ある男がどうにもこうにも行き詰まり、もう死ぬしかないと思い始めた。どうせ死ぬなら笑って死にたいと思い、むかし先輩から聞いたことのある、ある地方のある山に出かけた。
そこは、あまり知られていないがワライタケが生えていると聞いていたからだ。電車を乗り継ぎ、数時間かけてたどりついた山に登り始めたものの、どこに生えているのかがわからない。いや、キノコらしきものはそこら中に生えてるのだが、どれがどれかわからない。キノコの判別は素人にはむずかしいものだと聞いたこともある。仕方ないので携帯で先輩に聞くことにした。
そこは、あまり知られていないがワライタケが生えていると聞いていたからだ。電車を乗り継ぎ、数時間かけてたどりついた山に登り始めたものの、どこに生えているのかがわからない。いや、キノコらしきものはそこら中に生えてるのだが、どれがどれかわからない。キノコの判別は素人にはむずかしいものだと聞いたこともある。仕方ないので携帯で先輩に聞くことにした。
「あ、先輩ですか、むかし大学でお世話になったタナカですが」
「おお、タナカか。元気か。何やってるんだ」
「元気です。今から死ぬところです。いま先輩から聞いたある地方のある山に来てるんです。ワライタケ食べて死のうと思って」
「ああ、なんだ、そういうことか。じゃあまたな」
「違うんです、先輩。そのワライタケがどこにあるのかわからないんで、場所を教えてもらおうと思って」
「ああ、そうか。うーん。その山はキノコだらけだからなあ」
「そうなんです。実はさっき、腹が減ってきたのですでに手近にあったキノコを取って食べてしまいました」
「え、どんなキノコを」
「どことなく悲しい水色で、ひょろっとして、丈が10センチくらいのやつです」
「そんなものを食べたのか。それはオチコミタケといって、食べると気分が落ち込んでくるキノコだ」
「確かに、死にたくなってきました。いや、もともと死にたくてここに来てるんですよ」
「ああ、そうだな、だったらいいか。もっと食べろ」
「ひどい先輩だ」
「そのキノコがあるということは、まだ山の登り始めだな。ワライタケが生えてるのはもっと上の方だ。かまわずどんどん進め」
「はい、そうします」
「しかし、ワライタケでは死ねんぞ」
「ああ、幻覚症状が出るだけで死には至らないということですね。ウィキペディアで調べました。だいじょうぶです、睡眠薬も持ってきました」
「用意周到だな。とにかくもっと進め」
それでタナカくんはさらに山道を進んだが、またしてもキノコを発見した。
焼肉のようなぎらついた茶色い傘に誘われ、つい食べてしまった。
「先輩!」
「ああ、タナカか。なんだ」
「またキノコを食べてしまいましたよ。いい加減にしてください!」
「ええ?」
「まずいのなんのって、頭に来ました。見かけは焼肉みたいだったのに。責任取ってくれ。だいたい前から先輩には言いたいことがあったんだ、むかし、合宿のとき」
「ははーん、焼肉のような、というからにはオコリタケを食べたな。合宿のときどうした」
「僕のパンツを鍋!…あれ、僕は何を怒ってるんだろう」
「うーん、続きが非常に気になるが、仕方ない。オコリタケの効果は3分しか持続しない。とにかくまだまだ先だ。どんどん進め」
「はあ」
そこでなおも進むとまたしても見たことのないキノコが見つかった。
「もしもし」
「タナカか、どうした」
「あのう…この電話はどちらさまにかかっているでしょうか」
「何を言ってるんだ、おまえがかけたんだろ、タナカ!」
「はあ。さっきラーメンのようなうまそうなにおいのするキノコを食べたとたん、何が何だか…」
「それは物忘れをする『ナンダッタケ』だ。心配するな。それを食べると15分以上前のことは忘れてしまうが、効果は20分しか続かない。ちなみに発症に7分かかる」
「では僕はいつ記憶を取り戻すでしょう」
「おれに聞くな」
「ああ…思い出してきた! 僕は死ぬためにこの山に!」
「よかったよかった。早く先へ進め」
「はいっ」
さらにタナカくんは進んだ。登るにつれどんどん道は険しくなる。すれ違う人
もなく、茂みの中を時折ずるっと滑り落ちそうになりながら進む。
「先輩!」
「またおまえか。まだワライタケは見つからんのか」
「それが…いよいよそれらしきものを発見しました!」
「おお、そうか。それはよかった」
「ほぼ間違いないと思います。念のために家から持ってきた『よいこのよくわかるしょくぶつ図鑑』で照らし合わせてみました」
「いつの図鑑だ。まあ、時代が変わってもキノコは変わらんからいいだろう。見つかってよかった。早く食べろ」
「それが…」
「なんだ」
「おなかがすいて…さっきから焼肉のようなキノコ、ラーメンのようなキノコは食べたんで、ここらでお茶漬け風のさっぱりしたキノコが食べたいなと思ってたんですが」
「うん」
「まさにお茶漬けのようなにおいのする、うまそうなキノコがあるんです、ワライタケが生えている、その手前に」
「ほー、なら食べればいいだろう」
「ところが、その横に別種のキノコもあって、それは抹茶アイスのようなにおいがするんです。こっちもものすごくそそるんです。デザートにぴったり」
「それも食えばいいだろ」
「ほ、本当に食べていいんですか?」
「いいよ」
「そうですか。いや、実はその」
「あ…ちょっと待て! 思い出した。そのお茶漬け風味のキノコはマヨイダケといって、食べるとどうでもいいことをああでもないこうでもないと迷いだすんだ。一方抹茶アイスのほうはマヨワンダケといって、食べると何の迷いもなくものごとをさっさと決めてしまう、これもある意味危険なキノコだ」
「あー、やっぱり!」
「どうした」
「じ、実はすでに食べたんです、どっちも。そしたら、ああ、ワライタケを食べるか食べないかどうしよう、どうしようと悩む声と、悩むことはない、今すぐさっさと食べてしまえ、食べんかい! という声とが僕の内部で入り乱れて、それはそれはおそろしいことになっています。地獄です」
「タナカ、心配するな。マヨイダケもマヨワンダケも効き目は短い。どっちもほんの2時間だ」
「に、2時間もこの状態が続くんですか」
「2時間くらいすぐにたつ。映画『タイタニック』は3時間だった」
「か、関係ないです!」
2時間後。
「先輩!」
「おお、タナカか。どうした」
「マヨイダケとマヨワンダケのおそろしい葛藤からは解放されました」
「それはよかった」
「で、ようやく、待望のワライタケを食べました!」
「おお、食ったか!」
「そしたら…」
「そしたら?」
「おかしいなあ。ちっとも笑えないんです。かれこれ20本くらい食べたんですが」
「そうか、やっぱり」
「というと?」
「実はそのワライタケは食べると笑い出すワライタケではないんだ。そこに生えてるワライタケは大正時代に藁井万吉という植物学者が発見したもので、発見者の名前をとってワライタケ。本当はワライマンキチタケというのだが長いので俗にワライタケと呼ばれている。しかも、見かけが本物のワライタケと似ている」
「そんなまぎらわしい! じゃ…これは、食べるとどうなるんですか」
「なんでも前向きに考え、死のうなどとは思わなくなる」
「ええ、そうなんですか! そういえば、いまは死にたいという気が全然しません! なんで死にたいとなんか思ったんだろう? ばかですよね、まったく、僕のようなすばらしい人間が、なんで死ぬなどということを。わは、わはははは」
「よし、それでいい。それでいいから、一刻も早く山を下りろ」
「なんで?」
「そのキノコのもたらす症状もほんの3時間だからだ。日が暮れて心細くならないうちに早く下りろ。まちがっても、登山口近くにあるオチコミタケは食べないように…」
【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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