ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりして行きます。
●発掘前夜
ここ数年、mangaの出版傾向に特殊なものが見えている。
「発掘」だ。
とりあえず、大急ぎでイタリアにおけるmanga出版の歴史を。
イタリア(他のヨーロッパでも同じだと思う)でのmangaの出会いは、70年代初頭の永井豪・ダイナミックプロのロボット系アニメに端を発する。その後、怒涛のように日本のアニメが放映になり、多分、「キャンディ・キャンディ」(いがらしゆみこ)と、「ベルサイユのバラ」(池田理代子)あたりから「アニメの後ろにmangaがある」という発見があってからだ。
80年代の終わり頃、講談社と仕事をしているときに、ミラノの大手出版社から「アニメ・manga(アニメのフィルムから画像を取ってページにレイアウトして印刷)したいのでその版権」についての打診があったのを思い出した。そのへんがmanga出版(厳密には違うけど)の始まりの始まりだと思う。
その後、次から次へとmangaが翻訳出版されたわけだが、80年代終わりから90年の初めにかけては、主にアニメになったタイトルばかりが選ばれた。自然に集英社系が多くなった。それも少年mangaが多かった。だから、この頃mangaというとデカ目でアクションという固定観念が生まれて、いまだにそれを払拭しきれていない。
正確な年は覚えていないけど、アニメになっていないmangaも発行されるようになった。アニメからmangaへ移り、mangaの面白さが浸透して行った、ということになる。なぜなら、アニメという大きな広報力があるものの力を借りなくても、十分に販売に繋がると確信できたということだから。
谷口ジローさんの「歩く人(講談社)」がマーベルイタリアから出版(たぶん1993年)されるに至って、イタリアのmanga翻訳出版が成熟してきたと言える。デカ目じゃないし、アクションものでもない。中年男性がひたすら郊外の自宅のまわりを散歩する話。
少年mangaがイタリアで出版されて、それまで30歳から40歳が主な読者層だったマンガ界に少年が読者層に入った。尤も、manga読者とマンガ読者の溝ができて、互いに理解できない世界だった。
谷口さんの作品が出るようになって、manga読者にマンガ読者が流れてきた。少年と大人の溝は残ったままだったが、「解剖学を無視しためちゃくちゃな絵にはちゃめちゃなストーリー」と、mangaを敬遠していたマンガ読者をmangaに近づけることになった。
●いよいよ「発掘」
考古学的発掘はイタリアがmangaを発見する前に、日本で出版されたmangaだ。70年代、60年代のmangaがイタリアで出版されるようになった。
本格的な発掘作業が始まったのは2000年になってからだが、90年代の終わりにハザードという、小さくちょっと毛色の変わった出版社が手塚治虫の「ブッダ」、「アドルフに告ぐ」を出した。その後も順調に手塚mangaを出している。
2000年代の始めに、カブキ・パブリシングというこれまた小さな出版社が青山剛昌の「コナン」と手塚治虫の「どろろ」を出し始めたが、会社自体がうまくいかなくて倒産、出版権は他の出版社に移った。
2000年中程にHIKARIエディツィオー二社が誕生し、手塚治虫の「グリンゴ」、「ロストワールド」、「メトロポリス」、「七色いんこ」、「シュマリ」、「ネクストワールド」、「人間昆虫記」、 楳図かずおの「漂流教室」を出版。
「ロストワールド」、「メトロポリス」なんてまさに発掘ですよね。「ロスト…」は1948年、「メトロ…」は1949年出版だから。この選択は「手塚発掘」ということになる。
「こんな昔にこんな表現でmangaがあったなんて!」という驚きなのか、シンプルに作品として面白いとイタリアの読者に受け入れられているのか、興味があるところ。
http://www.001edizioni.com/
そしてJーPOP社が出てくる。フランスマンガを出版していた会社の一部と、mangaを出していた会社が合併してできた。できた当時の2006年は、フランスマンガを出していた「EDエディツィオー二」の名も掲げていた。
JーPOP社としてmanga専門出版社にし、かつ「EDエディツィオー二」が持っていた版権を吸収したのは間違いなく成功だった。コミックスフェアで見る限り、回が進むにつれてスタンドが大きくなって行ったし、責任者の態度がえらそうになって行った。2020年2月現在、総出版タイトル数は2500を超える。
世界中で人気のある「ポケモン」や「東京ゴール」、「ゼルダ」などの売れ筋を抱えているからこそ、冒険もできる。伊藤潤二や駕籠真太郎を出版しているのだから勇気があるよね。(ちなみに個人的にはお二人の作品、好きです)
「発掘」タイトルとして、萩尾望都「ポーの一族」、「トーマの心臓」、「風と木の詩」。竹宮恵子「地球(テラ)へ…」、水木しげる「墓場の鬼太郎」、石ノ森章太郎「サイボーグ009」「リュウ」、永井豪の「手天童子」のタイトルが目に止まる。これらのタイトルを出版時にリアルタイムで読んでいた者としてはくすぐったい。60年代から70年代の作品群だ。
そしてここでも手塚治虫。手塚全集を企画出版しHAZARD社と被る「火の鳥」も出している。その辺の版権問題はどんな風に解決したんだろう。
全集だからあまり有名でない青年漫画の短編も網羅している。やっぱり手塚治虫はmangaの神様なんだと改めて思う。
https://www.j-pop.it/
このような発掘、個人的にはmangaが大衆娯楽として光り輝いた時期(ネオレアリズムとして輝いたイタリア映画界の1940年から50年代の感じに似てるかな)の良い作品がここでも脚光を浴びることが嬉しい。
mangaに対するイタリアの読者の感想が変わるだろうか、萩尾望都と竹宮恵子を読んで、我々がそうであったように「少女manga」に対する考えが変わるだろうか。一応、「少女manga」なんだって分かるだろうか。
●WEBユーロマンガ
発掘とは話が違うけど、WEBマンガが大分広がって来ているように思う。日本では携帯でmangaを読む人がかなり多いと思う。だからmanga雑誌の売り上げが落ちてるんだよね。
携帯で読むデジタルmangaは、短編でシチュエーションが単純なものが多い。言葉で多くを説明したり。
つまり、mangaの神様が作りあげ、後続の多くのmanga家や編集者が作り上げてきたmangaと言語が違ってきている。
韓国発のWentoonでは、「伝統的」manga手法も交えた「文学的」作品も多く発表されていて、今後のマンガ/mangaのあり方の大きな指針の一つになっていくのではないかと思う。
ちなみに、かつての教え子であり、現在、私と一緒に教壇に立つディアナも、このWEBTOONで仕事をしている(報酬が発生する)。作画を担当。
以下がそのURL、ただ、今のところ彼女の手が入った回は、まだ発信されていないそうだ。要注目。
https://www.webtoons.com/en/horror/gremoryland/list?title_no=1893&page=1
【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】
どちら様も、どこでも、コロナコロナ。イタリアも日本もあまり変わりがないと思う。マスメディアは増えていく感染者と死亡の数字を上げて、ヒステリックに不安を煽る。27度で菌が死ぬからお茶やお湯を飲むといい、というデマもSNSで広がっている。ちょっと考えれば、体温より低い温度で死ぬウィルスなら、感染して発病
するわけがないと、わかると思うのだけど。
ローマっ子は鷹揚なのか、東洋人の顔して歩いていても嫌がられたりしたことはない。
栄養のある美味しいもの食べて、十分に睡眠をとって抗体をしっかり保持していれば、仮に感染しても死ぬまでは行かない、ということで、マスクもせず美味しいもの食べてます。
[注・親ばかリンク]息子のバンドPSYCOLYT
MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/58232/
主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
http://midoroma.blog87.fc2.com/
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