ショート・ストーリーのKUNI[265]これからの世界
── ヤマシタクニコ ──

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一人暮らしの冴えない自称、もといフリーデザイナーおばさんのシモヤマさんが、今日はなんだか浮かない顔をしている。それもそのはず、最近、仕事がない。もともとちょびっとしかなかったが、それがまるっきり、さっぱり、みごとに、思いっきり、ない。

「あああ、こんな調子じゃ飢え死にだよ」

もちろん、何もしなかったわけではない。ハローワークに行ってみた。シモヤマさんとどっこいどっこいのおばさん職員が対応してくれた。

「デザイナー、ですか。求人はないわけではないですが…若い人でも難しいですからねえ。今は」
「そうでしょうね」
「年齢があれですが、経験は豊富、ということでいいでしょうか」
「それが豊富じゃないんです。年齢があれですけど」
「それは……難しいですねえ」
「やっぱりそうですか」
「気を落とさずに気軽に相談にきてくださいね。私、ミヤハラと申します」

シモヤマさんは失意のうちに帰途につき、コンビニでスイーツをあほほど買って帰った。





「やけ食いして死んでやる!」
「どうせ私は年齢があれだよ!」

パソコンでSNSをあちこちだらだらと眺めながらクリームどら焼きといちごモンブラン、きな粉餅、バスク風チーズケーキに白玉あんみつ、窯出しとろけるプリンをイッキ食いしたら胸が悪くなってきた。

「うう、わたしゃもうだめだ……いいんだ、いいんだ」
「どうせ私なんか」
「私なんか……」
「わ た……」

すると、歌声が聞こえてきた。

「♪死ぬのはまだ早い~」

はあ? と、そちらを見ると厚化粧した女がまばゆいばかりのキラキラ衣装を身にまとい、シモヤマさんに向かって微笑みながら歌っているのだ。

「死んでどうなるの~、これから楽しいこと、いーっぱいあるのに~♪」
なんだこりゃ。ディズニーアニメの世界か! ミュージカルか! やめてくれ、そんなもんに付き合う暇はないわい!と思いながらシモヤマさんの口から出たのは

「♪そうなの~?」
う、歌ってしまった。どうなってるんだ。

「♪さあ、私と一緒に出かけるのよ~、これからの世界へ~~~」

「これからの世界?」
だめだ、口が勝手に相手に合わせてしまう。声優しゃべりになってしまってる、多分。

「♪そうよ、これからの~世界~」

しかも、のびやかに歌うこのおばさん、どこかでみたことあると思ったら、昼間私に対応してくれたハローワークのミヤハラさんじゃないかっ。2人はステップも軽やかに部屋を出て街に繰り出す。

「♪ここは未来っ、これからの世界~。世界は変わっているのよ~!」
「どんな風に?」
「♪これからの世界~。それは~いくらでも仕事が~~~ある世界!」
「そうなんだ?」

ミヤハラさんに導かれ、シモヤマさんが入っていったのはスーパーだ。

「普通のスーパーじゃない」
「♪そう、普通のスーパーかもしれないし~普通のスーパーじゃないかもしれない~ ♪さ、お買い物しましょっ!」

テンションが尋常ではない。圧倒されつつシモヤマさんは、カゴにうどん玉とネギの束、エビ天を入れてレジに向かった。レジの手前では中高年の男女が横並びに待ち構えていた。

「うどん玉を買った人はこの商品も買っています!」
そう言うおっさんの手には白だし。

「うどん玉を買った人はこの商品も買っています! その2」
おっさんその2の手にはおにぎり。確かにおにぎりとうどんのセットは定番だ。シャケ、それとも焼きたらこ?

「うどん玉を買った人はこの商品も買っています! その3」
おっさんその3の手には七味唐辛子、粉山椒。そうだよね、薬味次第で味がぐんとアップするよね。

「エビ天を買った人はこの商品も買っています!」
トゥースピックを手にしたおばちゃんが言う。ああ、確かに歯に挟まるかもしれない。シモヤマさんはエビ天の尻尾も食べるから。なんで知ってるの?

「醤油をお買い忘れではありませんか?!」
あ、そういえばそうかも……?

「ネギ束と類似した商品を検索!」
そう言うお兄さんの手にはミツバ、刻みネギのパック、カーネーションの束。いや、母の日じゃないし。あ、そうか。「束」を入れて検索したら引っかかってきたわけだ。

というか、これってつまり……。

「そう。気づいたようね。ネットで買い物をした時の展開を再現してるわけなのよ、この人たちは」
「何のために?!」
「『これからの世界』、それは、♪人々がネットやコンピューターを使わない世界。な~の~よ~~~~~!」
「え、そうなんだ」
「あるとき、政府が政策の大転換を打ち出したの。『もはやインターネットやパソコンに依存しすぎる世界から脱却することが必要だ』と。『誰も彼もネットに依存して本来あるべき人間関係がないがしろにされている。今起こっている問題の大半はそこに依拠していると言っても過言ではない』と。こうして一般人はネットもパソコンも極力使えないようにしたの」
「ええっ」

「そして、以前から政権との癒着が指摘されていた広告代理店ドンツウが、たちまちキャンペーンに乗り出したわ。『今こそニンゲン!』『時代はニンゲン』『忘れていたニンゲン力、取り戻しませんか』とね」
「はあ」
「さらに、それを実行するにあたっては、これも政権との密接な関係が噂されていた人材派遣会社ボソナが大活躍! これまで仕事がなくて困っていた人をどんどん、ネットが制限されたことで発生した業務に派遣することにしたのよ~」
「あー、なるほど。雇用創出ってわけか……でも、パソコンやネットが普及する前の時代に戻るだけだったら、それほどでもないのでは?」
「そう思う? ♪そこが素人の~~~~~ あーさーはかさ~~~~~!」

ミヤハラさんは優雅なステップでそこらをくるくるくるっ! と回った。たいがいにしてほしい。

「ネットやパソコンが普及した後も人々は従来の習慣を簡単に捨てられなかったでしょ? ハンコ文化しかり、電子メールのマナーは旧来の手紙のマナーそのものだし。データで保存できてもやっぱり紙に印刷しないと落ち着かないから、保存するものはむしろ増える一方。そうでしょ?」
「うん、まあ」
「つまり古い文化が残ったままパソコン・ネット文化がその上に乗っかっただけのなんじゃこりゃ状態。複雑というかややこしいというか、結局手間が減ってるのか増えてるのかわからない文化がそこに出現! したでしょ?」
「うーん、そういうことはない、とはいえないかもね?」
「そして、やっとネットやコンピューターが生活の中に溶け込んだ頃、急に『ネットやコンピューターを使わないことにする!』と言い出したら? みんな急に生活を変えられないから、ネットやコンピューターなしで、ネットやコンピューターに頼ってた時代を再現しようとするのよ!」
「えーっ、すると?!」
「そうなの、それには ♪ニンゲンが~ものすごくたくさん必要なの~~~!」

突然、スーツを着た男性がシモヤマさんの前に現れる。

「シモヤマさま、お誕生日おめでとうございます!」

ポン! とシャンパンの栓が抜かれ、あちこちから何人もが「おめでとうございます!」「おめでとうございます!」とやってくる。ついに「♪ハッピーバースデーツーユー!」の大合唱。

「何なの、これ」
「あら、ネットショップに会員登録するときに生年月日を記入するでしょ? そして誕生日になったら『お誕生日おめでとうございます』とお祝いがメールで来るでしょ? もちろん、ネットがなくなったら電話やハガキでの通販でしかないんだけど、ネット時代の習慣は残ってて、しかも年々発展しているのね、なぜか」

「そ、そしてそれをリアルでやるのか……確かに、胸元には『セビール』とか『ミッセン』『ダクテン』とかの社名が。みんな雇われてるんだ。あ、はい、来月まで使えるお誕生日クーポンですか、あ、ありがとうございます……いや、こりゃ人手が必要だわ! というより、こんな調子じゃむしろ人が足りなくなるんじゃないですか?」
「もちろん、一部移民解禁とセットの政策よ」
「そうか……」
「なんでもやってみなくちゃわからないものよ。みんな楽しそうに働いてるでしょ? もちろん、こんな仕事ばかりじゃないわ。シモヤマさん、記憶力の方は?」
「あ、記憶力はその、あまり……良くないです」
「そうなの? コンピューターが使えない今は、記憶力のいい人は引っ張りだこよ」

「♪もしかして、僕を~ 呼んだ?」

タキシードにバッチリ身を包んだ男が照明を浴び、歌いながら階段を下りてきた。いや、その階段はどこから出てきたのだ。

「彼は稗田阿礼の再来と言われる素晴らしい記憶力の持ち主なの。でも、昔は『ふ、単に記憶力がいいだけ?』『データの保存ならコンピューターにまかせておけばいいだろ』とさげすまれ、暗い人生を送っていた。それが今では引く手数多。何しろ彼の頭の中には広辞苑やブリタニカなど各種事典類や六法全書、その他記録と名のつくもの一切合財が余裕で入ってて、自由自在に引き出せる。大相撲の解説なんか、彼がいなきゃできないのよ」

そうミヤハラさんが説明すると……

「前頭三枚目、大和川は185センチ・120キロ・大阪府出身・道頓堀部屋、対する高尾山は187センチ・148キロ・東京都出身、大江戸部屋、両者の対戦は3場所ぶり、これまでの対戦成績は4勝3敗で大和川が優勢、前回は得意のがぶり寄りで大和川が勝っております、な・ん・て・ね~~~♪」

「彼こそは労働者の憧れ、秒で億を稼げる男、逆転人生、伝説のスーパースター、なのよ~♪」

「ああ、なんか記憶したい。脳内ストレージがまだスカスカだ。ウィキペディア入れとけばよかったな。そこのお姉さん、先祖代々の家系図とか古文書とかあったら記憶しておいてあげても、いいですよ~~~♪」

「すいません、頭が痛くなってきました……」
「とにかくね、これからの世界では、みんな仕事がいっぱいあるんだから、元気出して、シモヤマさん!」
「これからの世界って、いつ頃実現するんですか……」
「うーん、そうね。2040年ごろかしら?」
「20年後?! いや、私、その頃はもうすっかりおばあさん……」
「喜んで! これからの世界は年を取っても働くんだから!」

いや、喜ぶことじゃないでしょ、それ。

シモヤマさんは疲れ果て、ふらふらになって自分の部屋に戻った。しかしまだ「これからの世界」は続いていた。チャイムが鳴った。ドアを開けると。

「シモヤマさま。ママゾンプライムです。いつもご利用ありがとござい。当方でお調べしたところ、あなたの口座の情報、間違い。新しく情報を入れ直したほうがいいでよ。私のここ、触るといい。簡単」

「シモヤマさま。七菱銀行カードでございます。いつもご利用いただきかたじけのうござりまする。しこうして貴殿の口座はこのままでは利用停止となる恐れがありますゆえご連絡申し上げ奉る次第にて候。拙者のここをタッチすればたちどころに手続き完了、心配無用でござりまするぞ」

「ハーイ、シモヤマさん。アホーファイナンスご利用、サンキューです。最近、あなたさんの口座、とーっても危険が危ない。ご登録情報、更新しなくちゃ誰か不正利用するね。私のここ、さわれば簡単に更新できるよ」

うるせー! どいつもこいつも怪しさ全開じゃないか! 詐欺メールをニンゲンでやるんじゃねえ!!! あばれまくるシモヤマさんであった。


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