ショート・ストーリーのKUNI[31]おじいさんとおばあさん
── やましたくにこ ──

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いつもの時間になってもおばあさんが起きてこないので、おじいさんはいったん身支度を整えたものの寝室に戻って呼びかけた。

「どうしたんだい。そろそろわしは山へ柴刈りに行く。おまえは川へ洗濯に行かなければ」
「なんだか気がすすまないんですよ。あなたひとりで行ってください」
「何を言う。そんなことができないのはわかっているじゃないか」
「でも気がすすまないの」
「どうしたんだろうねえ。おまえがそんなことを言うのははじめてだ。どこか痛いのか、それとも熱でもあるのか」
「だから気がすすまないといってるじゃないですか。もういやになったのよ、私は。考えてもみてくださいよ、月曜日にはあなたが山へ柴刈りに行く間に私は川へ洗濯に、火曜日はあなたのひいきのすずめの舌を私がちょんぎってあなたが探しに行く。水曜はあなたが朝から竹藪で見つけてきたかぐや姫を一緒に育て、木曜日は一寸法師にお椀の舟と箸の櫂を持たせ、金曜日にはタヌキに殺されてあなたに食べられ、でも土曜日には生き返って今度は犬が殺され、あなたと一緒にそれを悲しんだり臼と杵で餅をついたり、日曜日は日曜日であなたが外でお地蔵さんに笠をかぶせて帰ってくるのを待ってるの」
「そうとも。それがわしらの生活だ。いまさら何を言ってるんだ」
「もう疲れたの」
「疲れたって……それはわしもいっしょだ。いや、わしのほうこそ疲れている。土曜日なんかわしは疲れたからだにむち打って、木に登って灰をまく。日曜日も雪の中を売れ残った笠をかついで歩いて帰ってくる。その間おまえは家にいるじゃないか」
「なんですって。私のほうが楽だというのね」
「いや、そうじゃないが」
「あなたはわからないのよ。私だって、好きこのんでスズメの舌を切るもんですか」
「おまえ」
「あなたはいいわよ、スズメ、スズメ、お宿はどこじゃとかなんとか言って歓迎されて。私は重くて大きなつづらを背負わされ、あげくの果てにそこから化け物が飛び出て、強欲婆さん扱いされるのよ」
「おまえ、だから」
「だいたいタヌキに殺されて汁の実にされるなんて、ひどすぎるわ。それを食べるあなたもあなただけど」
「いや、それは。だからね、おまえ」


┣桃太郎主宰のメーリングリスト

桃太郎:おまえら気づいたか知らないが、ばあさんとじいさんに何か起こったようだ。詳細はわからないが、状況によってはおれたちもじっとしてはいられないだろう。
かぐや姫:了解。
一寸法師:用ができてから連絡してくれ。それまでおれは寝てる。
舌切りスズメ:おじいさん、とても心配でちゅん。おばあさんも、一応心配でちゅん。
鬼:いつものおれの出番はあるんだろうな。仕事にあぶれるようなことはごめんだぜ。
タヌキ:ハラへった。
お地蔵さんたち:心配だ心配だ心配だ心配だ心配だ

おじいさんとおばあさんは依然として寝室にいた。いつもなら柴刈りもだいぶすすんでいるころ。川の上流では桃がスタンバってる。すべての物語はそこから始まるのだ。

「あなたはいいわよ。枯れ木に花を咲かせてみんなからちはほやされ、お地蔵さんからも感謝され、軽くて持ちやすいつづらには金銀財宝がぎっしり。踊りがうまいと鬼にもほめられてこぶを取ってもらって」
「こぶをとってもらったのは別のじいさんだ。わしじゃない。ああ、しかし、わかったわかった。おまえがそんなことを言うとは思っていなかった。気づかなかったわしが悪かった。だが、言っておくがわしは高所恐怖症なのだ。花咲かじいさんのラスト、毎回どんなおそろしい思いをして木に登っていると思うんだ。おまえこそ桃を川から拾い上げるシーンではいい目をしてるじゃないか。映画ならアップになって派手な音楽が鳴るところだ」
「ふん、何よあれくらい。知ってるのよ、あなたと舌切りスズメができてるってこと」
「だだ、誰に聞いたそんなこと!」
「誰だっていいじゃない」
「根も葉もないうわさだ」
「かぐや姫にだって手を出したんじゃないの。いえ、本人は何も言ってませんけどね」
「そ、そんなことを言うなら桃太郎とおまえはどうなるのだ」
「なんですって」

┣ふたたびメーリングリスト

桃太郎:まだ物語が動き出さない。これは異常事態だ。みんなも覚悟しておくように。
かぐや姫:覚悟って何の。
鬼:まさか。この年でハローワークに行けというのか。
一寸法師:高齢者向け職安てのもあるぜ。
隣の悪者のじいさん:あそこはいまいちだ。わしがよく知っている。
一寸法師:おれはいざとなったらお姫様ととんずらするから、どうでもいいけどね。
ウサギ:みんな、落ち着いて。もう少し様子をみましょうよ。
犬:ワンワン。

おじいさんはここは一歩譲るほうが得策だと判断した。

「何もかも、この過酷な労働が原因になっていると思わないか。いまどき一週間休みなし、ぶっ通しで働くなんてひどすぎる話だ。人間、体調が悪いとどうしてもぎすぎすしてしまう。考えが悪いほうへ悪いほうへと向かう」
「じゃあどうするの」
「せめて週に一日は休みを取ろう。そして、その日はおまえとのんびり過ごすのだ」
「どうやって休みをとるのよ」
「効率化をはかる。たとえばわしは山へ柴刈りに行った帰りに街に笠を売りに行って、そのあと売れ残った笠をお地蔵さんにかぶせてくる。これでふたつの話が一日で済む」
「笠地蔵の話は真夜中にお地蔵さんが訪ねてくるところまでだから、早朝から深夜までの仕事になるわよ。それに朝はいいお天気でも帰り道は雪ってどうよ」
「おまえのためならいいさ、それくらい。そのかわりおまえが川で拾った桃を切るのには間に合わないから、おまえがひとりで切っておいてくれ」
「いやよ、そんなの。うまいこと言って、その間に舌切りすずめのとこに行くつもりでしょ。わかってんのよ」
「おまえ!」
「何が休みをとるよ、何がおまえとのんびりよ。あなたの考えてることがわからないとでも思ってるの。ひとをばかにするのにもほどが」

おばあさんは泣き出してしまった。

┣メーリングリスト

桃太郎:おまえらどう思う。情報が入ってこないのであくまで憶測だが、おれはいよいよ困った事態になったとみている。何がどう困ったかわからないのが困ったものだが、おれたちとしても何かできることがないか考えようではないか。
かぐや姫:といっても、どうするつもりなの。何がどうなってるかわかりもせずに。でも、そういうとこがいかにも孝行息子の桃太郎だわね。
一寸法師:つかマザコン/(*ι*)ヾ
タヌキ:ワラタ
隣の悪者のじいさん:やっぱり年のせいかねえ。しんどいんだよ。ひとごとじゃない。わしも気をつけないと。
鬼:ところで、こぶとりじいさんに出てくる隣のじいさんもあなたなんですか、隣の悪者のじいさんさん。秘密のアルバイトじゃないかといううわさがあるんですけど。いえ、私は何もちくるつもりはないんです。どうやってその口を見つけたのかと思って。
隣の悪者のじいさん:ノーコメント。

おばあさんはひとしきり泣いていたが、やがて顔を上げた。

「今わかったわ。自分でもよくわかってなかったことが。私は毎日の仕事がつらくていやになったのじゃないの。あなたと一緒に暮らすのがいやなんだわ。そういうことなのよ」
「おまえ」
「ああ、そうなんだ。そう考えれば納得できることがたくさんあるわ。私はあなたが嫌いだし、一寸法師ともかぐや姫とも実はあんまり合わないなと思っていたの、前から」
「おまえ、山田太一のドラマの見過ぎじゃないか。それにやっぱり桃太郎は別なんだな」
「またそういう言い方をする。あなたのそういうねちねちしたとこがいやなのよ。ああ、うんざりだわ。ちょっとトイレに行ってきます」

┣メーリングリスト

タヌキ:たいへんだ。情報が入りますた。夫婦関係に亀裂が入ったモヨウ。ヤヴァイ。
一寸法師:おもしれえな。どうなるか楽しみだ。
かぐや姫:あーあ。最悪。でも、わからないでもないわ。そういう感じだったもん、あのふたり。
桃太郎:おまえらうわさに惑わされるな。一時的に危なくなってもまた元の鞘に戻るということもあるし。
一寸法師:うぜーんだよ、おめえは。
犬:わんわん。

「あなた!」
「なな、なんだ、そんなこわい顔をして」
「なんだじゃありませんよ。あなたトイレの水を流してなかったじゃないの!」
「え? あ、そうか。それはすまん」
「すまんじゃないわ! だから私はいやなのよっ、あなたのそういう、無神経なところが。いちいち私の神経を逆なでしておいて気づかない、そういうことの、そういうことの、ひとつひとつの、積み重ねが今なのよ。あなたは何にもわかってないじゃないの! 私がこれまでどれだけ我慢してきたと思ってるの、私は、私はもうっ」

おばあさんは泣き崩れた。おじいさんはおろおろするばかりだった。

┣メーリングリスト

桃太郎:おまえら、もちつけ。必ずいつものようにじいさんは山へ柴刈りに、ばあさんは川へ洗濯に行く。いつものように一日が始まり、一週間が始まる。だから、待つんだ。待つんだ。もちつけ。

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