ショート・ストーリーのKUNI[85]ペットボトル
── ヤマシタクニコ ──

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私は一本のペットボトルとめぐり会った。それは聞いたこともないメーカーの焼酎が入っていた4リットルのペットボトルだ。

そのころ私は、毎日のように焼酎を飲んではテレビを見たりパソコンで古い歌を聴いたり、ときには積んだままになっていた本の山から一冊を取り出しては拾い読みしたりしていた。つまり、だらだらと日々を送っていた。

ところが、焼酎を飲みつくしてただの大きな空容器になったそれを見ているうちに、私の中に忘れていた創作欲が高まってきた。それを使って、何かつくれそうな気がしてきた。何だろう。ああ、人形だ。

私はずっとものをつくり続けてきた。ものはその時々によって平面であったり立体であったりしたし、布を用いたと思うとまたあるときは金属や板きれの魅力に従った。ただ絵の具を根気よく塗り重ねていた時期もあった。だが、常に何かをつくり続けてきた。

それが、何年か前から、私はもはやつくらない人になってしまった。週に何日かは働き、冒頭に記したように、あとは焼酎を飲んだりしていた。



つくらない人になってみると、つくるということはとても不自然に思える。いったい何だって私はずっと、まるで義務のように何かをつくり続けてきたのだろう。子どものころから。何十年も。そう思った。

ところが、そのペットボトルを手に持ち、見ているうちに私は「何かできそうだ」と思った。この部分はこう使えそうだ。ここはカットすればいい感じだ。いや、もっと完全にばらばらにしてみようか。

そんなことを考えたのはひさしぶりだ。私はわくわくする。でも、そういうときの私は全然楽しそうではなく、むしろ苦しそうな表情を浮かべているらしい。妻によると。

私は自分のパソコンデスクの横、足元にそのペットボトルを立て、しばらく置いておくことにした。もう少しじっくり考えてから手をつけようと思った。機が熟すのを待つというやつだ。

焼酎はそれ以後も飲んでいたが、なぜか新たにペットボトルを取っておこうという気にならなかった。私は毎日、少しでも時間があくとそのペットボトルを手に取り、いろんな角度から眺めたり感触を確かめたりした。

......私をどんなふうにするの?

ペットボトルが聞いたような気がした。

......まだわからない。でも、いい作品にしてみせる。
......あなたを信じているわ。

私はまるで彼女...ペットボトルのことだ...と私の愛のしるしであるかのように、彼女の首元にカッターナイフで小さなアステリスクを刻み込む。

しばらくすると、私はまただらだらとした毎日におぼれ、気がつくとペットボトルを手にすることもなくなっていた。でも決して忘れていたわけではない。毎日、視野に入るたび、私はいつか自分がつくるべき人形を思い浮かべた。まったく新しい、これまでだれもつくったことのない人形だ。

いや、人形という言葉にはあてはまらないだろう。あくまで仮の言葉にすぎない。見た人は言うだろう。

「ごらん、信じられないことにこれはペットボトルで作られているんだよ! だれもが、せいぜい子どもの工作材料にしかならないと思っている、あのペットボトルで!」
「既成概念をみごとにくつがえしたね」
「これをつくった人は革命家の名に値するだろう!」

なんと愉快なことだろう。それは私の新しい生活の出発点となるものだ。

ところがある日、私は飲み会に誘われて夜遅く酔っぱらって帰った。
ふと見るとペットボトルがない。

「おい、ここにペットボトルがあっただろ」
「ああ、あれ」
妻はもう寝る前のかたづけものをしながら答えた。
「捨てたわ」
「なんだって。あれは創作に使うつもりだったんだ」
「4か月前からそこに置きっぱなしだったわよ」
「4か月間ずっと思ってたんだ」
「ふうん。てっきりいらないかと思ったわ。明日、ペットボトルの回収日だし」

私はあわててゴミの収集場所に行った。団地のうちの部屋から50メートルくらいの、コンクリートの壁で囲まれた一角。ポリ袋がすでに収集日を待てずにたくさん持ち込まれ、コンテナからはみだしている。そのそばにペットボトル回収用の箱が別に置かれている。

私は私のペットボトルを探した。同じようなペットボトルがいくつもあった。薄暗くて見えにくい。でも、ほとんどはコーラやジュースのものだから、わかるはずだ。そう、これだ。わかった。私はほっとして焼酎のペットボトルを持ち帰り、家に帰った。妻に向かってばかとか何とか言ったように思うがよく覚えていない。すぐに寝たから。

翌日、私は気づく。ペットボトルが私のペットボトルでないことに。彼女の首元に私が刻んだアステリスクが、ない。これは見知らぬ他人だ。しかもそのときはすでに収集車が来てから何時間も経っていた。ああ、とたよりない声が口からもれる。ぬれぞうきんのような後悔が胸の内いっぱいにひろがり、私は自分が取り返しのつかない失敗をしたことを知る。

「結局なにもつくってないじゃない」
その後、赤の他人のペットボトルを置いたままにしている私に、妻は言う。
「これは違ったんだ」
「え?」
「間違って持って帰ってきてしまった。前のじゃないんだ」
「同じように見えるけど」
「でも違うんだ」
「つくろうと思えばつくれるんじゃない、それでも?」
私は答えない。
「つくれるわよ。プロなら」

妻は見当違いのことをいう。まったく私を理解していないことがわかる。でも、どうせわからないだろうから説明する気にもなれない。私の足元にはまちがったペットボトルが、少しずつほこりをかぶりつつある。

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