ショート・ストーリーのKUNI[25]シュレッダー
── やましたくにこ ──

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僕の会社にシュレッダーが来た。四角くて薄鼠色のそっけないやつだ。
「これからは書類はどんどんこれで処分してくれたまえ。うるさい時代だからな」

でも、みんなはめんどくさがってあまりシュレッダーを使わない。一週間もたつとシュレッダーはふだんあまり使わない部屋の片隅に追いやられてしまった。

僕は時々その部屋に行き、シュレッダーを使う。シュレッダーには紙が2、3枚しか入らないごく薄い隙間が開いていて、そこに紙を近づけるとぱりぱりぱりと自分から吸い込んで(そのように僕にはみえる)切り刻む。そのつど手にはびりびりと振動が伝わる。シュレッダーは生きているみたいだ。


僕はひまさえあればその部屋に行くようになる。
「君はシュレッダーがお気に入りだな」
ある日上司からそのように言われ、僕はにっこりとほほえむ。
そうだ。僕はシュレッダーが好きだ。

でも、処分するべき書類がいつもいつもあるわけではない。
僕はいいことを考えた。
僕は家の戸棚の奥のほうから段ボールの箱を取り出した。そこには昔のガールフレンドたちから来た手紙が入っている。昔々、ひとびとがまだ電子メールなど知らず、せっせと紙とペンで手紙を書いていたころの遺物だ。僕はそれを会社に持って行った。

シュレッダーの部屋はほとんど僕専用みたいになっていたが、油断はできない。僕は鞄からそうっと、まずマリーの手紙を取り出した。ばらの模様のある便せんをシュレッダーの投入口にかざすときはさすがにどきどきした。

僕はマリーのちょっと厚ぼったい唇を思い浮かべた。その唇はこういった。
「私のことならかまわないで。存分に切り刻んで」
手紙はぱりぱりぱりと吸い込まれていった。
僕はちいさなため息をつくと、次の手紙も、その次の手紙もシュレッダーにかけた。そのように、マリーと僕の月日は切り刻まれた。

次に僕はアンナの手紙の束を持ち込んだ。アンナは飾り気のない、時々男みたいな話し方をするやつだったが、手紙は少女趣味の極みといったパステルトーンの柄入り便せんに書かれていた。

彼女にこんな一面があることを知っているのはたぶん、僕ひとりだ。そう思うとちょっとためらわれたが
「何やってんのよ。さっさとやれば?」
と声が聞こえて、僕の手が僕の気持ちより早く、手紙を押し込んだ。

ぱきぱきぱき

アンナの手紙は心地よい振動と響きを僕にもたらし、あっさりと消えていった。僕の戸棚の箱からマリーが消え、アンナが消え、ジュリエッタが消え、サラが消えた。

最後に残った手紙の束はドロシーからのものだった。ドロシーは僕の知るもっとも不可解な女だった。パンの焼き色が薄いだけでさめざめと泣きながら電話してきたと思うと、入院したのに知らせて来ない女。ものすごく美人にみえたり、離れて歩きたくなるほどぶさいくに見えることもあった。

「あんたは私のこと全然わかってへんやないの」
何十回僕は彼女にそう言われたことか。お互い様だ。

彼女が僕に寄越した手紙は2年間で180通にもおよんだ。週に2回は会っていたにも関わらず、だ。用紙もノートをちぎったものから繊細な薄紙、チラシの裏までさまざまだ。たった2行のときもあれば封筒がぱんぱんにふくれあがるほどの長文のこともあった。

僕は何枚にもおよぶ長い長いドロシーの手紙をいっきにシュレッダーにかけた。

ずぼぼぼぼぼぼぼぼぼ。

シュレッダーはやけに重い音をたてて僕をびびらせた。
かまわず僕はまた一通、また一通、手紙を入れた。

ずぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ。

なんだか落ち着かない気分だったが、かまわず次の手紙を入れた。

ずぼ

つ、詰まった。

僕はあわててスイッチを切り、マニュアル通りに反対向きのスイッチを入れ直した。シュレッダーはうんともすんともいわなかった。ドロシーの手紙をしっかりくわえこんだまま。投入口から出っ張った部分には僕の名前の一部が見えている。まずい。非常に、まずい。手紙を引っ張ってもびくともしない。

僕は心の中で叫んだ。
ドロシー! そんなところではさまってくれるなよ! お願いだから!

「おや、どうしました?」
庶務課長というのは滅多に来ないくせにこういうときは来るものだ。
「あ、いえ、ちょっと詰まったみたいなんですが」
「どれ。うーん…このスイッチでやってみました? だめ? ああ、だめだ、本当に。引っ張っても取れないですね、なるほど」
「どど、どうしましょう」
「ええと。『上記の処置で直らないときは当社のメンテナンスサービスをご利用ください』とありますね。仕方ない。メーカーに連絡しますんで、待っててください」
「ええっ!? メーカーに?」
「仕方ないでしょ。あなたも困るでしょ」

もちろん困る。でも、メーカーが来ても困る。庶務課長はさっさとメーカーに電話で事情を告げ、すぐにサービスマンがやってくる手筈になった。これはやばい。僕にはまざまざと想像できた。やたら有能なサービスマンがつかつかとシュレッダーに歩み寄り、詰まった手紙に一瞥をくれる。ちっと舌打ちして何やら工具を取り出し、故障個所を点検し、てきぱきと修理する。そしてシュレッダーの刃の間にはさまった手紙--僕の名前が読みとれる--を取り出し、「これはあなたのものですか」とにやにや笑う。ああ、困る、困る! そんなことになったらおしまいだ! ドロシー!

そういうわけで、サービスマンが来たとき、僕は青ざめて半ば死人のような表情をしていた、はずだ。サービスマンは本当に有能そうだった。僕に会釈すると刃物のように静かな声で「紙詰まりですね」と言った。
「あ、はは、はい、急に詰まりましてね。で、これをこうしてもまったくその」
僕はサービスマンから手紙を隠すようにしながら電源ボタンを押し、普通にスイッチを入れた。

ずぼぼぼぼぼぼぼ

シュレッダーは何事もなかったように作動し、ドロシーの手紙を彼方に持ち去った。サービスマンと僕は顔を見合わせた。ああ、ドロシー、君はどうしてそんなに気まぐれなんだ! 僕に恥をかかせて何がうれしいんだ!

サービスマンが帰り、庶務課長に報告を済ませて、僕はふたたびその部屋でひとり、シュレッダーを作動させた。ドロシーの手紙はそれ以上僕を悩ませることなく、ずぶずぶずぶと機械の中に入っていった。

僕はその日のかなりの時間をシュレッダーの部屋で過ごした。そして夕方になって電源を切ると、シュレッダーの下部の扉を開けた。そこには透明の袋が取り付けられており、裁断片でいっぱいになっている。僕は袋を取り外し、蛍光灯の光にそれをかざしてみた。3ミリ幅の細長い紙きれとなったマリーとアンナ、ジュリエッタ、サラ、そしてドロシーがその中でもつれあっていた。

僕の心をなんともいえない安らぎが満たした。なんと美しい眺めだろう。シュレッダーはすばらしい。僕はシュレッダーが大好きだ。

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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