ショート・ストーリーのKUNI[105]アンナ/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:8分(本文:約3,600文字)


午前の仕事を終えたマイケルは工場の中庭をイアンと散歩していた。太陽がおだやかに地表を温めている。

「今月の仕事はきつかったなあ」
「うん。欠員が出たからね」
「スタッフの配置はもっと計画性をもってやってもらいたいもんだ。こっちは言われるままなんだから」
「まったくだね」

そのとき青空からひゅーっとボールが飛んできて、彼らの脳天めがけて落ち...そうになったのをマイケルがキャッチした。イアンはちっと舌打ちした。
「どこのどいつだよ。あぶないなあ」

すると彼らのいる土地より一段低くなっていて、フェンスで隔てられたグラウンドから女がこちらを見ているのに気づいた。くりっとした目が魅力的だ。マイケルがボールを示し「君の?」と聞くと女の口から奇妙な音声がもれた。
「ぷぷぷぷーとぅるるるっぷー」

午後にはもう、マイケルは恋する男になっていた。イアンはすぐにそれを察知した。
「あんなのが好みか?」
「うん」
マイケルは仕事の間もずっと、思い出してはにこにこしていた。

彼女は次の日もグラウンドにいた。仲間たちとボールを投げたり受け取ったりという単純なゲームをしていた。「ぷぷ、ぴー」「ららららったり」「るるらりりり!」と言う意味不明な声が飛び交っていた。どうみてもあまりおもしろそうなゲームではなかった。

マイケルは頃合いをみはからって彼女のそばに近づき、話しかけた。
「名前はなんていうの?」
「ぷぷ、ぷぷ、ぴー」
「その髪飾り、似合ってるね」
「とぅららったら、とぅりーら?!」
「きみの顔を見ているとなんだか楽しいんだ。はじめてだ、こんなの」
「たばた、だ、んだんとぅら」

彼女もマイケルを見てほほえんだ。言葉は通じなくても気持ちは通じているような気がした。だけど、言葉が通じたら、もっと楽しいだろう。


マイケルは彼女に夢中になった。一日中いっしょにいたいと思った。
そうだ。
彼女も自分と同じ工場で働けばいいんだ!

「おまえ、全然わかってないんだな」
イアンがあきれて言った。
「何を?」
「あの女には無理だよ。古いから」
「古いって?」

「おれたちには工業用ロボットの中でも最新のOS20、愛称『デイジー』がインストールされている。このOSで実用化された初のロボットがおれたちだ。今後当分はデイジーの時代が続くだろうと言われている革新的OSだ」
「うん」

「ところがあの女、いや女ロボットに搭載されているのは古いOS19、いわゆる『リリィ』だ」
「リリィ」
「そうだ。だから会話も成立しないんだ」
「そうなんだ」

でも、マイケルはあきらめない。マイケルは寝てもさめても彼女のことしか考えられないのだから。

「ねえ、イアン」
「なんだよ、マイケル」
「彼女のOSをアップグレードするのはどうしたらいいの?」
「できないよ」
「なんで」

「新しいOSをインストールしても彼女のハードが対応できない。デイジーが動くにはそれなりのスペックでないと無理だし、全部入れ替えるならともかく、OSだけならむしろ今使っているいろんな機能がだめになってしまう」
「ていうと」

「うーん、たとえば二度と走れなくなるとか音声が失われるとか。いや、もっととんでもないことが起こるような気もする。でも、正直よくわからないな、おれには」
「ふうん」

「あきらめろよ。いまでも仲いいんだろ?」
「そのつもりだけど。もっといろんなことをわかりあいたいし、他愛のないおしゃべりとかしてみたいし...そうだ」
「ん?」

「ぼくのほうをダウングレードすればいいんだね?」
「え、デイジーからリリィへ?」
「うん」
「やめたほうがいいよ」
「なんで」

「技術的にはできないことはないかもしれない。たぶんできるんだろう。一部支障は出るとしても。だけど、リリィ搭載のロボットはいまでは単純労働しかさせてもらえない。当然賃金も安い。すむところはあのグラウンドの奥の、さらに一段低くなった土地にある旧式のアパートだ」
「別にいいよ」

「おれたちは休憩時間にサッカーでも野球でも何でもできるだろ。あいつらはせいぜいキャッチボールもどきのゲームしかできない」
「いいじゃないか」

「何より残念なことに、おれたちロボット間でも差別意識というものがある。デイジーなら最先端だからどこにいっても丁重に扱われるが、リリィになった途端にさげすまれるおそれだってある」
「そんなことがあるもんか。現にぼくは彼女のことをさげすんでなんかいない」

「おまえは何もわかってないよ、マイケル」
「とにかくぼくはダウングレードしたい。イアンはぼくの気持ちを全然わかってないんだ。親友だと思ってたのに」
「おまえのためを思って言ってるんだ」
「うそだ!」

イアンは一瞬沈黙した。
「そんなに言うなら、おれは止めない。探せばやってくれる業者はいるだろう。金さえあればね。でも、いまのすべてとさよならすることになるさ。おれも含めて」

なんでイアンはあんなに反対するのか、マイケルは全然理解できなかった。彼女といっしょにいたい。同じ世界を共有したい。そのための方法があることがわかっているのに何もしないなんて、おかしいじゃないか?

マイケルはありったけの貯金を持って、ネットで探したあやしげなダウングレード屋に行った。勤務先の工場お抱えのロボット管理士はそんなことはしてくれなかったし、だいたいダウングレードすることは今の工場にいられなくなることだった。そう、イアンの言う通り、すべてとさよなら。そんなことができるのは恋する若者だけだろう。ロボットの世界でも。

3日後、自分の体でありながらどこかそうでないような違和感とともに、マイケルはあのグラウンドにやってきた。彼女がいた。
「やあ!」
マイケルが話しかけると彼女が答えた。

「あら、どうしたの?! 会話ができる」
なんてことだろう。彼女の発する音声が、普通の言葉に聞こえる!
「OSをリリイに、したんだよ。君と話が、できるようにね」
「ほんとに?! うれしいわ。前はあんたの言葉はいつも、しゅしゅしゅしゅっとしか聞こえなかったけど」

そうか、自分の声はそんなふうに聞こえていたんだ。
「君の名前は、なんて、いうの? 会話、ができるようになったら、真っ先に聞こうと、思ってた」
「アンナよ」
「そうか。アン、ナ、か」

マイケルはうれしくてたまらなかった。ああこれからはずっと、アンナとおしゃべりできる。かわいいね。好きだよ。愛の言葉をささやくこともできる。ぼくたちの気持ちはどんどん深まるだろう。手をつないだらどんな気分だろう? もっと早くダウングレードすればよかった。

「よかったらあたしたちとゲームしない? いつもやってる、ボールを使うゲーム。見たことあるでしょ?」
「ああ、一度やってみた、いと思ってたよ!」

ところが、いざやってみるとマイケルには難しくてできなかった。ルールの一部が何回やっても覚えられないのだ。マイケルがミスばかりするせいで、ゲームが進まない。

「ごめん。なんで、できな、できないのか、自分でもわからない」
「だいじょうぶよ、慣れてないからだわ」
アンナが気遣いながら言う。マイケルはベンチにすわろうとしたが、そのとき上着のポケットから一枚の紙片が落ちた。アンナがさっと拾い上げた。表情が険しくなる。

「何これ」
「あ...ダウングレード、完了証明、書だ」
「あんた、リリィはリリィでも19.1なの?」
「そのよ、うだな」
「あたしたち、みんな19.5以降なんだけど」
「え?」

「どうもおかしいと思ったわ。しゃべりかたはぎこちないし、覚えは悪いし」
急にアンナの口調が冷たくなった。奇妙な生き物でも見るような目つきでマイケルを見る。

「19.4以前のロボットはあっちの区画にすむのが普通よ。ていうか、あたしたちといっしょに生活するって無理じゃないかしら」
アンナは赤錆色のバラックが密集する一角を指で示した。

「それに、その余分な腕、すごく目障りなんだけど」

アンナはマイケルの胸元にある3本目の腕を指し示した。それはデイジーで初めて有効に機能する第3の腕で、大幅な仕事の効率化を約束するものだ。そのためにマイケルたちは賞賛とともに世に送り出されたのだったが、いまはだらんと下がった役立たずの醜い物体でしかない。

マイケルは、いつの間にかたくさんのロボットが集まっている自分のまわりを見わたした。2本しか腕がないロボットたちのほうがはるかに美しく、自分は醜かった。アンナが露骨に眉をひそめていた。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
< http://midtan.net/ >
< http://yamashitakuniko.posterous.com/ >

と、こんな話を書いた私は自分のiPhone4をiOS5にアップデートできてないまま。iTunesも最新バージョンにしたのにデバイスが表示されなくて「?」。いちおういろいろ調べて試みたけど、なんだか疲れちゃって中断。だいたいふだんあんあまり使ってないWin機でやらねばならないのが、何というかどうも......またそのうちやってみます。