ショート・ストーリーのKUNI[66]時間旅行
── ヤマシタクニコ ──

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タケシ「おかあちゃん、いてるかー」
母  「ああ、タケシちゃんか。びっくりするやないの、急に来てー。せめて3日前から予約でも入れてくれんと。たまたま今日は私はオフやからよかったけど。ただし3時からニコニコスーパーで冷凍食品半額セールやから、用件は手短にな」
タケシ「お母ちゃんは年中オフやろ。いや、今日はな、プレゼント持ってきたんや」
母  「また、なんかしょうむないもん発明したんかいな」

タケシ「しょうむないもんで悪かったな。今日はぼくの発明したもんちゃうねん。タイムマシン旅行券。すごいやろ」
母  「あー、タイムマシンな。それやったらだいぶ前に一回行ったことあるわ。むかいの大山さんとその斜め後ろの三好さんと3人で。なんか...もひとつやったわ」
タケシ「うん。お母ちゃんのゆうてるのは近距離やろ。安いやつ。10年前の世界が見られるとかいう」

母  「そうそう。何年か前にえらい宣伝してたやろ。夢の時間旅行がいよいよ身近なものになりました! お手軽パック好評発売中、ゆうて。たまたま大山さんの親戚がそこの旅行社の人で、安くで行けるゆうて何回も勧めるから行ってみたけど...この10年てあんまり変化ないやろ。事件ゆうたら道頓堀からカーネル・サンダースが出てきたくらいやんか」
タケシ「いや、もっとほかにもあったと思うけど...」

母  「とにかく、あんまり変化がわかれへんかったわ。あれやったら城之崎にカニ食べに行ったほうがよかったわー」
タケシ「まあそんなんは時間旅行のうちに入れへんわ。インターネットでゆうたらブロードバンド以前、テレホーダイもなかったころ、ジ〜ジ〜、ぴ〜〜〜ゆうてたときみたいなもんやん。いまはちがうで。日進月歩や。ぼくが買うてきたったツアーは現在可能な時間旅行の限界、645年まで行けるねん。どや」



母  「どや、言われてもなあ...645年ゆうたら『むしごめ供える鎌倉幕府』...えらい昔やなあ」
タケシ「どんな覚え方してんねんな。645年ゆうたら『むしごめ供える大化の改新』やろ」
母  「鎌倉幕府でも合うからしょうがないやんか。ほなあれか、その時間旅行に行ったら中大兄皇子のサインがもらえるとか蘇我入鹿に乗った少年に会えるとか、なんか特典あるん」

タケシ「いや、そんな変な特典はないよ。だいたい、タイムマシンで過去にさかのぼっても、その時代に何らかの痕跡を残したらいかんねん」
母  「え、そうなん」
タケシ「うん、くわしいことは省略するけど」
母  「バタフライエフェクトいうやつやな」
タケシ「知ってるんかい...」

母  「しやから、ただ見てるだけやろ。おもしろないやん。それに、長距離タイムマシンの中はもの食べるのも苦労するそうやないの。無重力やからふわふわして」
タケシ「それは宇宙旅行や」
母  「とにかく、なんか、もひとつやわー。めんどくさいわー」

タケシ「うーん、そんなめんどくさいめんどくさい言わんと、行ってみたら感動するって。一生の思い出になるし」
母  「私、やっぱり白浜一泊豪華グルメの旅のほうがええと思うわ...あ、そろそろ私、支度せなあかんし。そわそわ」
タケシ「せわしないな。冷凍食品なんかどうでもええやん。あああ、せっかく親孝行しようと思て買うてきたのに...ぐすっ」

母  「あ、そやったそやった、ごめん、ほんまはむちゃくちゃうれしいねん。感動してるねん。あんたみたいな息子持って幸せや。涙出てきたわ。ごめん、かんにん。ぐすん」
タケシ「...ほんまか、そう言うてくれたらぼくもうれしいわ。大枚はたいて買うた甲斐があったというもんや。ほな、ちょっと説明さしてもらうけど、実はその、ちょっとややこしいねん」
母  「何が」

タケシ「21世紀から一本で645年に行かれへんねん。まず1871年まで行って、そこから乗り換えやねん」
母  「乗り換え?」
タケシ「うん。最初は南海タイムトラベル社の線を使うんやけど、それは1871年までしか行けへんねん。そこが終点で、そこから系列の和歌山電鉄ハッピートラベル社の線に乗り換えるけど、それも1868年が終点」

母  「たった3年だけかいな和歌山電鉄ハッピートラベル社。それに、1868年は明治維新でなんとなく切りがいいからわかるけど、1871年て何やのんその半端で、地味な年」
タケシ「廃藩置県の年らしい」
母  「あー、そうそう...『藩とはいわない鎌倉幕府』やったね」
タケシ「鎌倉幕府が好きなんか」
母  「なんでそんなとこが終点になってるん」

タケシ「知らんがな。まあそのへんが空いてたんちゃうか。地味やから。で、それから京阪時間旅行社の線に乗り換える」
母  「え、南海と京阪がつながってるん。いつの間に。便利やなー。ほなラピートで出町柳まで行けるんやな。鬼の目に涙やな」
タケシ「ことわざの使い方間違ってると思うけど、とにかくラピートは出町柳行けへんから。電車とこれは話が別やから。えーと、それで1703年の赤穂浪士討ち入りの年まで行ったら阪急タイムトラピックスに乗り換えて関ヶ原の合戦の1600年」

母  「えーっ。今度は阪急。ほな途中で京都線と宝塚線と神戸線に分かれたりするんかいな。いややわー」
タケシ「時間旅行に十三はないからだいじょうぶや」
母  「あ、そうか。しやけど、やっぱりめんどくさそうやな...説明聞いてるだけでしんどなってきたわ...うーん...」

タケシ「もうちょっとやがな。そこからいよいよJR西日本時間旅行社に乗り換え、1467年の応仁の乱、1274年の文永の役、894年の遣唐使廃止を過ぎると645年まで止まりません」
母  「ああ、熱出てきた。頭痛い。腰まで痛なってきた。やっぱり私には無理やわ。もう長うないし...」
タケシ「だいじょうぶやって。ツアーやからなんとかなるって」

母  「...乗り換えは楽にいけるんやろね。御堂筋線と四つ橋線の乗り継ぎみたいにえんえんと歩かされたら私は怒るよ」
タケシ「だいじょうぶやって!」
母  「...松山の坊ちゃん電車やったら乗ってもええけど...」
タケシ「そんなもん、いつでも行けるやん!」

母  「あ、えらいこっちゃ。こんなこと言うてられへん。もう出かけなあかんわ、タケシちゃん、ごめんな、また今度」
タケシ「ちょ、ちょっと待って。冷凍食品の半額セールは3時からてゆうてたやん」
母  「そうや」
タケシ「まだ1時やけど」
母  「ニコニコスーパーはここから自転車で20分、駅前から100円バスに乗って終点のひとつ手前で下りてまた歩いて、そこから1時間に2本しかない、ショッピングセンター専用の送迎バスに乗り換えて行かなあかんねん!」

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