ショート・ストーリーのKUNI[44]失敗
── やましたくにこ ──

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妻に頼まれたものがあって、ぼくは会社の近くの100円ショップに行った。そこは100円ショップの中でも大型店で、とても広い。ついうろうろしていると声が聞こえた。

「なんだ、井上じゃないか」
思わずきょろきょろすると
「おれだよ、おれ」
ああ、この声は前の前の会社にいた森田係長だ。何年ぶりだろう。こんなところで会うとは。でも、姿が見えない。
「ここだよ、ここ」
「どこ…なんですか」
「おまえの目の前だよ」


 目の前には『強度2倍・割れにくい洗濯ばさみ』があるだけだ。
「そうとも、その『強度2倍・割れにくい洗濯ばさみ』がおれなんだよ。生まれ変わったのさ」
「ていうと」
「去年死んだんだ。脳梗塞でね」
「え、そうだったんですか。それはそれは。でも、なんで洗濯ばさみに」
「そこだよ、そこ」
「はい」
「失敗したんだよ」
「失敗? 生まれ変わりに、ですか?」
「ああ、そうとも。こんなはずはなかったんだがな。失敗さ」
「その…よければくわしく聞かせてもらえませんか」
「おまえさ、この世は偶然でできてると思わないか。いつどこにどんな状況で生まれるか、いつどこで死ぬか、すべて偶然だと」
「そうですよね。あ、死ぬことに関しては自殺ってこともありますけど」
「自殺したくなるかどうかも偶然なんだよ。たぶん。この偶然というやつほどシビアなものはないんだ。何の抵抗も選択の余地もない。すべての努力も偶然の前には無力だ。ところがな、生まれ変わるときは選択できるんだ。自己責任なんだよ。おれも知らなかったがね」
「へー、そうなんですか」
「ところが」
「ところが?」
「ぐー…」

森田係長は突然居眠りを始めた。思い出した。この係長はしょっちゅう勤務時間中に居眠りすることで有名だった。洗濯ばさみになっても居眠りするのか。まあ仕方ない。あきらめかけて歩き出すと
「おー、井上じゃないか」
また声が聞こえた。この声は、前の前の前の会社で同僚だった吉岡だ。
「ここだよ、ここ」
「ここ、というと」
声のするほうには『これひとつで安心!お墓参りセット』があった。
「それだよ、その『これひとつで安心!お墓参りセット』がおれだ。ろうそくや線香、ライターがワンセットになってものすごく便利だ。これで100円だから」
「ああ、ほんとだ! これは役に立ちそうだ。買うよ、これ…いや、それより、死んだのか。知らなかったよ」
「うん、交通事故でね。ああ、別にだれも恨んでないよ。自分で運転しててハンドルさばきを誤って横転したんだ。無免許だったし酔っぱらってた。おまけにシートベルトしてなかったしテレビ見ながら携帯で電話かけようとした」
「恨みようがないだろ。で、『これひとつで安心!お墓参りセット』に」
「そうなんだ、そこだよ、そこ。おれもそんなつもりはなかったのにさ、失敗だ」
「やっぱり失敗なんだ」
「ああ。ここにいるのは失敗組ばかりさ。生前はどうだか知らないが、失敗して100円グッズになったあわれなやつばかりさ」
「ええっ、これがみんな?! でも、ここにある商品が全部話し出したら大変なことになるだろ」
「だいじょうぶ。話しかけたりできるのは『友人の友人まで』だ。それ以外の人間にとってはただの100円グッズだ」
「どこかのSNSの日記の公開範囲みたいだな」
「それにしても、おれもどじったものだ。生まれ変わりゲームでね」
「生まれ変わりゲーム?! ゲームで決めるのか…く、くわしく教えてくれないか、そのゲームについて」
「うん、教えてやるよ。それより、おまえ知ってるかい、営業部にかわいい子がいたろ。青山という。あの子がどうなったか知ってるか。聞いたらびっくりするぞ。ひっひっひ」
「いや、それよりその、ゲームは」
「あわてるなよ、ゆっくり話そうぜ。おれを買っていけばいいじゃないか。便利だぞ、『これひとつで安心!お墓参りセット』」
「あ、まあ…そうだな」

ぼくはカゴに吉岡を入れてレジに向かった。すると
「おお、井上くんではないか」
「その声は大学のゼミの大村教授!」
「こんなところで会うとはな。君はぱっとしない学生だったが、今もぱっとしないようだな」
「ほっといてください、先生もお亡くなりになったのですね。そして、いまは『ネギカッター』ですか」
「さよう。白髪ネギが簡単につくれる『ネギカッター』。だが、こんなものになるつもりはなかった。これも私にゲームの才能がなかったからだ。失敗したのじゃ」

「ちょっとちょっと、井上くんじゃないの!」
反対側から声がした。
「その声は、S山高校の同級生だった花村さん。もう死んだのか」
「そうよ、自殺して、いまは『張るだけ万能茶こし』。便利よ、これ。急須の内側に張るだけ。でも、こんなつもりはなかったの。ゲームで失敗しちゃったの。まいったわよ、何に生まれ変わるかってすごく重要なことじゃない?それがあんなことで決まるなんてね。めっちゃ意外。事前に知らされてたらあたしだってなんとかしたわよ。そうだ、井上くんに教えてあげようか、そのゲームのこと」

「井上くん、君にはろくな友人がいないようだな。その、いかにも軽薄な女、いや『張るだけ万能茶こし』が本当のことを言うと思うか」
「って、いわれても、その、あの…」
「なんなのよ、そのじいさん、ていうか『ネギカッター』。もったいつけてさ。白髪ネギなんか人生で何回作る機会があるのよ。100円商品の中でもマイナーなくせに」
「うむ。ここで私は『ネギカッター』の優位性を述べるべきところだろうが、私にはできない。単なる結果にすぎない現在の我が身についていとも簡単に思い入れを語ることのできるあのような通俗な人間になれるものならなりたいものだが」
「くっそー、むかつくー」
「あの、それより、ぼくが知りたいのはゲームの」

そのとき店員がやってきた。
「お客様、申し訳ありませんが苦情が来ております、売り場の真ん中でぶつぶつ独り言を言っている不気味なひとがいる、こわくて買い物できないと」
「え、ぼぼぼぼ、ぼくのことですか、すいません、はい、いますぐ買い物をすませます、すませますので」

ぼくはとりあえず吉岡、じゃない『これひとつで安心!お墓参りセット』を持ってレジに行き、105円払ってそそくさと店を出た。森田係長の横を通ったときに寝息が聞こえた。まだ寝ているらしい。

で、店を出てから気づいた。妻に頼まれた『外反母趾対策パッド』のことをすっかり忘れていたのだ。ぼくは妻に3日間、口を聞いてもらえなかった。おまけに、吉岡と思って買った『これひとつで安心!お墓参りセット』はそれ以後、うんともすんとも言わなかった。どうやらうっかりして、そばにあった赤の他人のお墓参りセットを選んでしまったらしいのだ。

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://www1.odn.ne.jp/%7Ecay94120/
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by G-Tools , 2008/09/11