●携帯
ある女がいっそ片思いしている男の携帯電話になりたいと願い、その願いがかなった。
日に幾度も彼女は愛する男の手で開けられ、ボディのボタンを触れられ、男の耳元にあてられる。男は彼女にさまざまな言葉をささやく。彼女はそのつどどきどきする。時としてその相手が彼女以外の女であるのは仕方ない。むしろ彼の秘密の部分を知ることができる喜びのほうが大きい。計算違いだったのは、番号持ち運び制のおかげで思いのほか早く機種変更されてしまったことだ。
ある女がいっそ片思いしている男の携帯電話になりたいと願い、その願いがかなった。
日に幾度も彼女は愛する男の手で開けられ、ボディのボタンを触れられ、男の耳元にあてられる。男は彼女にさまざまな言葉をささやく。彼女はそのつどどきどきする。時としてその相手が彼女以外の女であるのは仕方ない。むしろ彼の秘密の部分を知ることができる喜びのほうが大きい。計算違いだったのは、番号持ち運び制のおかげで思いのほか早く機種変更されてしまったことだ。
●連盟
あまり知られていないが「ごみあかくそ連盟」という組織がある。役員には目くそ、鼻くそ、爪の垢、へそのごまといった人間誕生以来の歴史を持つ会員がいる。
この連盟には入会希望が後を絶たないが、入会にはきびしい条件がいくつかある。そのひとつは「自然にたまってくるものでなければならない」というものであるが、後は明らかにされていない。
比較的最近では「マウスボールのごみ」が審査の上、入会を許可されたが、その後光学式マウスが主流となり、許可に関与した役員が責任を問われる事態が発生した。「スキャン時のゴミ」が入会を打診してきたところ「実体がない」という理由で即刻却下されたそうであるが、これには上のような事情も影響している。
●冷蔵庫
ある男が7年の放浪から帰ってきた。アパートのドアを開けて荷物を下ろし、ふと壁際の冷蔵庫に目をやった。すると彼はたちまち冷蔵庫が自分を招いていると感じた。強く、強く。
出かける前に冷蔵庫の電源を引っこ抜いたことは覚えている。だが、そういえば中身はろくに整理せずに出発したような気がする。
彼はそうっと冷蔵庫のドアを開けた。ものすごいにおいが鼻をついた。チーズの包装紙からどろどろの中身がこぼれ、ソーセージはどす黒く変色している。
アルミホイルに包まれた緑色のものはいったいなんだったのか。キャンディや卵は不思議な静けさを保っているが野菜室からにょきにょき伸びた植物になかば覆われている。レタスか? セロリか? それとも芋類か何かか。どれでもないような気がした。思いの外分厚い表皮をまとい、ぬるぬるとしたいぼもある。そんな植物は見たことがなかった。それが庫内を我が物顔に繁殖し、からみあっている。
彼は息苦しさとおぞましさにぞっとしながらもそれをかきわけ、奥へ奥へと入り込んだ。すると、せいぜい300リットルばかりの容量のはずがどこまでも入っていける。おかしいぞと思い始めたころ、彼は行く手に光を見た。煌々と差し込む強力な光。彼は唐突に理解する。
ああ、やっぱりそうだったのか! こんなところに「入り口」があったのだ。そうとも、おれは思っていた。世界がこれっきりであるはずがないと。世界がこれっきりなんて、ひどすぎる。やっぱり、入り口はあったのだ!
ところがその後、彼はそこから戻り、冷蔵庫のドアを閉めてしまった。
彼は探検家で、まさしく世界がこれっきりでないことを確かめるために七年間放浪し、むなしく帰ってきたのだった。入り口がアパートの冷蔵庫にあったのなら自分の旅は何だったのだろう? 彼はその矛盾に耐えられなかったのだという説と、いやいや、探検家は発見家ではないのだから当然だという説があるが真偽のほどはわからない。彼はふたたび長い旅に出たそうだ。
【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://www1.odn.ne.jp/%7Ecay94120/
>
あまり知られていないが「ごみあかくそ連盟」という組織がある。役員には目くそ、鼻くそ、爪の垢、へそのごまといった人間誕生以来の歴史を持つ会員がいる。
この連盟には入会希望が後を絶たないが、入会にはきびしい条件がいくつかある。そのひとつは「自然にたまってくるものでなければならない」というものであるが、後は明らかにされていない。
比較的最近では「マウスボールのごみ」が審査の上、入会を許可されたが、その後光学式マウスが主流となり、許可に関与した役員が責任を問われる事態が発生した。「スキャン時のゴミ」が入会を打診してきたところ「実体がない」という理由で即刻却下されたそうであるが、これには上のような事情も影響している。
●冷蔵庫
ある男が7年の放浪から帰ってきた。アパートのドアを開けて荷物を下ろし、ふと壁際の冷蔵庫に目をやった。すると彼はたちまち冷蔵庫が自分を招いていると感じた。強く、強く。
出かける前に冷蔵庫の電源を引っこ抜いたことは覚えている。だが、そういえば中身はろくに整理せずに出発したような気がする。
彼はそうっと冷蔵庫のドアを開けた。ものすごいにおいが鼻をついた。チーズの包装紙からどろどろの中身がこぼれ、ソーセージはどす黒く変色している。
アルミホイルに包まれた緑色のものはいったいなんだったのか。キャンディや卵は不思議な静けさを保っているが野菜室からにょきにょき伸びた植物になかば覆われている。レタスか? セロリか? それとも芋類か何かか。どれでもないような気がした。思いの外分厚い表皮をまとい、ぬるぬるとしたいぼもある。そんな植物は見たことがなかった。それが庫内を我が物顔に繁殖し、からみあっている。
彼は息苦しさとおぞましさにぞっとしながらもそれをかきわけ、奥へ奥へと入り込んだ。すると、せいぜい300リットルばかりの容量のはずがどこまでも入っていける。おかしいぞと思い始めたころ、彼は行く手に光を見た。煌々と差し込む強力な光。彼は唐突に理解する。
ああ、やっぱりそうだったのか! こんなところに「入り口」があったのだ。そうとも、おれは思っていた。世界がこれっきりであるはずがないと。世界がこれっきりなんて、ひどすぎる。やっぱり、入り口はあったのだ!
ところがその後、彼はそこから戻り、冷蔵庫のドアを閉めてしまった。
彼は探検家で、まさしく世界がこれっきりでないことを確かめるために七年間放浪し、むなしく帰ってきたのだった。入り口がアパートの冷蔵庫にあったのなら自分の旅は何だったのだろう? 彼はその矛盾に耐えられなかったのだという説と、いやいや、探検家は発見家ではないのだから当然だという説があるが真偽のほどはわからない。彼はふたたび長い旅に出たそうだ。
【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
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