ショート・ストーリーのKUNI[47]枕の神様
── やましたくにこ ──

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明日は7時に起きたいと思えば寝るときに枕をとんとんと7つたたく。すると7時に、ベルが鳴ったわけでも振動が起こったわけでもないのに、ごく自然に目が覚める。枕の神様が起こしてくれたのだ。

そんなことは常識だと、ぼくはずっと思っていたのだが、どうやらそうではないことに最近気がついた。

「なにそれ? どこの国のおまじない?」
「何時代の話?」
「あんた、おばあちゃんっ子だったでしょ!」
「ババコン?!」

確かにぼくはおばあちゃん子だったし、そういえばおばあちゃんに教えてもらったかもしれないのだが、ババコンはないだろう。恋人ですら、まるでごぼうのささがきをするアルマジロに出会ったみたいに目を丸くして驚くのだ。



「まくらのかみさまぁ?! 初めて聞いたー。どんなふうにするの?」
ぼくはていねいに教えてやった。夜、枕に頭をのせ、さあこれから寝るぞという体勢でそのまま、軽く拳をつくり、とん、とん、とたたく。7時なら7つ。8時だったら8つ。
「7時半だったらどうすんの?」
「7つと、あと、小さく1つたたくんだよ」
「7時15分なら?」
「7つと、さらに小さく、1つたたくんだよ」
恋人はぷーっと笑い出した。
「ななななな、何がおかしいんだ!」
「だって…普通、携帯のアラームで起きるでしょ」
「アラーム?」
ぼくは携帯は持っているがアラーム機能なんて使ったことなかった。枕の神様がいるのにどうしてそんなものが必要なんだ。
「でも、たとえば、月曜から金曜まで毎朝6時45分に起きる、としたらどうするの? 携帯ならそういうふうにセットしておけばいちいち合わせなくていいのよ」
「ま、毎晩、枕をたたけばいいじゃないか!」
「ばっかみたい」

ぼくはめげずに枕の神様がいかにすばらしいかを語ったが、確かにこれは携帯のアラームに分がある。月曜から金曜は7時に、土曜だけは8時に鳴るように、1ヶ月後の朝6時38分に鳴るようにセットもできるらしい。これは枕の神様には無理だ。だいたい、前から思っていた。6時や7時に起きるときはいいのだが、11時半に起きようと思うと枕を11と小さく1つ、合計12回もたたかないといけないのだ。たたいてる途中でいくつたたいたかわからなくなるのだ。
え? そんな時間まで寝るな? 確かにそうだけど。

ぼくはその晩、いつものように枕を7つたたいた後、ついつぶやいた。
「やっぱり携帯のほうが便利なんだ」

翌日、ぼくは7時に起きられなかった。いや、その翌日も、そのまた翌日も。ぼくは3日連続で会社に遅刻し、周りの人間から思いっきり白い目で見られた。ぼくはあせった。今までと同じようにたたいているのに、なんだか空疎な感じがするのだ。まるで、枕が空っぽみたいに。

え? 枕の神様がいなくなった、のか?
するとロボウォークの効果音とともにぼくの携帯にメールが届いた。

──枕だけど
ぼくは本文を読んだ。
──おれのプライドはめちゃ傷ついた。だから、当分帰らない。
ぼくはしばらくぼーっと画面を見ていた。それから返信を書いた。
──すみません。そんなこと言わないで帰ってきてください。
返事はなかった。

ぼくはまったく途方に暮れたが、それ以上遅刻が続くと冗談抜きで17社目の会社勤めがやばくなるわけで、仕方なく古い目覚まし時計を押し入れから探し出したり買い足したりして枕元に置いた。なんとなく、携帯のアラームを使うのはためらわれた。いや、使えるさ、ぼくにも。使えるけど使わなかったのだ。

3日後、またメールが来た。
──ああせいせいする。起こしてやる必要がなくなって。
ぼくはすぐ返信を書いた。
──えっと、いまどこにいるんですか。
──おまえの知らないだれかの枕さ。おれたちはとりあえずどっかの枕に入ら
  ないわけにいかないから、あいた枕を探して入った。推定年齢40代後半・
  男・独身、ちょっとむさ苦しいやつだが、まあいいだろ。
──その…その枕の持ち主は枕をたたいたりしないんですか?
──いまどきそんなことをするやつがいるかよ。
や、やっぱり!
──おれたちの仲間もどんどん廃業してって、もう数えるほどしか残ってない
  よ。だから、そこらじゅうあき枕だらけだ。
廃業! 相撲取りか。
──みなさん、廃業した後は、どうなるんですか?
──さあねえ。そんなの勝手だろ。何しようが。
──はあ。

1週間くらいするとまたメールが来た。
──深く考えずに適当な枕に入ったら、寝たきりのおばあさんの枕だった。休
  まるひまがない。たまには日光浴でもしたいのに寝たきりなんだから。
──お疲れ様です。

うかつなことを言ってまた機嫌を損ねてもあれなので、ぼくはあたりさわりの
ない返信を書くにとどめた。そして、ほうっておくとまたメールが来た。
──おまえ、冷たくないか。
かまってほしいようだ。
──おれたちってさあ、いちおう枕の神様っていう名前だけど、どうせ人を起
  こすしか能のない、低レベルの神様と思われてるんだよね。
ぼくはあわてて返信した。
──いえいえ、そんなことはありません!
──思ってるさ。
──何をおっしゃいます! 人を起きるべき時刻に起こすことほど大切なこと
  はありません。人生を左右するかもしれない、重要な役目です!
──でも、携帯のアラームのほうが便利なんだ。
──すみませんすみません、二度とあんなことは言いません。携帯のアラーム
  はそれは、あの、便利だと思うんですが、それと枕の神様は、比べること
  ができません!
──なんでそう思うの。
追及するか。
──うまく言えませんが、なんとなくです。
──なんとなくじゃ困るんだよ。
しつこい性格のようだ。
──ぼく、ボキャブラリが貧しいんです。
──まあいいさ。おれもね、ここらで違う世界見たかったりしてね。いままで
  毎日毎日人を起こすばかりだったけど、どこかほかに、おれの生き方があ
  るかもしれないなあ、なんて。
──そうですね。

ぼくがまじめに返信するのに枕の神様のメールはいつも一方的に終わる。なのに、「冷たい」と責める。まあいいけど。

ぼくは目覚まし時計で毎日なんとか起きて会社に行ったが、どうも調子が出なかった。だいたい、目覚まし時計はやかましいのだ。まず第一の目覚ましがカッコー、カッコーと鳴り、5分後に第2の目覚ましがピピピピピと鳴り、さらに10分後に第3の目覚ましがジリリリリリリリ! と大音量で鳴る。どうして目覚まし時計はあんなにやかましいのだろう。え? 第1の目覚ましで起きればいい? 確かにね。

あきらめかけたころ、枕の神様からメールが来た。妙に長い。

──その日、加世子は晃からの電話をいまかいまかと待っていた。晃とは札幌
  で一年前に偶然に出会い、運命を感じた男であったが、なんということか、
  それ以来連絡が取れなかった。それが偶然三日前に京都で再会し、そのと
  きは時間がなかったので、今度ゆっくり会おうと、固い約束をしたのであ
  った。加世子はいまわしい病気で余命一年と宣告を受けたばかりであった。
  ここで彼に出会ったのは偶然であろうか。加世子はそうは思えなかった。
  何か見えないものが二人を結びつけようとしているのではないか。

意味がよくわからなかったので、ぼくは返信せず、そうーっと携帯を閉じた。

その1週間後にまたメールが来た。今度は画像だけだった。どこで撮ったのか、ゆるやかな山並みが遠方に、手前の空間にはなぜか枯れ葉が1枚。しかし、ものすごいピンぼけだ。

ぼくはまた返信せず、そうーっと携帯を閉じた。

その3日後、メールが来た。今度は普通のメールだ。
──帰ることにした。
ぼくは思わずガッツポーズをした。
──何かあったんですか?
──小説を書いても反応がないし、写真を撮っても無視される。ばかばかしく
  なった。
しょ、小説のつもりだったのか!
──すみません。次はきっと、感想文を書きます。
──いいんだよ、どうせ。
──写真も、なんとなくいいなーと思ったんですが、ぼくには難解で。
──いいんだよ、もう。やっぱりおまえの枕で、おまえを起こしてやることに
  した。
──ありがとうございます。
──実は、あるところでおまえ以外に枕をたたいてくれる人がいてね。なんだ
  かうれしくなって。おれの、枕の神様としてのプライドがよみがえったと
  いうか。やっぱこれだよなーって。
──ほほー、それはそれは!
──しかも、そのたたき方がおまえそっくりなんだよ。
──え?
──実はおまえの恋人さ。なかなかうまくたたいてたよ。ずっとあの枕にいた
  いくらいだったけど、おまえのことも心配でね。彼女の枕にはせっかくだ
  から、おれの仲間うちで一番信頼できるやつを派遣しておいた。

そういうわけで、枕の神様はまたぼくの枕に戻ってきてくれた。もちろん、もうメールが届くことはないが、ぼくたちはとてもうまくやっている。

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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