ショート・ストーリーのKUNI[266]初詣きょうだい
── ヤマシタクニコ ──

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あるところにおばかな兄弟がおりました。

「兄さん、いるかい?」

「ああ、弟か。久しぶりだな。まあ上がれ」

「きょうだいといっても、兄さんと会うのは年が改まって初めてだね。あけましておめでとうございます」

「なんだい、かしこまって。もう1月も終わりだぞ」

「ほんとだ。兄さん、今年、初詣とか行った?」

「ああ、よく聞いてくれた。遅まきながら行ったんだよ、初詣」

「へえ、行ったんだ」

「別に行くつもりはなかったんだけど、なんとなく歩いてたらいつの間にか近所に神社ができてて、『えー、初詣はいかが。初詣はいかが。まだまだ間に合う初詣』という声が聞こえたんで、のぞいてみたんだ」

「神社が客引きかい」

「そうなんだよ。しかも、もうとっくに松の内も過ぎて節分が近いというのに、まだ初詣やってるんだなあ…とか思いながら、つい鳥居をくぐっちまったら宮司が『願い事受付中、願い事受付中~。今ならよく効く、今ならよく効く~』とか言ってるんだな、これが…」




      *

「変わった神社だな。客引きに売り込み。いや、これからの神社はこうでなくちゃいけないのかもな」
境内をうろつきながらおれがそんなことを言ってると宮司が近づいてきて

「えー、当神社はオープン間もないので、今が願いどき、叶えどきでございますよ。他の神社に参るより絶対お得。同じお賽銭でもよく効きます。100%効きます」と言う。変な神社だよ、まったく。

「ふうん、そうかい。じゃあ…定番の家内安全、無病息災というやつでいこうか」とおれが言うと

「すいませんが、そういうのは受け付けてないんです。うちはそこらの神社とはちょっと違うんで。もっと具体性のあるやつでお願いします」

「ぐたいせい?」

「よくある漠然としたもの、定型文みたいなものでなく、本当にあなたが願っていることです。最近、つくづくと、心の底から『あー、これがこうだったらなあ!』と思ったことはありませんか」

「定型文はだめなのか」

「心がこもってないじゃないですか」

「ふうん。そうか。あー、これがこうだったらなあ、か。ううん、ううん…あ、そういえば」
「何か思いつかれましたか」

「いや、去年の夏、歯医者でひどい目に遭ったんだ」

「はい」

「長年放置してた虫歯がとうとうだめになってね。被せ物を作ることになったんだが、そのために何度も通わなくちゃいけなくなった。何しろおれが本格的に歯医者に通うのは生まれて初めてだったんだが、いやもう、あんな恐ろしいところとは思わなかったね。

うう、思い出しただけで恐怖が蘇る、血の気が引く。生き地獄とはあのことだ。麻酔だかなんだか知らないが、いきなり、とんでもない注射をされて、その痛みときたらもう、口の中に4トントラックが飛び込んできたかと思ったね。

しかしこれはほんの序の口。本番はそれからだ。キーン、キーン、ドカーン、ドカーンと、恐ろしい音を立てながらおれの口の中で何かするんだよ、医者が! おれの口の中が『ダンケルク』なんだよ!」
「クリストファー・ノーラン監督の映画ですね。あれは良かった」

「良くないよ! 痛い、苦しい、気持ち悪い、痛い、苦しい、気持ち悪い。このままじゃおれの口が頭ごと破壊される! そう思って脱出しようとしたけど腕を押さえられ『危ないから動かないでください!』と怒られて、それからもゴーゴー、ガーガーと一方的に攻撃されまくって、しまいにおれは意識を失ったよ」

「ええっ」

「その次行ったらまたいきなりゴーゴー、ガーガー、痛い、苦しい、気持ち悪い、痛い、苦しい、気持ち悪い、ダンケルク。おれはまた意識を失った」

「まじですか」

「なんであんな目に遭わないといけないんだ。おれが何をしたっていうんだ。この歳になるまでニンジンもピーマンも残さず食べてきたし、交差点を渡るときは信号を守った上に右左を確認してきたし、スーパーで牛乳を買うときだって奥のほうから一番賞味期限の長いやつを選んできたし、こつこつ真面目に生きてきて今日の社会的地位を築き上げたんじゃないか」

「社会的地位」

「そのおれがなんで、こんな仕打ちを…」

「泣かないでください」

「ところがだ。何回か通ってるうち、たまたま他の患者が治療を受けているところを見てしまったんだ。そしたら、なんだあれは」

「はあ?」

「医者はなんかちっこい道具を使って口の中のごくごく狭いところをこちょこちょやってるだけだった。おれはてっきりバズーカ砲くらいの注射とか工事現場で使う油圧ブレーカーや高圧洗浄機、ドリルとかチェンソーとか使ってると思ってたのに」

「無理でしょ」

「その患者も顔しかめて痛がってたけど、はたから見りゃどこが?てなもんだ。何を大げさな、こいつはばかかと」

「かもしれないですね」

「だけど、当人はあの恐ろしい惨劇の真っただ中にいるのかもしれない。これはどういうことかとおれはちょっと考えた。ちょっと考えただけですぐにわかった。おれは頭がいいからな! 

つまり…口は頭に近いからだ! 脳天に響くから、いってみりゃドルビーシステムでデジタルリマスター版でIMAXで、えー、なんだかんだで迫力満点のどえらいことになるんだよ! だから、口がどっか別の、頭から遠ーいところにあったらいいんじゃないかと思うんだ」

「はあ?」

「例えば転んで膝を擦りむいても痛いけど、がまんできるし、自分で傷の部分がよく見えるからなんとなく安心だ。膝は頭から遠いから。でも、口の中が痛いと頭全体が痛いような気がする上に、実際どうなってるのか自分じゃよく見えないじゃないか」

「ええ」

「だから、口が別のところにあったらそんなふうには思わなくなるはずなんだよ…」

        *

「…ということは、兄さんは口を、顔の、鼻の下というか、あごの上というか、そこではない、別のところにつけてほしいという願い事をしたってこと?」

「ああ。宮司もなかなか話のわかるやつで、『わかりました。極めて具体性に富む願い事です。やってみましょう』『今なら特別に1990円でやらせてもらいます。来週には本来の価格2990円になりますので、ラッキーでしたね』と言われたんだ」

「期間限定価格か。ユニクロみたいだね」

「初詣の賽銭は100円に決めてたけど、まあ今年は奮発したぜ。わっはっは」

「え、じゃあ、今、兄さんの口は…そのマスクの下にはないんだ」

「ああ。いろいろ迷ったが、ここにつけてもらった」

そう言って袖をまくると、右腕の、肘と手首の間くらいのところに口が。

「わっ、ほんとだ」

「便利だぞ、これ。歯も磨きやすくなったしな。どこに磨き残しがあるのかすぐわかる。フロスも使いやすい。虫歯予防、歯周病予防もこれでばっちりだ!」腕にある口がしゃべっている。

「確かに! 気持ち悪いけど便利そうだ」

「昨日は口内炎ができたけど、薬を塗るのも簡単。だいたい、口内炎なんて大げさにするもんじゃないな。ほんのちっさなもんだし、大して痛くもない。楽勝だよ、口がここなら」

「そういうことだね、兄さん、すごい!」

「おれを見直したか」

「うん、兄さんがそんなに賢いと思わなかったよ。と、兄さんの顔を見ながらしゃべったらいいのか腕のほうを見ながらしゃべったらいいのか迷うけどね。あと、物を食べるときは不便なことないの?」

「そんなことない。ただし、うっかりして右手に口をつけたのが失敗だったなー。おれは右利きなのに。歯磨きはまだしも、左手で箸を持って口に食べ物を運ぶなきゃならないから、ちょっと難しい」

「あ、そうか。左手にすればよかったのにね。やっぱり兄さんはばかだ!」

「うるさい、ほっとけ! でも、確か、気に入らなかったらもう一回やり直してもらえると思うんだ」
「え、ほんと?」

「ああ。元に戻すこともできる、って言ってたような。そうでなかったらこんなばかなことするわけないだろ。ははは。それより、おまえ、今日は何しにきたんだい」

「あ、それなんだけど。実はぼくもその神社に行ったんだよ」

「ええっ?!」

「いや、さっきから聞いてるとどうもぼくが行った神社と同じ神社のようだなと思いつつ…違うのかなと思いつつ…どう考えても同じだなと。ぼくも1990円だったし」

「ほかにそんな変な神社があるわけないだろ! じゃあ何かい、おまえも何か願い事をしたってのか?!」

「うん。ぼくは、いつも背中がかゆい時にかきにくいので、背中がお腹にあったらいいなーと思って」
「はあ?! 何考えてんだ! どれ、見せてみろ…うわー、ほんとだ。おれよりばかがいた! いや…これはこれで困らないか?」

「そうなんだよ。お腹と背中が入れ替わったので、今度はお腹がかきにくくなった。おへそのゴマも取りにくい」

「わはは! 意味ないじゃないか! ばか丸出しだ! おまえこそ、それ、やり直してもらったほうがいいぞ!」

「それなんだけど」

「うん」

「ぼくもそう思って、さっきその神社に行ってみたけど、誰もいなかったんだ。立ち入り禁止のロープが張られて『資金繰りの悪化により閉店します』と書いた張り紙が…」

「神社が『閉店』? なんだそりゃ!」

「そう書いてあったんだもん。兄さんなら何か知ってるかと思って、来たんだけど」

「えーっ! 知らないよ! ていうか、じゃ、おれたち、どうすりゃいいんだ!」

まったく、おばかな兄弟にも困ったもんです。


【ヤマシタクニコ】
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子供の頃から雪が大好きな私だが、ちょっと前に高野山で雪を満喫してきました。高野山って不思議なところで、周りの山に全然雪が積もってないのに、その山より低い高野山では雪景色だったりするんですね。

もちろん、積雪何メートルにもなる雪国の雪とは比べものになりませんが、ほどほどの雪で、大変けっこうでした。NHKスペシャルでやってた千住博の襖絵も見ることができました。

雪といえば、小学校1年生の時の同級生で「ゆきこ」という名前の子がいました。目がぱっちりしてかわいくて、長い髪をお下げにして、いかにも「ええしのお嬢さん」という感じ。

いつもきれいな服を着ていました。その頃からすでに雪が大好きだった私は「雪子かー。いいなあ。私もそんな名前だったらいいのに」と思ったもんですが、今考えると、ひょっとしたら「雪子」ではなく「由紀子」とか「由起子」とか「夕起子」だったかもしれません、というよりそっちの可能性のほうが高いですよね。

何せ1年生なので、その「ゆきこ」さんがどんな漢字だったのかは確認してないのですが、「雪子」は意外と少なく、これまでの人生でリアルに出会った人の中にはいなかったような気がします(ドラマや小説の登場人物の名、あるいは筆名としては割とあると思いますが)。

さらに冷静に考えると、私にはまったく「雪子」なんてロマンチックな名前は似合いませんね。そもそも色黒だし。私はどうみてもクニコだわ。クニクロだわ。