映画ザビエル[76]人間失格/カンクロー

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◎作品タイトル
イノセント・ガーデン

◎作品情報
原題:Stoker
公開年度:2013年
制作国・地域:アメリカ、イギリス
上映時間:99分
監督:パク・チャヌク
出演:ミア・ワシコウスカ、マシュー・グード、ニコール・キッドマン、オールデン・エアエンライク

◎だいたいこんな話(作品概要)

インディアは18歳の誕生日に、自宅の広大な庭園で何かを探していた。毎年、同じ色のリボンをかけられた父親からのプレゼントが、庭のどこかに隠されていたからだ。インディアの成長に合わせた、革靴が入っているのが習わしだったが、見つけた箱を開けると中には謎めいた小さな鍵だけがあった。

その日、インディアの父は交通事故で帰らぬ人となる。唯一の理解者である父を失い、折り合いの悪い母と大きな屋敷に残されたインディアの元に、それまで音信不通だった伯父がやって来る。

父の弟だと名乗る伯父チャーリーは、若き日の父に似た整った容姿や、穏やかな物腰と博識さで、母エヴィに取り入って屋敷に同居し始めた。ところが長年勤める家政婦や、訪ねてきた大叔母が次々と姿を消し、インディアはチャーリーへの不信感を高めていく。





◎わたくし的見解/ど変態の覚醒、ファム・ファタールの誕生

「イノセント・ガーデン」の公開とほぼ同時期に、韓国映画界の奇才ポン・ジュノ監督も「スノーピアサー」という作品でハリウッドに進出しています。パク・チャヌク監督よりもポン・ジュノ監督の方がハリウッド向きだと予想していたのですが、意外にも「イノセント・ガーデン」の方が期待値を上回ったので、今回はこちらをご紹介する事にしました。

ミア・ワシコウスカの個性的な顔立ちのせいで、(それに加えパク・チャヌク監督作品「渇き」のイメージもあり)本作はヴァンパイアの物語だと思い違いをして、途中まで鑑賞していました。

負け惜しみではないのですが、ミア・ワシコウスカ演じるインディアという少女が最終的に殺人鬼として覚醒したのを見届け、これが吸血鬼に置き換わったとて成立する物語だなぁと一人で納得。

鋭すぎる感性のせいで(母親も含めて)他者との隔たりを強く感じていた少女が、同じ属性の伯父と出会う事で、ある資質が開花する物語。

殺人鬼として覚醒するプロセスと、性へ目覚める様子をリンクさせる必要があるのか無いのか、私にはさっぱり分かりません。しかし、ともすると簡単にC級あるいは三流スリラーに転落できる、このような陳腐なメタファーを、見事に美しい映像叙事詩に昇華させたパク・チャヌク監督の手腕は天晴れと言うほかないでしょう。

さらに、この頃のミア・ワシコウスカの、端正な美少女であるのに、まだ性を強く感じさせない独特の雰囲気は作品の屋台骨。少女から大人へと変貌を遂げる、過渡期ゆえの魅力は代え難いものがあります。この時期に、ミア・ワシコウスカの出演作が集中しているのも頷けます。

そしてニコール・キッドマンの演じる、世俗的で、自分の女性性を主張したい未亡人。突然現れたハンサムな伯父。建築家だった父の残した、緑あふれるモダンな庭園など。必要十分なピースを備え、先程うっかり陳腐と評した、エロスとタナトスの物語が、むしろラグジュアリーに仕上がっていました。

パク・チャヌク監督にしては、グロ控えめなのも功を奏しています。

個人的には、劇中、インディアとチャーリーによって演奏されるオリジナル・スコアのピアノ連弾曲が、とにかく素晴らしいこと。それから、伯父の存在はインディアがあるべき姿に変身するための、(これも陳腐な表現ですが)トリガーに過ぎなかった、と言う展開は乙でした。

最終的に、伯父をも超越して旅立ってしまうヒロイン像には、ある種の清々しささえ感じます。不道徳も不健全も極端に突き抜けると、何かしらの魅力を感じられるものです。

しかし、その感覚も既存のアブノーマルに対してなのだと気付くと、ついつい陳腐と思えてしまったのかも知れません。たとえ変態を描くにしても、新機軸を生み出すというのは簡単にはいかないものですね。


【カンクロー】info@eigaxavier.com

映画ザビエル
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映画については好みが固定化されてきており、こういったコラムを書く者としては年間の鑑賞本数は少ないと思います。その分、だいぶ鼻が利くようになっていて、劇場まで足を運んでハズレにあたることは、まずありません。

時間とお金を費やした以上は、元を取るまで楽しまないと、というケチな思考からくる結果かも知れませんが。

私の文章と比べれば、必ず時間を費やす価値のある映画をご紹介します。読んで下さった方が「映画を楽しむ」時に、ほんの少しでもお役に立てれば嬉しく思います。