公認だからそれは良い。パオロの4コマ漫画、毎日顔を3つ、という私の宿題が遅れているのが気になって、とそれを進める。

私もパオロも卒業制作を優先するように言ったのだが、どうしてもやり残した宿題が気になって他のことが出来ないと頑なだ。

そして、講評日。卒業制作を一枚も描いてこなかった!!!

フィローサ氏も「才能の無駄。僕は怒ってるよ。これじゃ評価のしようがない!」と怒りを隠さなかった。

8人中最低の22点。描けるだけにほんとうに残念。プロになるには絵の巧さだけじゃだめ、という証人になってしまった。もっとも、学校だけが道ではないので、作業の優先順位を決められる人になってほしい。

●おしゃべり君

おしゃべり君・シモーネは少年マガジン系が大好きで、どうしても絵柄はそれ。そして不思議な力だの刀だの忍者が大好きだ。下手な二番煎じばかりになってしまうので、パオロも私も、なるべく別のアプローチでストーリーを作るように促していた。

一年を通した作品群を見ていくと、かなり上達し、作品の取り組み方もいくぶん成熟した跡が見て取れた。

当初は総合評価27点だったのだけど、思い直して、各項目に1点づつ追加して総合評価を28点にまで上げた。28点以上になると、マスターコースへの参加が認められるのだ。

●私への評価、採点は?

ローマ校では講師に対する学生からの評価、ということはしていない。

ちょっと、肝っ玉の小さいことを言うと、学生たちと年齢の近いパオロに皆すごくなついて、食事に一緒になどと誘ったりしている場面を見たりした。

だから、なんとなく評価されていないような気もしていたけど、最終講評をしてみて、学生の作品が良くなっているのがはっきりわかって、大いに気分を良くした。

さぁ、次のクラスを指導するのが楽しみだ。
(↓精鋭8人と講師2人)
https://goo.gl/nZ3Afd



【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】

自分の中になにか変化が起こっている。

以前、60歳になったら染めるのをやめて白髪に移行しよう、と思っていたのだが、いざ60歳になり、髪を持ち上げてかなり多い白髪の伸びしろを見たら、ちょっとまだ受け入れられない……と思い知って、そのまま肩まで垂らしたほぼ黒髪(実際は焦げ茶色)を保っていた。

ここへ来て、白髪でいいじゃん、と思い始め、かかりつけの美容師と相談して「白髪ミッション」を始めた。一番いいのは海兵隊みたいに丸刈りにして、一挙に白髪を生やすことだけど、さすがにそこまでの勇気はないので、とりあえずアシンメトリーに髪をカットするところから始めた。

ベリーショートは頬が垂れてきた顔には似合わない。右側は首のあたりまで、左側は耳のあたりまで。色はワインレッド混ざり。

「白髪にする」と言ったら「えっ?!! なんで???」と言っていたダンナもこの変化は受け入れてくれた。徐々に短く、徐々に色を変えていきます。

[注・親ばかリンク] 息子のバンドPSYCOLYT


MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/58232/


主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
http://midoroma.blog87.fc2.com/


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