小川てつオくんは、2003年5月に私の部屋に居候したのを最後に居候ライフをやめ、代々木公園のテント村でテント生活をはじめました。
写真は2003年6月に、代々木公園のテント村に初めて行った時に撮影したもの。
以前にも書いたとおり、てつオくんは兄である小川恭平くんと「劇団耳だれ?」を結成、1999年9月から12月にかけて、湘南〜熱海をテント泊をしながら自転車で移動し、パフォーマンスを行いました。
また、2000年1月から4月にかけて、てつオくんたちは上野公園内にあったテント村で、テント生活を送りました。
てつオくんが代々木公園でテント生活を行うようになったのは、劇団耳だれ?や、上野公園での経験があったからだと思います。
ただ、てつオくんが代々木公園を選んだのは、岡画郎の岡啓輔さんや、てつオくんたちが代々木公園でイベント「ヨヨギ・パーティー・クラブ」(以下、ヨパクラと記)を始めたことが、きっかけになっているのかもしれません。
そこで、次回から何回かに分けて、ヨパクラで撮った写真を紹介することにします。
https://mixi.jp/view_community.pl?id=147165
ヨパクラはその名の通り、代々木公園ひょうたん池のほとりで、パーティーを行うイベントでした。
DJが音楽をかけて、踊ったり、寝転んだり、会話してたり、お酒飲んだり、料理を作ったり、運動したり、スケッチしたりと、パーティーに来た人が思い思いの事をして過ごしました。
ヨパクラは、2000年秋から2007年春までの間、冬の寒い時期を除いて、毎月一回、日曜日の午後から夜にかけて開催されました(雨天中止)。
2000年頃は私自身、岡画郎の定例会にあまり顔を出さなかったこともあり、どのようないきさつでヨパクラが始まったのか、くわしくは知りません。
ただ、この頃の岡画郎は展示をあまり行わなくなったこともあり、定例会に新規のお客さんはほとんど来なかったようです。
そこで、岡画郎で人が来るのを待つのではなく、外に出て新たな出会いを探すというコンセプトで、ヨパクラを行うようになったと聞いています。
私は最初、てつオくんからヨパクラの告知をもらいました。
ところが、てつオくんに誘われた回(2001年5月27日)、私は日中高崎市内にいて、中山道の撮影をしていました。
http://sekinema.jugem.jp/?eid=460
夕方になって、代々木公園に向かおうとしたのですが、てつオくんのPHSに電話したところ、パーティーはそろそろ終わりそうだ、と言われて参加を見合わせました。
私がヨパクラに初めて参加したのは、次の回(2001年6月17日)ですが、この日も暗くなってから代々木公園に到着したらしく、夜に撮った写真しか残っていませんでした。
ひょうたん池のほとりに置かれたヨパクラの看板
DJをするてつオくん
【せきね・まさゆき】
sekinema@hotmail.com
http://sekinema.com/photos
1965年生まれ。非常勤で数学を教えるかたわら、中山道、庚申塔の様な自転車で移動中に気になったものや、ライブ、美術展、パフォーマンスなどの写真を雑多に撮影しています。記録魔