ショート・ストーリーのKUNI[69]にせもの/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:7分(本文:約3,000文字)


「ただいま」
啓一が玄関で靴を脱いでいるとキッチンから妻の芙美子が顔を出した。
「おかえりなさい、今日は早かったのね」
「うん。予定していた会議がなくなったのでね。帰りにおまえがほしがっていた雑誌を買ってきたよ。ほら」

啓一が雑誌を差し出すと芙美子の顔が明るくなった。
「ありがとう! このへんでは売ってないのよ、これ。『趣味の園芸ライフ』」
「確かそう言ってたと思ってね。ああ、おなかがぺこぺこだ」
「すぐご飯にするわ」
芙美子はキッチンに戻り、まもなくテーブルにおいしそうな料理の数々が並んだ。息子の晴夫も席に着いた。

「やあ、うまそうだ」
啓一は箸を持った手を大皿に伸ばした。そして、芙美子がじっと自分を見てい
ることに気づいた。
「どうかしたかい?」
芙美子は硬い表情を崩さなかった。


「あなた、にせものでしょ」
「はあ?」
「ごまかそうとしたってだめよ。あなたは私の夫のにせものよ」
「何を言ってるんだ」

「だって。本物の夫なら、トカゲ肉とクモヒトデのサラダを見て『うまそうだ』なんて言わないわ」
「な、何を言うんだ」
啓一は箸を持ったまま顔をこわばらせたが、すぐに笑い出した。

「確かに前はトカゲ肉はあまり好きじゃなかった。だけど、この間会社の宴会でメイン料理がトカゲ鍋だったもんで、仕方なく食べているうち、好きになったんだよ。何せトカゲの小鉢にトカゲの鍋、デザートもトカゲシャーベットと、トカゲづくしだったからな。君にはまだ言ってなかったかな。ははは」
「クモヒトデも前は好きじゃなかったわ」
「クモヒトデもこうやってトカゲ肉と合わせるといけるな、と思ったんだよ。おかしいかい」

「それでごまかしたつもりなのね」
「ごまかすも何も...じゃあ、なんでぼくがトカゲもクモヒトデも好きじゃないとわかってて、こんな料理を出すんだ」
「試したのよ」
「試した?」
「三日前の夜、あなた寝言言ってたわ。とてもはっきりと、でもどこの言語か分からないような不思議な言葉をしゃべってたわ。あなた、どこかの天体からやってきたエイリアンでしょ。うまくばけたわね」

「くだらないにもほどがあるというもんだ。そういえば宇宙人と交流するという妙な夢をみたような記憶がある。しかし、君こそSF小説の読み過ぎだよ」
「まだあるわ。昨日、靴下の中に特大のカメムシを10匹ほど入れておいたけど、気がつかなかったでしょ。私の夫は虫が大嫌いなのに」
「君だったのか。もちろんすぐ気づいて捨てたよ。吐き気がするほど気持ち悪かったさ。そう、いま思い出しても気分が悪い。さあ、それだけかい、ぼくがエイリアンだという証拠は」

「今朝出かけるとき、私がハンカチを渡したら『ありがとう』って言ったでしょ」
「それでいいじゃないか」
「本物の私の夫なら『ありがとうならミミズははたち、へびは二十五で嫁に行く』って言うわ。あなたは言わなかった。私、そのとき確信したの。これはにせものだって。いつすり替わったの、私の夫をどこへやったの」
「あのギャグはそろそろやめようと思ってね。新ネタを考えているんだが、まだ練れてないから言わないのだ」

「芸人じゃあるまいし。ごまかされないわ。それに、それに」
「なんだ」
「あなたが買ってきた雑誌」
「ああ、『趣味の園芸ライフ』か」
「喜んで受け取るふりしたけど...私の趣味は園芸じゃなくて演芸よ。『趣味の演芸ライフ』がほしかったの」
「なな、なんだって。漫才や落語の演芸か」
「そうよ。もとは園芸だったけど、気が変わっていまは演芸なの」
「なんて勝手な。いくら同音異義語だからって」

「本物の夫なら知ってるはずよ。このエイリアン野郎。ばけものっ。警察を呼ぶわよ」
芙美子は無意識のうちにフォークを握りしめていた。まだ新しいそれは鋭利な光を放っていた。
「待て、待て。すまなかった。おまえの趣味が演芸だなんて知らなかった。不覚だった。夫として失格だった。でも、だからといってエイリアンとは限らないだろう」
「証拠として十分だわ」
「知ってるとか知らなかったとかは大したことではない。それより、実はぼくも、つくづく人間とは変わるものだと思っていたところさ。結婚して何年もたてば当然かもしれないがね」
「どういうこと」

「たとえば、さっき帰ってきたとき、ぼくが『予定していた会議がなくなった』と言ったとき、君は何も言わなかった。夕食の支度もちゃんとできていた。おかしい。本物のぼくの妻なら、ぼくが早く帰ったらたちまちむくれてたし、料理なんか手もつけてなかった。『なんで今ごろ帰ってくるのよ。もう一回会社に行ってきたら』と逆ギレするところだった。だが、ぼくは思った。妻は大人になった、変わったんだと。ひとは成長するものなんだ。それとも、君こそエイリアンなのか」
「何を言ってるのかわからないわ」

「今朝早くゴミ出しに行くとき、君は途中であたりを見回し、だれもいないと見るや四つんばいになってものすごい速さで歩行していたね。それも新しい健康法を始めたのだと、ぼくは解釈しているよ」
「そんなことするもんですか。ほかの人と見間違ったんでしょ」
「ジャムの瓶のふたを開けるのも苦労していた君が、さっき片手で電子レンジを持ち上げかけてあわててやめたね。ぼくは見なかったふりをしていたが」
「で、できるわけないわ、そんなこと!」

「妻の大好物『かっぱえびせんマヨネーズ味』を僕がさりげなく目につくところに置いても、君はまったく食べていない。君はぼくの妻ではない」
「好みが変わったのよ!」
「へたな言い訳はやめろ。私の妻をどこへやった」
啓一の手にはいつの間にか小型光線銃が握られていた。芙美子は椅子から立ち上がった。そのとき、晴夫が突然泣き出した。

「あーん、あーん」
「どうしたのよ、晴夫ちゃん」
「どうしたんだ、晴夫っ」
「パパもママも変だよ...なんで標準語でしゃべってるの。ぼくのパパとママは...いつも大阪弁だったのに」

芙美子と啓一ははっとした。お互いの顔を見合わせ
「そそ、そうやった!」
「し、しやからゆうてるやろ。やっぱりおまえがにせもんじゃ!」
「なんやて。このばけもんが。しばくぞ!」
「いつのまに地球に来たんじゃ。ようまあいけしゃあしゃあと。何が会議じゃ、何が帰りに本買うてきたや。笑かすわ。きもいわ」
「おまえこそそれで地球の女になったつもりか。正体わかってるちゅうねん。何が演芸や。オスエイリアンとコンビ組んどけ」

「あーん、あーん、ママのお尻からぬるぬるのしっぽが見えてるよー」
「ほれみてみ、ばればれやんけ、きもいのはおまえや! さっさとくにに帰ってまえ。あほぼけかす! おまえのかあちゃん、でべそ! 先生にゆうたんねん!」

「あーん、あーん、パパの頭の両横から角が出てきたよ...」
「ぶさいくなやっちゃな。なんじゃそら。せんとくんか、おまえは...いったいどこの星のもんじゃ!」
「おまえこそ、どこの星のもんじゃ!」

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