ショート・ストーリーのKUNI[74]しまうま
── ヤマシタクニコ ──

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それはまだ夏が終わってないのに近所のコンビニでは早くもおでんを売り出すころ。ぼくはほとほと困って社長に言った。

「社長、たいへんです。人手不足でどうにもこうにもなりません」
「君はこの前もそう言って求人広告を出したのではなかったか」
「はい、出しましたが、ひとりも応募がなかったのです」
「それはどうしてだ」

「どうしてだかぼくにもわかりません。年中求人広告を出しているので『あの会社には何か問題があるのではないか』と思われているのかもしれません。それとも、条件がきびしいのかも」
「わが社に問題はない。あまりいろいろ条件をつけずに募集広告を出したまえ」
ぼくは過去の求人広告を見直した。

〈社員急募。男女年齢不問。給料は少なく、残業も毎日のようにあるが気にしない人。誠実な人。パソコン堪能、文章力のある人。ただし職種はほとんど何でも屋です。事務所は私鉄の各駅停車しか止まらない駅から徒歩20分。他の交通手段はありません〉

確かにこれでは人が集まらないかもしれない。よけいなことを書きすぎだ。ぼくはできるだけ簡素に、条件をつけない広告を出した。

〈社員急募。委細面談〉



「社長、たいへんです。しまうまが面接にきました」
「しまうまって、動物のしまうまか」
「はい、動物のしまうまです」
「なんでそんなものが来るのだ」
「『人間に限る』と書かなかったからだと思われます。条件をつけなさすぎました」
「しかたないな。では、とりあえず面接したまえ」

ぼくは椅子から体をはみ出させ、どことなくえらそうにしているしまうまと向き合った。
「しまうまさんですね。今回の応募動機は」
「御社の求人広告を見て、自分にあいそうだと思ったからです」
「どういうところがあうと思ったのですか」
「直感です。あとは私を採用すればおわかりになるでしょう」

ぼくはちょっとむっとした。
「わが社の出版物についてどう思われますか」
「失礼ながら私は御社の出版物について何も存じません。しかし、採用されれば御社の発展に大きく寄与させていただくことは保証いたします」
「ご趣味は」

「読書ということにしておきましょう。愛読書はマルクスアウレリウスの『自省録』です」
「休みの日は何を...」
「時には釣りを楽しみます。糸を垂れながら過去に遊び未来に問いかけ、胸に去来するあれやこれやを解き放つのです」
「好きな食べ物は...」
「私はしまうまですから、基本的には草食です」
「目玉焼きにはソースか醤油のどちらをかけますか、それともケチャップ、塩コショーだけ...」
「目玉焼きは食しません」
「すべり台を逆向きにのぼることについてどう思いますか」

ぼくの質問がだんだん妙なものになっていったのは、いちばん聞きたいこと「その自信はどこからくるのですか」を避けていたからにちがいない。なんなのだ、こいつは。でも、面接はまだ終わっていない。

「ところで、これまで面接に来られた方にはここにあるパソコンでプレゼン資料の見本を作っていただいていたのですが、そのひづめでは無理ですよね」
「いいえ、専用のグローブを用意しておりますので全然だいじょうぶです」

しまうまはぼくがわたした資料にざっと目を通した。それからバッグから5本指のグローブを取り出し、両前足にぴちっとはめたと思うと、すばらしい速度でキーボードをたたき、マウスを操り、パワーポイントを駆使してまたたく間に資料を作り上げた。そのできばえはほとんど感動ものだったが、心のどこかではこのしまうまを採用したくないと思っていた。なんとなく。
いや、というより、しまうまなんだし。

「では、今日はお疲れさまでした。採否はまた改めてご連絡いたします」
「採否? 御社は私を採用すべきだと思いますが」
ぼくの「むっ」は頂点に達したが、顔には出さず、それどころかにっこり笑って大人の余裕を演出しようとしたとき
「私には特技があるのです」
「特技?」
「はい。私には特殊な能力がありましてね。パソコンをじっと見つめれば履歴がわかるのです。ブラウザを立ち上げなくてもね」
「えっ」

「そのデスクにあるのはあなたが日頃お使いのパソコンですね。私にはすべての閲覧履歴が手に取るようにわかります。そうですね。過去一か月くらいは余裕で。ちょっと集中力をアップすれば過去半年くらいは...あ、もちろん履歴を消去してもしなくても同じことです」

ぼくの脳裏を、勤務時間中に手元の仕事をさぼってはさんざんアクセスしていたおばかなサイト、やばいサイト、とんでもないサイト、人格を疑われるようなサイト、仕事の能率が上がらなかったのはそのせいかと思われても仕方ないサイトの数々がはげしく点滅しながら高速で通り過ぎていった。
「わ、わかりました」

しまうまはそのように姑息な手段でわが社に入社してしまった。しかも、しまうまが最初にしたことは面接であった。

「面接?」
「はい、みなさんがどのような仕事に向いているか私が決めてあげます。です
から、面接しましょう」

しまうまは有無を言わさぬ態度で面接をした。ぼくと社長と、あとほんの数人しかいない社員全員。そしててきぱきとそれぞれにふさわしい仕事を与えていった。その結果、ぼくは営業、社長がデザイナー、デザイナーをしていたヨシダくんは総務、校正係のハマダくんがそのまま校正係、そしてしまうまは「私は企画全般ということにさせていただきます」自分でそう決めてしまった。

ぼくは毎日「行ってきます」としまうまに言い、「ただいま帰りました」としまうまに報告するようになった。社長は嬉々として紙面のレイアウトに没頭し、ヨシダくんも意外に総務担当に満足していた。

強引にそういうことにされてしまってどうだったかというと、なんとぼくらは毎日が以前よりずっとうまくまわっていってると感じた。腹立たしいことに。なぜだ。なぜうまくいってしまうのだ。しまうまなのに。企画全般だなんて、なんだか調子良くないか、それ。

ひょっとしたら、ぼく以外の人間もみな、しまうまに弱みを握られていたのかもしれない。いや、あるいは、いくら草食動物といえどもしまうまはそこそこ大きいし、脚でぽーんと蹴られたら大けがをしそうなのでびびっていたのか。真相はわからない。

「一般的に、しまうまの弱点ってなんだと思います?」
あるときヨシダくんが言った。
「さあねえ、なんだろう」
「ぼくは、おなかだと思うんです。なぜなら、しまうまのおなかにはしまがないんです」
確かに、しまうまのおなかは白くて、いかにも弱々しい。でも、おなかをどうしようと言うのだろうか、ヨシダくんは。

しまうまは時々歌を歌っていた。それは「月の砂漠」の替え歌だった。
「月のサバンナを〜はるばると〜旅のしまうまが〜ゆきました〜」
上の「〜」の部分で、しまうまは必ず口をもごもごさせ、何か言ってるようでとても気になったが、苦心して聞き取ったヨシダくんによると、ごく小さな声で「こらまった」とか「はー、どうしたどうした」とか言ってただけだそうだ。
で、歌い終わるといつも「なつかしいなあ、サバンナ」と言うのを忘れなかった。

それは近所のコンビニでチョコレートの新製品が日替わりのように並び、ボジョレーヌーボーの予約受付も始まったころ。
朝、事務所に行くと警官が何人もいて、しまうまがどこかへ連れて行かれるところだった。
「逃げ出してたんだって。動物園から。指名手配されていたそうだ」
「え、そうなんだ」
「サバンナがなつかしいとか言ってなかったかね?」
「言ってました。でも、実際は動物園で生まれて育ったそうですよ」
「でたらめ、だったんですか?!」
「でたらめだったんだよ」

ぼくは窓を開けて下を見た。道路脇に止められた小型トラックの荷台にしまうまが乗せられているのが見えた。ぼくが手を振ると、しまうまは振り向いた。でも、しまうまが怒ってるのか悲しんでいるのか、あるいは何とも思っていないのか、顔のしま模様がじゃましてよくわからなかった。

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