ショート・ストーリーのKUNI[90]同窓会
── ヤマシタクニコ ──

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なんで同窓会みたいなものに出席する気になったのか、自分でもわからない。「高校卒業後25年にして初めての同窓会!」「もう一度会ってみたい人はいませんか?!」というキャッチフレーズに惹かれたのかもしれない。およそ15年ほどもひきこもって暮らしていたおれも。

少し遅刻して着いた会場の受付で、おれは早くも衝撃を受けた。
「あら、小西くん、小西くんでしょ」
小じわだらけの見知らぬおばさんから声をかけられておれはぎくりとした。
「あたしよ、ほら、山田利香」
うそだろ、とおれは思った。山田利香といえば陸上部の、短距離が得意だった
さわやか系の女の子。隣同士の席になったこともある。こんなしわだらけの出
っ歯のおばさんじゃない。いや、しかし、面影がない...こともない、ような。

「やあね。そんなに変わったかしら、あたし」
「あ、ごめんごめん。そんなことないよ。全然変わってないよ。いやあ、ほんと、ひさしぶりだな」
おれは適当なことを言ってその場を離れた。汗が出た。しわだけじゃない。山田利香ののどもとに、金平糖みたいな突起がいっぱい並んでいたような気がした。気のせいか。気のせいだろう。



ホールに入るとすでに乾杯も終わったところで、おれは遅れを取り返すようにワインやらビールをどんどん飲んだ。すると肩のあたりで声がした。
「小西くんじゃない!」
振り返ると額に鶏卵大のこぶを2つもつけた女が、そのこぶをぐにゃぐにゃと移動させながら笑いかけていた。おれはぎょっとしたが、とっさに胸元の名札を見て
「ああ、藤原さん。ひさしぶりだね」と答えた。

「まあ、だれかと思ったら小西くん」
反対側から別の女の声がした。おれはまた名札を見て「ああ、高田さん、元気そうだね」と答えた。高田さんの頭のてっぺんにはカニの脚みたいなものが何本も生えていて、おれの口はあんぐりとなったが、あわててその口を閉じ、かろうじて
「全然変わってないんだね」と言った。

おれはなんだか頭がくらくらしてきた。そんなに飲んでないのに。日中はほとんど自室にこもりっきり、夜中にコンビニに出かけるくらいという生活を15年続けていて体がなまっているせいか。あせってフードコーナーに行って食べ物を適当に皿にのせ、アルコールのコーナーでワインを調達して飲みながらテーブルにつこうとした。すると
「なんだ。小西じゃないか」

顔がオーブンレンジくらいに膨張した男が、絶えず肉の端をぶるぶると小刻みに振るわせながら、おれに言った。唇の端から小さな泡が絶え間なくぷつぷつとわきだしている。なんでこのばけものはおれを知ってるんだ。するとそのばけものが
「変な顔で見るなよ。おれだよ、おれ。き、た、ざ、わ」
「あああ、ああ、北澤か。ひひひさしぶりだなあ。あはは」
「ああ、今日はなんせ25年ぶりの同窓会だからな。たいていのやつはひさしぶりさ。さあ、あっちへ行って飲もうぜ」

北澤だと主張する物体の示した丸テーブルに行くと、そこには耳が縦方向に異常に発達した男と、鼻からあごにかけた部分が前に長く突きだし、どうみても馬と人間の間の生き物にしか見えない男とが座っていた。耳の発達した男はその耳の先を引っ張ったり結んだりしていた。名札には大島和宏と書いてあった。馬の男は長谷川四郎らしい。えっ、ではどちらもクラスメイトではないか。おれは信じられなかった。

「どうしたんだ、小西」
「なんでそんなにおれたちをじろじろ見るんだよ」
北澤ががははと笑った。
「いま聞いたんだけど、小西、15年ほども引きこもってたらしいんだよ。つまり」
「ああ、つまり」
「25年ぶりの同窓会というより」
「15年ぶりのシャバ?」
大島と長谷川がげらげらと笑った。
「それで珍しいんだ」
「なるほどね」

違う、そうじゃない。おれは言いたかったが、黙っていた。
「そういえば小西はあんまり変わってないな」
「世間の風にさらされてないからだろ」
またみんな笑った。
一人の女がやってきておれのすぐそばの席に座った。

「あたしのママが言ってたわ。人間はだれでも生まれながらにジゲンバクダンを抱えてるようなもんなんだって」
「ジゲンバクダン?」
「そう。生まれたときからセットされてて、かち、かち、かち、と時計の針が進むバクダン。あたしたちはそれによって否応なしに先に進まされて、そしてピークに達すると今度は第2のスイッチが入って違う方向にまた進み始めるの。かち、かち、かち、という音にあわせてね。進む先にどんな変化が待ち受けているかは自分でもわからないし、止めることもできないの。おもしろいでしょ」

ああ、なるほど、と言いかけて女の顔を見ると、それは一面にエノキダケのような細くて白い、つるりとした突起におおわれていた。おれは急に体温が3度ほど下がった気がした。女はくちびるにかかりそうなエノキダケを手でのけて、グラスを口に持っていった。
「谷村さんはさすがに言うもんだ」
「クラス委員だったもんなあ」
「小西はひょっとしたら、まだ第2のスイッチが入ってないのかもな」
「おれなんか10年くらい前に入ったよ。それから進む、進む」
「加速度がつくもんな」

わはははとみんなが笑う。ふいに北澤が
「そうだ。小西、おまえ、谷村さんに気があったんじゃやなかったっけ」
「え、そうなんだ」
「これは知らなかったな!」
「25年ぶりの再会?!」
「いよっ、おふたりさん!」
いつのまにか集まっていた何人ものばけものたち、いや男達がにたにた笑いながらおれを谷村さんのほうに押し出す。エノキダケは谷村さんの腕にも生えていて、おれのほほにくっつきそうになった。おれは必死で身を固くした。冷や汗がわいて、脇腹をつつーと流れた。

「いいぞ、いいぞ、お似合いだ!」
「キスしろ!」
「そうだそうだ、キスしろ!」
谷村さんのくちびるがおれの顔面に迫ってきた。エノキダケがぷらんぷらんと揺れている。谷村さんはそれを手でのけて、唇をおれの唇に押しつけた。
おえっ。それでもおれは女性に恥をかかせまいと必死でこらえた。笑顔さえ浮かべて。いや、さすがにそれは無理だった。代わりに涙が出てきた。

「ちきしょー、やけるな」
「美人の谷村さんとキスできるなんてなー」
「ひゅーひゅー」
おれはその場を離れ、浴びるように、そこらにあるワインや酒や焼酎を飲みまくった。足元がおぼつかなくなったころ、会場の入口付近で小さなざわめきが起こった。
「何かあったのか?」
「...吉川さんが来たらしい」
「へー、吉川さんが?」
「吉川希実子が?」

にわかにおれの胸は高鳴った。なぜって、高校時代、おれがひそかに思いを寄せていたのはクラス委員の谷村さんじゃなく、吉川希実子だったからだ。小柄で、美人というほどではないが、笑った顔がかわいくて、おれはいつもそれを見るたび「小リスみたいだ」と思った。実際の小リスを見たことはなかったが、なんとなく。しかし、それは25年前だ。吉川希実子も、ひょっとしたら、ひょっとしたら。おれはおそるおそる、そちらを見た。入口のほうから今、吉川希実子が歩いてくる。その顔は──

その顔はまったく変わっていなかった。いや、もちろん40過ぎの女らしく、それ相応のしわもあるが、それだけだった。あっけないほど吉川希実子は変わっていなかった。おれは感動していた。まわりからはひそひそ声が聞こえた。
「見ろよ」
「ああ」
「かわいそうに」
「あんなにやつれてしまって」
「吉川希実子も、おしまいだな」

何を言ってるんだとおれは思ったが、どうでもよかった。おれは吉川希実子のほうを向いた。見つめて、祈った、おれと目が合うように、合うように。そして祈りが通じて吉川希実子と目が合い、小リスのような吉川希実子のくちびるがほころんで、微笑みかけた瞬間だった。おれのジゲンバクダンの第2のスイッチが入ったのは。おれの顔の肉はむくむくと隆起し、陥没し、ねじ曲がり、変形を始めた。のどの奥がもんどりうち、こめかみが引っ張り上げられた。眼球が裏返った。吉川希実子は3メートルの距離から、呆然と突っ立って見ていた。おれの変形を。

「みなさん、静かに! 山田先生がお話しされます!」
壇上では、齢80を超えた山田先生がマイクを握っていた。その体はほとんどどこが腕でどこが胴体かわからぬほどに溶け合い、しかも半透明になって頭の向こうが透けて見えた。
「先生はますますお元気そうだ」
みんなうなずきあった。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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