ショート・ストーリーのKUNI[268]サブスクがおすすめ
── ヤマシタクニコ ──

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村山さんはカラスヶ丘団地の自治会長をしている気の良い人なのですが、最近、悩んでいることがあります。同じ話を何度もしてしまってる、ような気がするのです。

気になるので、ついネットで検索してしまいます。「同じ話を何回もする ような気がする」と。

しかし、検索しても「加齢のため」「気にしないほうがいい」「ひどい場合は病院へ」というようなことしか出てきません。想定の範囲内です。その代わり、たちまち広告が出てくるようになりました。

「もの忘れ改善! ○○製薬のなんとかミン」
「モヤモヤがスッキリ! 1ヶ月お試し無料!」
「おじいちゃん、その話、前にも聞いた…お孫さんからこう言われたらすぐ当院へ!」

油断もすきもありません。村山さんはため息をつき、パソコンを閉じようとした時、また別の広告を見つけてしまいました。

「同じ話を何回もしている? 気になる時はまずチェック! 誰にも気付かれず、無料調査いたします。 ひそひそプランニング」

あ、これがいいか。社名が変だけど。村山さんが早速メールで申し込むと、すぐに返信がきました。

「村山和夫さま お申し込みありがとうございます。ではさっそく調査させていただき、後日結果をお持ちいたします。調査は無料ですのでご心配いりません」





そして数日後。

「ひそひそプランニングです。遅くなりましたが、極秘にひそひそと村山さまの調査を進めさせていただきまして、その結果が出ましたのでお持ちいたしました」

「それはご苦労でした。で、結果はどうでした」

「はい。申し上げにくいのですが、お歳のせいか、かなり症状が進んでおられるようです」

「やっぱりそうですか」

「はい。まず、村山さまの手持ちのネタのひとつであります『小学校の時に児童会の会長に立候補した。その時の公約は給食のメニューにコロッケを増やすというものだったが、落選した。コロッケが嫌いな校長先生の陰謀に違いない』というお話ですが」

「はい」

「その話をお隣の岡田さんには13回、自治会の副会長には24回、行きつけの喫茶店のマスターには37回されています」

「え、そうなんですか」

「はい。また別のネタであります『中学校でおやじギャグ大会を開いたところ、てっきり自分が優勝と思ったら上には上がいるもので三位になってしまった』についてはお隣の岡田さんに9回、副会長に32回、行きつけの喫茶店のマスターには42回話されていらっしゃいます」

「えーっ」

「そして『高校生の頃、バケツでプリンを作ってみた』話は」

「もういいです。いやいや、あのマスターにそんな迷惑をかけていたとは」

「はい、全然知らない人とはいえ私も思わず同情してしまいました。もちろん世間にはもっと症状が進んでいる方もたくさんおられます。村山さまは、ま、そこそこという感じですが…このまま放置すると社会的信用を失うということも、ないこともない、といいますか」

「あの人は年のせいで同じ話ばかりしている、老害だと思われるわけですね。えー、どうしよう」

「そこでおすすめなのが当社の開発した埋め込み式アプリ『同じ話を繰り返させない君』です。これによって同じ話をしようと思うとアプリが警告を発するようになります。村山さんがどんなに頑張ってもそのお話はできなくなります」

「ほう」

「もちろん、相手によります。初対面の方には当然、どのネタも初めてですので、何を言っても大丈夫、いい放題です。問題はそうでない方の場合ですが、その辺はアプリが相手を見て瞬時に判断いたします。喫茶店のマスターにはほとんどがNGかもしれませんが、これを機に新しいネタを仕込むよう心がけてはいかがでしょう」

「うまいこというな。なるほど、そう考えればなかなか前向きなアプリであると言えるかもしれませんな」

「ご理解いただけたようで何よりでございます。ではご契約ですが、おすすめはサブスクリプション、いわゆるサブスクです。村山さまの場合ですと、シニアパックというお得なプランがございます」

「はあ」

「月々これこれの料金で使い放題でございます。お支払いは銀行口座から引き落としでして、お支払いが滞りますとアプリも使えなくなります」

「最近はみんなそうなんだな。まあいいか。よし、契約だ」

それ以来、本当に、村山さんは同じ話をしようとしてもできなくなりました。

試しに自治会の副会長にわざと「児童会の会長に立候補した話」をしようとしたところ「実はしょうがっ」まで言ったところで頭の中で「ピー!」という警告音が鳴ってしまいました。行きつけの喫茶店のマスターに話そうとした時は、警告音とともに激しい頭痛が始まりました。

「痛たた…これはてきめんだ。これなら相手の反応を見ながら『え、ひょっとしてこの話、前にもしたっけ…』と急に不安になったりせずにすみそうだ」

村山さんはちょっと安心しました。なぜなら、実は最近、気になる女性が現れたからです。その女性はつい最近、タンポポ台住宅の自治会長になった人で、小川みちるさんという名前です。

「名前を聞いただけでもかわいいなあ。まだ若いしなあ」

村山さんはすっかりのぼせています。若いといっても50代後半なのですが、70を超えている村山さんにとって15歳も年下。めっちゃ「若さがまぶしい」のです。

ひとり身の村山さんは、みちるさんのことばかり考えています。カラスヶ丘団地とタンポポ台住宅のゴミ収集を一本化すればどうだろう、とか今年の祭りは合同でやったらどうだろうとか、一見自治会長らしくまともなことを考えているようにみえます。

ですが、タンポポ台は隣町というわけでもなく、間にはナノハナ台とかムクドリヶ丘があるのですが、そこの自治会長はどっちもむさ苦しいじいさんなので全然無視しているのです。

「小川さん、カラスヶ丘団地とタンポポ台住宅はもっと仲良くしないといけませんね。どう思われますか」

「同感ですわ。地域を盛り上げることこそ豊かな人生に必要なことですわ」

「ですよね! 実は私はしょうが」

村山さんの脳内で「ピー!」とけたたましい警告音が鳴り響きました。そうだ、児童会の会長・コロッケの話はすでに初めて会った時にしていたのだ。危ないところだった。村山さんは無事に思い出し、ことなきを得ました。

「あ、いや、なんでもありません。えーと、なんでしたっけ」

「私たちが力をあわせて盛り上げていきましょうと」

「そ、そ、そうですね。はははははは。えーと、ですから何かおもしろいイベントが必要ですね。私は中学生の時、学校でおや」

たちまち脳内で「ピー!」。

「あ、なんでもありません。えー、おや、おや…親子で協力してやるゲームとか、どうでしょう!」

「あら、いいですね。ぜひ、やりましょう!」

なんだかんだで二人はけっこううまくいっております。意外なもので。ちなみにみちるさんもひとり身です。

二人は食事に行ったりお茶したり、食事に行ったりお茶したり、はたまた食事に行ったりお茶したりと、逢瀬を楽しんでおりました。

何回も同じ話をして「えっ」と引かれたりすることがないのは、やはりアプリのおかげでしょう。いつしか二人はお互いをいちばん大切な人と思うようになっていきました。

「みちるさん、カラスヶ丘団地とタンポポ台住宅は、もっと仲良くしないといけませんよねー」

「ほんとにそうですよねー」

「カラスヶ丘とタンポポ台の間に、どうしてナノハナ台やムクドリヶ丘などという余計なものがあるんでしょうねー」

「つぶしちゃったらいいんじゃないですかー」

むちゃくちゃ言います。

「つぶすのはあれですが、統合とかねー」

「そしたら村山さんと会うのも便利になるしー」

「別に今でも不便じゃないですけどねー」

「ですよねー」

ところが、ここにきて困ったことが起こりました。村山さんの経済的危機です。

村山さんは退職した後も嘱託として元の職場に週2回通っておりましたが、いよいよその契約も終了となりました。加えて家賃が上がりました。もともと少ない年金が微減しました。サブスクの料金が気になり始めました。

村山さんは悩んだあげく、思い切ってみちるさんに打ち明けました。

「みちるさんに言っておかないといけないことが…。実は、私は『同じ話を繰り返させない君』をサブスク契約しているんですが、経済的にあまりゆとりがないので…もう解約しようかと思っているんですよ」

「そうなの? じゃあ解約すればいいんじゃないですか?」

「でも、そんなことをしたら私はたちまち、いつも同じ話ばかり繰り返す年寄りに逆戻りだ。いや、以前よりひどくなって、あなたはあきれて、私を嫌いになってしまうでしょう」

「そんなことないと思いますけど」

「いやいや、あなたにはわからないんだ。ついうっかり同じ話を繰り返し、目の前の相手の顔にみるみる蔑みの表情が、そして次に優越感に満ちた表情が浮かび、ああまただ、またやってしまったかと、情けなくなる私の気持ちが」

「別にいいじゃないですか。気にしなければ」

「気にしないでおれるわけがないじゃないですか!」

村山さんは自分でも驚くほど強い口調で言ってしまい、はっとしました。

「あ、ごめん。どうしていいかわからなくなって、ついいらいらしてしまいました。許してください」

みちるさんはにっこり笑いました。

「じゃあ、私もサブスクやめますわ」

「ええっ?!」

「私、実は人の話を集中して聞くのが苦手で、すぐにぼんやりしてしまって、よく怒られたんですよ、子供の頃から。別にその人のことを悪く思ってないし、それどころか好きな人の話でもやっぱりそうで。だから人の話をちゃんと覚えてられないの。それがずっとコンプレックスだったわ。だから『聞いた話を忘れない君』のサブスク契約をしてるの」

「えー、そうだったのか!」

「でも、私もサブスクの負担がちょっと重いなと感じ始めていて。解約したいけど迷っていたの」

「なんだ…じゃあわれわれ二人が同時に解約しても」

「全然オッケーじゃない?」

「ほんとだ! もちろん、副会長やお隣の岡田さん、喫茶店のマスターには迷惑かけそうだけど…別にいいか」

「もうとっくにあきらめているのでは」

二人は思い切り笑いました。それからみちるさんがちょっと真剣な顔に戻り

「あの、この際だから私も正直に言うんですけど」

「ん?」

「私が契約してるのはひとつだけじゃなくて、その…いっぱいセットになったコンプリートプランという、かなり高額のもので」

「はい?」

「『聞いた話を忘れない君』以外に『人の話を途中でさえぎらない君』、『人の失敗をおもしろがりません君』、『自分のことを棚に上げない君』『年上の男性をお前よばわりしたり頭をぴしゃぴしゃたたかない君』と…あと、いくつかあったんだけど覚えてないわ。とにかくどれでも使い放題でとても便利なので活用していたんですけど、月々の支払いがばかにならなくて、悩んでたの。全部解約してもいいわよね?」

ちょっと考え込んでしまった村山さんでした。


【ヤマシタクニコ】
koo@midtan.net
http://koo-yamashita.main.jp/wp/


駅番号というものがありますよね。例えば地下鉄に乗ると、難波だと英語のアナウンスで「ザネクストステイション・イズ・ナンバ、エム・トゥエンティ(M20)」などと言ってる、あれです。私の地元の南海では英語のアナウンスはやってないので、普段あまり意識することがありませんが。

先日久しぶりに阪急に乗って京都に行ったところ、終点の河原町で「エイチケイ・エイティシックス」とのアナウンス。ふーん、86か、阪急、やっぱり駅の数多いんやな、86・・・え、でも梅田から86番目ってわけじゃないよね? ということは、どこから数えて?

ということで、初めて駅番号なるものについてちょっと調べてみました。駅番号が阪急で導入されたのは2013年ということで、別に新しい話題でもないし、誰も知らないほど古い話でもないんですが。

調べてみるといろんなことがわかりました。私的に。阪急では神戸線が01(大阪梅田)から16(神戸三宮)までストレートに番号が付いており、そこからさらに神戸高速線(といっても花隈まで。そこから先は阪神担当)、伊丹線、今津線、甲陽線と番号が引き継がれ、甲陽線の終点、甲陽園は30。

宝塚線は十三(03)の次の三国がいきなり41、そこから順番に56の宝塚まで続き、箕面線に移ります。終点の箕面が59。その後、やっと京都線の出番。

京都線は梅田、十三、ときて次の南方が61、ここから河原町の86まで続き、そこから千里線、嵐山線に続きます。終点の嵐山が98。おしまい。

駅の数は全部で87だそうです。でも、番号は98まで。なぜかというと31~40と、60が欠番になっているからだそうです。なんで?!

このことについて、やはりネットではあれこれ書かれていて、どうも31~40は将来の新駅建設を考慮してとってあるらしいとか(でも60が欠番というのは?)。

参考(阪急の路線図と番号)https://www.hankyu.co.jp/station/


ちなみに、京都線には中津がないということも知りませんでした。いつも特急に乗るので気づかなかったのです。特急だから当然止まらないよね・・・と思ってたら、駅そのものがなかったのでした。

京都線はもともと十三までで、その後梅田まで延伸されたものの、その際中津はスルーしたとか。へー。そうだったのか。

とりあえず駅番号って面白いものなんだなと思い、つい近鉄や南海の駅番号も見たのですが、割とわかりやすく、阪急ほどおもしろくありませんでした。

追記:最初に書いた御堂筋線の難波はM20ですが、20番目ではありません。起点が江坂なんですが、江坂が「11」なので、10番目なのです。大阪の地下鉄の場合、どの線も「11」から始まるんですね。

参考(地下鉄の路線図と番号)
https://subway.osakametro.co.jp/guide/routemap.php


さらに追記 
「水間鉄道や紀州鉄道には駅番号がない」という情報が。いや、紀州鉄道って駅が5つしかないそうじゃないですか。番号、いります?