ある男が夜中に西瓜を盗みに行って、ついうっかり首を拾って帰ってきた。
「西瓜がごろごろしている中に、ふと見るとこれがあったもんで」
彼は自分の口調がすでに言い訳がましくなっているのを感じるが、妻は容赦しない。
「どういうことなのよ。うちにはおなかをすかせた子供が4人もいるのよ!
せめて西瓜でもと思って頼んだのに。この甲斐性なし!」
そこで彼は首を窓際に置き、再び西瓜を盗みに畑に行く。だが、あんなにたくさんあった西瓜はひとつも残っていない。西瓜はあっという間に盗まれるものなのだ。
むなしく彼は手ぶらで帰り、妻と子供達がわめくのをしりめに、ふとんをかぶって寝てしまった。
首は中年の男のもので特にハンサムでもないし、うっすらひげなど生えてどちらかというとむさ苦しい。全然ぱっとしない。なぜ自分がこんなものを拾ってきたのかわからない。そう思っていると首が突然目を開け「ジョナサン」と呼んだ。
「西瓜がごろごろしている中に、ふと見るとこれがあったもんで」
彼は自分の口調がすでに言い訳がましくなっているのを感じるが、妻は容赦しない。
「どういうことなのよ。うちにはおなかをすかせた子供が4人もいるのよ!
せめて西瓜でもと思って頼んだのに。この甲斐性なし!」
そこで彼は首を窓際に置き、再び西瓜を盗みに畑に行く。だが、あんなにたくさんあった西瓜はひとつも残っていない。西瓜はあっという間に盗まれるものなのだ。
むなしく彼は手ぶらで帰り、妻と子供達がわめくのをしりめに、ふとんをかぶって寝てしまった。
首は中年の男のもので特にハンサムでもないし、うっすらひげなど生えてどちらかというとむさ苦しい。全然ぱっとしない。なぜ自分がこんなものを拾ってきたのかわからない。そう思っていると首が突然目を開け「ジョナサン」と呼んだ。
「え? おれのこと?! おれの名前はジョナサンじゃないけど…」
「いいんだ。ジョナサン」
「はあ…何か用で?」
「酒が飲みたい」
「酒???」
とまどいながらも台所に行き、あちこちの戸棚をばたんばたんと開けたり閉めたりしながら探すと、びんの中にほんの少し酒が残っているのを見つける。それをコップに入れて首の口元にあてがってやると、首はぐびぐびとうまそうに飲む。
「うまい」
「あ、そうかい。そそ、それは、どうも」
「また頼むぞ、ジョナサン」
それ以来、ジョナサン(と呼ばれた男)はせっせと首に酒を飲ませるようになった。酒を飲ませると、首はにっこりと笑い、気持ちよさそうな顔色になる。それは見ていてなんとなくうれしいものだ。だが、当然ながら妻はいい顔をしない。
「いつまであんなもの、窓際に置いとくのよ。鉢植えじゃなし、飾り物というほど見栄えもよくないのに」
「あれは不思議な縁でこの家にやってきたんだ。いまにいいことがあるさ」
「ふうん。じゃあさっさといいことを見せてくれたら。お金でもなんでも、出して見せてくれたら」
「いや、そんな、すぐには」
「なんだ、うそなんだろ! なんにもできないんだよ、その首は。西瓜のほうがよっぽどよかった。私は西瓜が食べたかった。まったく、西瓜を拾わずに首を拾うばかがどこにいるもんか」
妻はこれみよがしに西瓜をどこかから盗んできて、首の横に置いた。確かに西瓜のほうがつやつやしてきれいだし、うまそうだ。一方の首は薄汚く、老けていて、どう見ても歩が悪い。それから妻はすいかをどんとまな板の上に乗せ、包丁でさくっとまっぷたつに切った。それからさらに半分、さらにそれを半分に切り、扇形になったすいかをいくつもの三角に切り分け、子供達を呼んだ。
「さあ、すいかだよ、どんどんお食べ!」
首はこころなしか不快そうに眉根をゆがめ、目を閉じていた。ジョナサンは首と妻の板挟みになってなんだかつらく、ふて寝してしまった。
「ねえ、何か、その、いいことをしてみせてくれないかな」
ジョナサンは目をそらしたりうつむいたりしながら、言いにくそうに、首に言った。
「た、たいしたことでなくてもいいんだけど、その、わかるだろ」
首はうなずき、目を閉じたまま言った。
「角の、薬屋の向かいの空き地に、落ちてる」
「え、何が」
「行けばわかる。栴檀の木の下」
ジョナサンはすぐさま、首の言った場所に行ってみた。はたしてそこには革の財布が落ちていた。ジョナサンは飛び上がって喜んだ。財布をひっつかむと家に走って帰った。
「ふん。せいぜいそんなところだろ」
うつむいたジョナサンに妻は冷たく言い放った。財布はとても立派だったが、中身は350円しか入ってなかった。
「これじゃその首が毎晩飲む酒代にもなりゃしないよ」
ジョナサンはその晩もふて寝した。
暑くて暑くてたまらない日中、ジョナサンはたったひとりで家にいた。西瓜を盗まず首を持って帰った自分はやはりばかだったのだろうか。そうだろう、そうに違いない。首は食べられないが西瓜は食べられる。おいしい。子供達も大好きだ。身体にもいいと聞く。そうだ、西瓜がいいに決まってるじゃないか!
そこでいつも首が乗っかってる窓際の棚に目をやると、なんということか、首ではなく西瓜がそこにある。それは感嘆に値する見事な西瓜だ。大きくて、しかも形がよい。緑に黒い縞模様も鮮やかなつやつやしたその皮の下にはみずみずしい果肉がずっしりと詰まっているに違いない。ジョナサンは思わず手を伸ばした。ぱあんと張りきった西瓜の皮に手が触れるかとみえたそのとき、西瓜は首に戻っていた。ジョナサンはへなへなと尻餅をついた。首は目を開けて言った。
「君はそんなに西瓜がほしかったのかね」
ジョナサンはぽろぽろと涙を流した。
「私はいま、わざと西瓜になってみせたのだ。君にはまったく失望した。君はあえて私を選んでくれたとばかり思っていたのに」
「す、すみません」
「まあ謝ることはない。ジョナサン、思い出そうじゃないか」
「はい」
「君が私を見つけてくれたときのこと。なんでこんなところに首があるのだといった表情を君はしたっけ」
「はい、それはもちろん」
「そして、私を西瓜につないでいた、細い茎を君はそっとちぎった」
「ぷちっという音がしました。思ったより簡単にちぎれました」
「そうとも。そして君と私の今日に至る関係が始まったのだ。これは感動的でないだろうか? こんな出会いは滅多にあるものじゃない。このような貴重な体験は一国の主でさえ味わえるとは限らない」
「そうかもしれません」
ジョナサンはなんとなく納得できなかったが、反論できる材料がなかった。こういう関係は意外と永く続くもので、一般的には腐れ縁と呼ばれる。
【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://www1.odn.ne.jp/%7Ecay94120/
>
「いいんだ。ジョナサン」
「はあ…何か用で?」
「酒が飲みたい」
「酒???」
とまどいながらも台所に行き、あちこちの戸棚をばたんばたんと開けたり閉めたりしながら探すと、びんの中にほんの少し酒が残っているのを見つける。それをコップに入れて首の口元にあてがってやると、首はぐびぐびとうまそうに飲む。
「うまい」
「あ、そうかい。そそ、それは、どうも」
「また頼むぞ、ジョナサン」
それ以来、ジョナサン(と呼ばれた男)はせっせと首に酒を飲ませるようになった。酒を飲ませると、首はにっこりと笑い、気持ちよさそうな顔色になる。それは見ていてなんとなくうれしいものだ。だが、当然ながら妻はいい顔をしない。
「いつまであんなもの、窓際に置いとくのよ。鉢植えじゃなし、飾り物というほど見栄えもよくないのに」
「あれは不思議な縁でこの家にやってきたんだ。いまにいいことがあるさ」
「ふうん。じゃあさっさといいことを見せてくれたら。お金でもなんでも、出して見せてくれたら」
「いや、そんな、すぐには」
「なんだ、うそなんだろ! なんにもできないんだよ、その首は。西瓜のほうがよっぽどよかった。私は西瓜が食べたかった。まったく、西瓜を拾わずに首を拾うばかがどこにいるもんか」
妻はこれみよがしに西瓜をどこかから盗んできて、首の横に置いた。確かに西瓜のほうがつやつやしてきれいだし、うまそうだ。一方の首は薄汚く、老けていて、どう見ても歩が悪い。それから妻はすいかをどんとまな板の上に乗せ、包丁でさくっとまっぷたつに切った。それからさらに半分、さらにそれを半分に切り、扇形になったすいかをいくつもの三角に切り分け、子供達を呼んだ。
「さあ、すいかだよ、どんどんお食べ!」
首はこころなしか不快そうに眉根をゆがめ、目を閉じていた。ジョナサンは首と妻の板挟みになってなんだかつらく、ふて寝してしまった。
「ねえ、何か、その、いいことをしてみせてくれないかな」
ジョナサンは目をそらしたりうつむいたりしながら、言いにくそうに、首に言った。
「た、たいしたことでなくてもいいんだけど、その、わかるだろ」
首はうなずき、目を閉じたまま言った。
「角の、薬屋の向かいの空き地に、落ちてる」
「え、何が」
「行けばわかる。栴檀の木の下」
ジョナサンはすぐさま、首の言った場所に行ってみた。はたしてそこには革の財布が落ちていた。ジョナサンは飛び上がって喜んだ。財布をひっつかむと家に走って帰った。
「ふん。せいぜいそんなところだろ」
うつむいたジョナサンに妻は冷たく言い放った。財布はとても立派だったが、中身は350円しか入ってなかった。
「これじゃその首が毎晩飲む酒代にもなりゃしないよ」
ジョナサンはその晩もふて寝した。
暑くて暑くてたまらない日中、ジョナサンはたったひとりで家にいた。西瓜を盗まず首を持って帰った自分はやはりばかだったのだろうか。そうだろう、そうに違いない。首は食べられないが西瓜は食べられる。おいしい。子供達も大好きだ。身体にもいいと聞く。そうだ、西瓜がいいに決まってるじゃないか!
そこでいつも首が乗っかってる窓際の棚に目をやると、なんということか、首ではなく西瓜がそこにある。それは感嘆に値する見事な西瓜だ。大きくて、しかも形がよい。緑に黒い縞模様も鮮やかなつやつやしたその皮の下にはみずみずしい果肉がずっしりと詰まっているに違いない。ジョナサンは思わず手を伸ばした。ぱあんと張りきった西瓜の皮に手が触れるかとみえたそのとき、西瓜は首に戻っていた。ジョナサンはへなへなと尻餅をついた。首は目を開けて言った。
「君はそんなに西瓜がほしかったのかね」
ジョナサンはぽろぽろと涙を流した。
「私はいま、わざと西瓜になってみせたのだ。君にはまったく失望した。君はあえて私を選んでくれたとばかり思っていたのに」
「す、すみません」
「まあ謝ることはない。ジョナサン、思い出そうじゃないか」
「はい」
「君が私を見つけてくれたときのこと。なんでこんなところに首があるのだといった表情を君はしたっけ」
「はい、それはもちろん」
「そして、私を西瓜につないでいた、細い茎を君はそっとちぎった」
「ぷちっという音がしました。思ったより簡単にちぎれました」
「そうとも。そして君と私の今日に至る関係が始まったのだ。これは感動的でないだろうか? こんな出会いは滅多にあるものじゃない。このような貴重な体験は一国の主でさえ味わえるとは限らない」
「そうかもしれません」
ジョナサンはなんとなく納得できなかったが、反論できる材料がなかった。こういう関係は意外と永く続くもので、一般的には腐れ縁と呼ばれる。
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