ショート・ストーリーのKUNI[別冊]美容院で映画の話
── やましたくにこ ──

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もう一本書いてもいいよと柴田さんに言われて、映画の話でもと思ったのだけど、よく考えたら、最近忙しくて映画を見ていない。

私はここ数年来ずっと同じ美容院に行ってるのだが、私が映画好きなことはよく知られていて、行くと必ず「最近なんか映画見ました?」と聞かれる。彼女たち(あるいは彼ら)もなかなかの映画好きで、けっこう映画の話で盛り上がったりする。中にひとり、浜村淳の生まれ変わりかと思うくらい映画のストーリーをしっかり覚えていて、それをていねいに、上手に語ってくれる美容師さんがいる。

前にも書いたが、私は映画のストーリーを覚えるのが苦手で、「おもしろかった」と言って「どんなふうに?」と突っ込まれるとたちまち返答に窮するタイプなのだが、彼女はそれはそれはよどみない口調で、「魔法にかけられて」から「ガメラ」や「ミーア・キャット」まで語ってくれる。こっちはその語りをきいてるだけでげらげら笑ってしまうほどで、しかもそれを(当たり前だが)ひとの髪をカットしたりブローしながら語るわけなのである。私からみればほとんど神業である。



ウォーリー 初回限定 2-Disc・スペシャル・エディション (初回限定) [DVD]昨年暮れに行ったときは「何か見ました?」と聞かれ「ウォーリー」と答えると、ぷーっと吹かれた。どうも私は「ウォーリー」とミスマッチらしいのだ。そうなのか。

「でも、ウォーリーって、私、予告編でみましたけど、あれでしょ、あれがこうしてこうして、で、あれがこうなって、こうなるわけでしょ、こういうとこが感動的で、でも、ちょっとこれで、みたいな?」
「そうそう、まったくその通りです……」
「ねえ、だから、見なくてもわかってしまいますよねー」
すいません(ちなみに、ウォーリーって、まるでE.T.だよね)

ワールド・オブ・ライズ 特別版 [DVD]次にその美容院に行ったら、また「最近、なにか見ました?」と聞かれたので
「ええ、『俺たちに明日はないっす』を」と言うと「え、なんですか、それ」
と言われたきり、会話がまったくはずまなかった(そうだろうなあ)
「あ、それと『ワールド・オブ・ライズ』も見ました」と言ったが、これも
「はあ? ああ、ディカプリオの、ですね」と言われてしまった。
なるほどなあ(何が)

で、そろそろまた美容院に行こうと思ってるのだが、前に行ったときから後、何を見たかというと、それが忙しかったもので「チェンジリング」だけなのである。これを美容院の椅子の上で語るのはちょっと無理がありそうな気がするが、どうなのか。予習をかねて説明してみると。

チェンジリング (アンジェリーナ・ジョリー、ジョン・マルコヴィッチ 出演) [DVD]知っているひとは知っているだろうが、ご存じクリント・イーストウッド監督作品。アンジェリーナ・ジョリー扮する母親(クリスティン)が息子と二人暮らしなのだが、ある日息子がいなくなる。何ヶ月も行方不明になり、やっと見つかったと連絡があって駅のホームで報道陣に囲まれながら息子と感動の対面、と思いきや、列車から降り立った「息子」は似ても似つかぬ別人。ショックを受けるクリスティンに捜査当局は「何を言ってる、あなたの息子です」「この年頃の子どもは何ヶ月かの間に変化するんです」と無茶苦茶なことを言いはり、とにかく「息子」をクリスティンに押しつける。

いったんはその少年を家に連れて帰るが、納得できるわけもなく「行方不明になる前より背が低くなってるじゃないですか。ありえない」とかしつこく訴えるとしまいに、クリスティンのほうが精神病者扱いされ、無理矢理入院させられ、屈辱的な仕打ちを受け、一方、息子の行方不明事件からとんでもなくオソロシイ事件(ほんとにほんとに、オソロシイんですよ〜)が明るみに出て、その犯人がつかまって、また一方、クリスティンを支援する人たちが活動を始め、次第に支援の輪がひろがってどうこうという、んまあ、すんごく密度が高く、問題がいっぱい含まれてて怒ったり憤ったり腹立ったり(いっしょか)、たいへんな映画なのである。

いちおう、佳作とも力作ともいえると思う。まじめな映画だから、しろうとの私がうかつなことを言えばしばかれそうでもある。だから、言わないが、この映画にもやはり問題点があって、それは主人公を支援する人たちの中心人物である牧師を演じるのがジョン・マルコヴィッチだということである。信用できない。なにかありそう。マルコヴィッチだと思ってたら15分だけ他の人間かもしれないし。だから、「これは絶対、もう一回どんでん返るぞ」と思ってたらそうはならなかったので拍子抜けだった。あれは困る。キャスティングミスである。もっとわかりやすく、たとえば、キアヌ・リーブスなら絶対に悪いことはできそうにないと思うからどうだろう。いや、そのかわり、あまり手腕を期待できそうもないか。さらに、ヒロインと恋愛感情が芽生えるというストーリーなのではと誤解を与えてややこしくなってしまいそうだ。ううむ。

キャスティングの問題はもう一つあって、それはクリスティンが戻ってきた息子と対面するシーンだ。ひと目見て「えっ」と、息をのむヒロイン。ちがう、ちがうじゃない……なによ、これ、どういうことなの、私の本当の息子は……。それを表情だけで見事に演じるアンジェリーナ・ジョリーはなかなかのものだが、こっちは少年の顔がアップになっても「えっと……違ったっけ?……違ってるかもなあ……」なのである。本当の息子の顔をちゃんと覚えていないので。ていうか、白人の男の子って日本人にはあまり区別つかないでしょ。しかし、ここは観客もいっしょに「え、違うじゃん!」と思うべきところではないか。だから、困るのだ。

いっそのこと、戻ってきた「ニセ息子」役は黒人にすればよかったのでは。これなら私にも区別がつく。そんなの違い過ぎだろうといわれるかもしれないが、腐敗しきった当時のロス市警である。「何を言う。これは確かにおまえの息子だ」「成長期の子どもは肌の色も変わるのだ」「マイケル・ジャクソンの例もあるじゃないか」くらいは言いそうである。まったく、権力というやつはとんでもないやつなのだ。

おくりびと [DVD]というような話を、次に美容院に行ったときにしたら、私はあほと思われるだろうか。いまから「おくりびと」でも見にいったほうが賢明だろうかと、真剣に悩む私である。

ところで、美容師さんたちがけっこう映画を見ているのは、実はふだんは忙しくて帰りも遅くなり、テレビも十分見られないらしい。それで、気晴らしといえば映画、なのだそうだ。彼女たちのためにも、もっともっとおもしろい映画ができるといいなあ。

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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