ショート・ストーリーのKUNI[113]次世代/ヤマシタクニコ

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神様の息子たち三人が、父親から宿題を与えられた。人間の次世代モデルについて、案をまとめることだ。

「月日のたつのは早いもの。私が人間というものをつくってから長い年月が流れた。ホモサピエンス以降としても約20万年だ。そろそろモデルチェンジを考えねばいかん。当の人間たちも、体についていろいろ不満も持っているだろう。それを調べたうえで、案を出すように」

さっそく三人は人間界に出向き、調査することにした。各自、どこでどんな調査をしようが自由。もちろん、見かけは人間そっくりにコスプレして、人間に怪しまれないように。そしてその結果を持ち寄って会議を開くという段取りだ。

長男は下界に下りたってしばらく、どこに行こうか迷った。いくら迷ってもきりがないので適当に歩き出すと、遠くからおおぜいの人の歓声が聞こえてきた。「なんだろう。おもしろそうだ」

声のするほうへ歩いていくと、大きな建物に行き着いた。この中で何が行われているのだろう? 入ってみると、内部は巨大なすり鉢状になっており、すり鉢の底では一つのボールをめぐって二つのチームが争うゲームが行われているようだ。

そして、それを囲む観客席には数え切れないほどたくさんの人間たちがぎっしり詰まり、声を限りに選手たちを応援していた。長男は入ってはみたものの最初はルールもわからない。でも、見ているうちにだんだんわかってきて、気がついたときにはすっかりゲームにひきこまれていた。

座ってなんかいられない。いつの間にか立ち上がり、まわりの人間たちと一緒になって声を張り上げている。すごい一体感。巨大なすり鉢全体が、地鳴りのようなどよめきに包み込まれる。

「おれは感動した。なんという躍動感。なんという歓喜。そのとき、人々がいっせいに歌を歌い出した。翼がほしい、翼がほしい、とね。おお、人間たちは翼をほしがっている! おれはますます感動した!」

長男は改めて断言した。

「まちがいない。おれは確かに人間たちの希望を聞いた。『人間に翼を与える』に一票だ」




次男が下界に下りたったのは都会の雑踏の真ん中で、ちょうどランチを終えた勤め人たちが会社に戻る時間帯だった。地下街から上がってきたひとりの男についていくと、それはIT関連のそのまた関連の小さな会社に勤める男で、残業につぐ残業ですっかり疲れ切っていた。あごには無精ひげがうっすら生え、ジャケットの背中にはしわができている。

「あああ、やんなっちゃうなあ、ったく」
「なんだって、こんな...」
「...いまごろ最初の案に戻せといっても...ひとをなんだと...」

男はぶつぶつぶつぶつ言いながら、雑居ビルの中のエレベーターに乗って会社に戻り、自分の席についた。そこで自分についてきた次男に気づいたが、ちらっと見ただけで特に怪しみもせず

「あ、ああ...えっと、Kスタジオの人? 今日の2時に受け取りにくるって言ってたあれですね。わかってます。わかってますけど、もう少し待ってほしいんですよ、いま、あれがこれして、なんだかね、まったくなもんで。はい、もう、すぐですから、はい」

「はあ」
「すいませんけど、そこで待っててもらえますか。すぐです。すぐですから」
部屋にはほかにも何人か男がいたが、みんなパソコンの前で黙々と仕事している。次男もあいたパソコンの前にすわった。

「おれ、今日で3日、家に帰ってないんだよね」
ひとりごとみたいに男はぼそぼそ言った。
「もうパンツもシャツも3日間替えてないし」
「はあ」

「でも、そんなの、まだぜいたくなんだよね。友達の話なんか聞くと、おれなんかまだましなほう。みんな苦労してる」
「はあ」
「下請けの下請けだから、文句いわずに仕事するしかないんだよ。ああ、人間が寝なくてもいい体だったらなあ」
「ええ? それが望みですか?」

「ああ...寝ずに働けたらもっと仕事がすすむのになと思うことあるよ。あと...一週間くらい風呂に入らなくてもいい体。くさくならないし、服に汚れもつかなかったら便利だろ? ヨメに言われるんだよね。くさっ、寄らないでって」
「はい、風呂に入らなくてもくさくならない体...それから?」

「そうだなあ...あと、雨降っても、傘ささなくてもぬれなかったらいいかなと思ったりするよ」
「はあ?」

「技術が進歩したといっても、傘って昔から変わってないじゃん? 時々なさけなくなるんだよね。なんか、WEBだとかプログラミングだとかいって、一見進んだことしてるみたいでも雨が降ったら結局、江戸時代とそう変わらない傘をささないといけないっていうのがなんか...うーん...たとえば頭のふちが帽子のつばみたいにびよーんと伸びて、頭が傘になるとか、見えないバリアを張って雨をはじくとか...いや、それってあまりおもしろくないな...別におもしろくなくてもいいか...とにかく、傘のいらない体がいいなあ...そしたら傘をあちこちに忘れて来る心配もないし、ヨメに怒られなくていいし......なんでそんなこと聞くの?」
「あ、ああ、なんでもないです!」

「だからね。人間は『寝なくてもいい体』で『風呂に入らなくてもいい体』で『雨が降っても傘いらずでヨメに怒られなくてもいい体』を望んでるんだ。これは確かだ!」

次男はどんとテーブルをたたき、あの無精ひげの男を思い出しながら力強く言い切った。

三男はふたりの兄たちとちがって、にぎやかなところを避ける傾向があった。それで行き着いたところは郊外、というより早い話、田舎の一軒家の前だった。柿の木なんかが生えている。庭なのか畑なのか判然としないところに面した縁側で、おばあさんが何か針仕事をしている。おばあさんは三男を見るとにっこり笑って目で招いた。

「古い端切れがたくさんあるもんで、パッチワークでこたつカバーを作ってるんだよ」
「そうなんですか」
三男が手に取って見ていると、おばあさんは、聞かれもしないうちにこれは娘が七五三のときに着た着物の端切れ、これは姑の形見の着物の端切れ、と説明してくれた。お茶を出し、カンからアメを出し、ついでに冷蔵庫からプッチンプリンまで出して、三男にすすめた。
「おいしいです。ありがとうございます」

おばあさんはせかせかと手を動かしながら、時々姿勢を変えては「うーん」と軽い体操のようなことをする。
「それは何をしているんですか?」
「腰がすぐに痛くなるもんでね。時々予防のための体操をしているんだよ」
「そうなんですか」

「年をとると仕方ないと思うかもしれないけど、私が腰痛持ちになったのはまだ30代のころなんだよ。なさけないねえ、人間の腰って。腰痛は直立歩行をするようになった人間の宿命だと、何かで読んだけど、確かに、直立歩行はまちがいだったのかもねえ」
「え、そう思いますか?」
「よつんばいだったら腰痛もなかったんじゃないの? 人間はよつんばいに戻るべきだわね」
「あ、はい」

「あんた、なんでそれをメモするの...まあいいけど」
体操をやめたおばあさんはまた針仕事に戻ったが、めがねがしょっちゅうずり落ちてくるようで、それを右手で引き上げてはまた布に戻る。忙しそうだ。
「えっと...ひょっとして、手がもう一本あればいいと思ったりします?」

「そうは思わないよ。でも、めがねがずってこないように、鼻の、ここが盛り上がって、めがね受けみたいになってたらいいのになあと思うことはあるわよ」
「あー、なるほど!」
三男はしっかりメモした。

「ですから、ぼくの提案としては、『人間は直立歩行をやめてよつんばいに戻る』『鼻のつけねにめがね受けをつくる』。この二点です!」

「おまえらしいな。そんなばあさんの言うことを真に受けて。そんなだからおまえは甘ちゃんだと言われるんだよ。高齢者のいうことなんか聞いてどうする。ぼくはまさに、いま、産業の中核をになっている働き盛りの人間から聞いた。ぼくが聞いたことはたぶん、平均的現代人の願いだ」次男が言った。

「おまえたちは何を言っている。たかだかひとりかふたりの人間のいうことを多数の意見だと勘違いして。笑わせるね。おれは大勢の人間が声をそろえて叫ぶのを聞いたんだ。翼がほしい、翼がほしいとね」と長男が言った。
「確かに翼があればあのおばあさんも喜ぶかもしれないけど...」と三男。

「寝なくてもいい体だったらおばあさんもこたつカバーをすぐに仕上げられるじゃないか」
おばあさんは別に早く仕上げたいわけではない、ような気がしたが、三男は黙っていた。結局、三人お互い譲らず、全部そのまま盛り込んだものを案として父親に提出することにした。

「ん? 次世代型人間のモデルは...翼があって、寝なくてもよくて、風呂に入らなくてもよくて、雨が降っても傘いらずでヨメに怒られず、そのうえ基本よつんばいで鼻にめがね受けつき?」
「はい!」

父親神様は楽しそうな表情になった。

「よし。おまえたちの意見をおおいに参考にして、これからモデルをつくることにしよう。いや、実は最近私も疲れてきてね。めんどくさいから、もう人間ってものをなくそうかと思っていたんだ」
「ええっ!」
「しょせんあれは気まぐれでつくったできそこないだからね」
「できそこないなのか...」
「父さんもひどいこというなあ」
「おれたちはできそこないの調査をさせられたのか!」

というわけで、みなさんも次世代人間に乞うご期待!

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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会社によく、お年を召した方からの問い合わせの電話がある。高齢者は高い声が聞き取りにくいというが、私は一生懸命大きな声を張り上げようとするとどんどん甲高い声になる(らしい)。先日も必死で声を張り上げ、「消費、生活、センター、です!」と言ったつもりが、先方は聞き取れない様子。何回も繰り返したが伝わらず、「そうじせんたーですね...」。申し訳ないけど、あきらめました。低い声ではっきり、聞き取りやすく言えるようになりたいです。