ショート・ストーリーのKUNI[64]夢の続き
── ヤマシタクニコ ──

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駅から徒歩5分、階段を下りて雑居ビルの地下1階に下りると、目の前に小さな看板があった。

夢の続き屋マック/MAK

看板には丸縁めがねに長髪でひげをはやし、しかも髪の右半分を三つ編みのお下げにしているという奇妙な男の絵が描き添えてあった。さっき通ってきた道にも同じ絵の看板があって、そこにあった矢印を頼りにぼくはやってきたのだ。

そうっと扉を開けると、カウンターの中から絵のまんまの男がぼくをちらと見た。つまりこの男がマックというわけか。看板ほどにこやかでも愛想良さそうでもなかったけれど。店内にはワックスのにおいが満ち、歩くと床がかすかにきしんだ。何年か前に流行った洋楽が低く流れている。

「いらっしゃいませ」
「えっと、ここですよね。夢の続きがみられるという…」
「はい。もう一度みたい夢、目が覚めたくなかったのに途中で目が覚めてしまった夢。なつかしい人に会った夢。みなさん、一度や二度はそういう経験をお持ちです。新技術の開発でそれが可能になりました。みたかった夢の続きがみられます」

マック、らしき男は何百回と言ってきたであろう説明を無表情で述べた。うわさに聞いていた通りだ。



ぼくが一日に何回もアクセスするSNSではここしばらく「夢の続き屋マック」のうわさで持ちきりだった。
「行ってきたよー。みたかった夢の続き、みました! さいこー! ちょっと高かったけど、これで思い残すことないです」
「こうなったらいいなと願ってた通りの夢でした。最近ろくなことなかったけど、なんだか元気が出てきたです〜」

ぼくにも、続きをみたい夢があった。ひと月前にみたとてもハッピーな夢だ。少なくとも途中までは。それが映画でいえばちょうどこれから佳境に入るというところで、無粋な目覚まし時計に現実世界に呼び戻された。ぼくはがっかりした。それ以来、もう一回みたいと思って一生懸命心に念じても、夢の情景を絵に描いた紙を枕の下に敷いて寝てみても、二度と続きはみられないのだ。

「夢の続きって、すぐにみられるんですか?」
「はい、ここに必要な事項を記入してください。準備が必要ですから」

マックがボールペンと一緒に寄越した用紙にはいくつもの記入欄が設けてあった。生年月日、氏名、住所、電話番号、メールアドレス、職場または学校の所在地と電話番号、そして肝心の夢をみた日と場所、どんな夢だったか等々。

「夢をみた日を覚えていないという方もおられますが、状況がくわしく書かれていればなんとかなります」
「いや、覚えています。ちょうどひと月前だし」
「そうですか。それはよかった」
ぼくは用紙に記入しながら聞いた。
「でも、どうして夢の続きがみられるんです?」

マックは笑った。
「説明はむずかしいのですが。まあ…レンタルビデオの店のようなものだと思っていただければ」
「ああ」

思わずそう応じたのは確かに、店の雰囲気が場末のレンタルビデオ店に似ていたからだ。自由に取りだせるケースを並べた棚こそないが、カーテンの奥にはぼうだいな夢の続きが薄いケースに入ってぎっしりと収まっているような気がする。
「でも、どんな人が夢の続きをみたいと言ってくるか予測もつかないのに、それをすべて置いてるわけなんですか?」
「ああ、そうですね。その点では通信カラオケの店のようなものだというほうが近いかもしれません」
「はあ」

わかったようなわかってないような気分だった。しろうとに説明してもむだだと思ってるのかもしれない。それもそうだ。用紙にすっかり記入を終え、差し出すとマックは受け取りながら「料金は先払いになっておりまして」と、金額を示した。うわさに聞いていたよりずいぶん安かった。値下げしたようだ。

マックは用紙とお金を持ってカーテンの向こうに行き、やがて手ぶらで戻ってきた。「準備ができ次第、あちらの部屋で夢をごらんいただけます。しばらくお待ちください」

ぼくはマックが示したそばの椅子に腰掛けた。店内は必要以上に照明が絞ってあって、カウンターの周囲以外はほとんど薄闇に包まれていた。夢の世界へと誘う演出かもしれない。

ぼくはそわそわしながら、もう何回も反芻した夢をまた思い出したりした。夢の中ではぼくは高校生に戻り、ホッキョクグマの着ぐるみに入ってる。学園祭なのだ。その格好で棒付きソーセージを売る屋台を手伝っていると、ミツバチがやってきた。もちろん、仮装だ。

「ソーセージちょうだい」
その声でぼくにはミツバチが、ずっと前から片思いをしている隣のクラスのカオリだとわかった。仮装があまりにも凝っていて、中身はほとんど見えなかったけれど。
「オッケー、ソーセージ大盛りでいいかい?」
「ぷー。もちろんよ!」

ぼくは現実にはカオリの前に出ると全身がこわばって声が出なかったのに、着ぐるみのせいか夢の中ではそんなジョークを普通に言えた。ぼくは有頂天になった。カオリは学年中で一番人気のある女の子といってよかった。美人だし、つんつんしたところがなく、明るい声でよく笑う。その彼女がなぜかぼくを気に入ってるのだから。次に場面が変わるとぼくたちはカップルとなってベンチに並んで腰掛けていた。ホッキョクグマとミツバチの格好で。

「あたし、こうみえてもカフカが好きなの」
「ぼくもだよ、気が合うなあ!」
「実はね、小説を書いたんだけど、まだ誰にも見せてないの。読んでくれる?」
「え、僕に最初に見せてくれるってこと? 読むよ、絶対!」
「よかった、小説書いてるなんてキモイと思われるかと思ったんだけど、じゃあ見せるわ。実はここにあるの」
彼女がミツバチの仮装のお尻の部分をいたずらっぽい仕草で示した。
「え? そこに?」
そこで夢は途切れてしまったのだ。もうすぐ、その続きがみられる。

「ぼくは最近まで知らなかったんですが、いつからあるんですか、この店は」
「一年くらいになりますかねえ」
「じゃあ、いままでいろんな夢の続きをみた人がいるんですね」
「そうですね。まったく感心するほどです。人生も多様ですが、夢はもっと多様ですからね。あらゆる制限がない分」
ぼくはうなずいた。
「さっき階段ですれ違った人はここのお客ですか」
「どんな人でした?」
「えっと…50代くらいの、コートを着た男性で…」
「ああ、そうです。あの方は…お気の毒な方でした」
「え?」

「なんでも、旅をしている途中で見知らぬ女性と恋におち、新居を構えて一緒に暮らすことになった──という夢をみられたそうです。運命の女性というやつですね。それで幸せな毎日を送っていたのにあるとき、元の妻から『円周率がわからないから帰ってきて』という電話がかかってきた」
「円周率?」
「夢ですから」
「はあ」

「それであわてて旅支度を整え、早朝、女性を残して出かけた。ところが、電車の中ではっと、自分がこんろに薬罐をかけたままにしてきたことを思い出した。はっとしたとき枕元のアラームが鳴り、ああ夢だったかと気づいたのですが、それ以来夢が気になって仕方ない。あの女性にもう一度会いたいとも思うし、こんろの火が気になってしかたない。夢の中ではいまでもあのまま時間がとまっているわけで、戻ることさえできればなんとかなるのではないか。悶々とした思いをかかえて、こちらに来られました」

「で、続きをみられたのですね?」
「はい。無事に夢の続きに戻られました。夢の中で急いで女性のもとに引き返しましたが、手遅れでした」
「えっ」

「こんろの上で薬罐は瞬く間に火の玉と化し、それがもとで火災が起こっていました。帰り着いたときにはすでに何台もの消防車が燃えさかる家を取り巻いていました。せめて自分の愛した女性は無事であってほしいと願ったものの、焼死体と対面するという結果になりました」
ぼくはショックを受けた。

「そのような夢なら続きをみなかったほうがよかったと思われるかもしれませんが、みないままあれこれ悩み続けるのとどちらがよいか、なんともいえません。私たちのほうでも、みなさんの夢の続きがどうなっているのかまったく知らないわけでして」
「はあ」

不意に奥のほうから人影が現れた。無言でドアを開けて去っていく。ぼくとあまり変わらない年格好の男だ。
「いまの方は、確かプロポーズの最中で夢が中断された方でしたが…結果は思わしくなかったようです」
「は…」

「プロポーズは夢でも実人生でも何回でもやり直せますから、むしろ、早くすっきりしたほうがよかったと言えるかもしれません。別の方の例ですが、写真が趣味で、特に動物写真に熱中しておられました。さほど裕福でもなく、趣味の範囲内で我慢しておられたようです。それがある日、アフリカのサバンナに撮影旅行に行く夢をみられました。まさしくあこがれの地です。文字通り夢にまでみたすばらしい光景が目の前に展開している…というのは変ですが、それはそれはリアルな夢であったそうです。空気感、草のにおい、降り注ぐ陽光、ブーツの下の土の感触まで、すべてがいつまでも忘れられないほどに。そして、折しもトムソンガゼルの群れが近づいてきた。これはいい写真が撮れる。コンクールに出せば入賞間違いなしだ。興奮してカメラを構えたところで…目が覚めたそうです。ああ、なぜ目が覚めてしまったのだろう。もっとあの世界にいたかった。返す返すも残念で仕方なく、ここに来られました」

「で、結果は…」
「無事にその瞬間に戻ることができましたが、同時に、背後にライオンの息づかいを聞くはめになりました」
ぼくは息をのんだ。
「大変おそろしい思いをされたようですが、残念ながらご本人の口からくわしいことは聞けませんでした」
「というと」
「とてもお話が聞けるような状態ではなかったのです。ほとんど錯乱した様子でなんとかご自宅に帰り着かれたようですが、その後精神を病んで、現在も入院しておられると聞きました」

店内の音楽が止んだような気がした。すると目の前のマックが笑い出した。笑うとゆがんだ口元の奥に歯が何本か抜けた洞窟のような闇がみえ、ちょっとぞっとさせるものがあった。もともと、マックなどという愛称が似合うタイプではなかった。

「ははははは。私はちょっと意地悪なところがありましてね。こういう話ばかりするのです。もしかしたら、全部、本当ではないかもしれませんよ。ねえ?守秘義務もあることだし、ぺらぺらしゃべる内容がすべて本当のはずがない。いや、こういう可能性もあるということを先に示しておくのは、ある意味良心的だと思いませんか?」
「ええ…確かに」

そのとき、小さな音で携帯が鳴った。SNSの仲間からのメールだった。
─「夢の続き屋マック」のすぐ近くに類似店があるようだから、気をつけて。
え?
─ハッピーな夢をみせてくれる「夢の続き屋マック」はスペルがMAC 看板はこれ

ぼくははっとした。そこには看板の画像も添付されていた。丸縁めがねに長髪でひげをはやし、しかも髪の右半分を三つ編みのお下げにしている…ではなかった。髪の左半分が三つ編みだった!

「準備ができたようです。どうぞ」
マックが言った。

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