ショート・ストーリーのKUNI[92]残業
── ヤマシタクニコ ──

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おれはたったひとりで残業していた。なんだかむなしいので缶ビールを開けて飲み出した。そしたらますますむなしくなってきたので、友人知人片っ端に電話しまくった。友人知人といっても、かつての同僚とか昔いっしょに働いていたやつとか、仕事仲間だったやつ。ああ、どれもいっしょじゃないか。

「おい、今からこっち来ないか。会社で残業してんだけど。だれもいないんだ。缶ビールとするめくらいならあるし」
「いやー、けっこうっすよ」
「ビール飲むと腹下すんでー」
「するめ食べると口くさくなるでしょ」
「すいません、これから子供を風呂に入れるんで」

「明日、始発の新幹線で出張なんです」
「ネコが出産中で...」
「明日の宴会で隠し芸やるんで、いま練習中なんです。え? エグザイルのダンスです。やっとフルメンバーがそろったんで。今日しか時間ないし。すいません、まじ時間なくて」

だれも相手してくれない。そっけない。まあ、そりゃあいろいろ事情もあるだろうし、すぐに来れないかもしれないけど話し相手くらいしてくれてもいいじゃないか。いかにもさっさと電話を切りたそうにしなくても。おれは絶望した。やっぱりそうか。こんなときに相手になってくれるのはコダマしかいないか。おれはコダマに電話した。



「はい、もしもし」
「おれだよ、おれ。いまさ、ひとりで残業してるんだ」
「え、こんな時間に。そうなんだ。たいへんだなあ」

「うん、たいへんだよ。なんだかもう、むなしいんだ。今から来ないか? 缶ビールと、つまみはするめくらいしかないけど。色気も何にもないけど、だれに気兼ねすることもないし。飲もうぜ」
「うーん、都合がつけばすぐにでも行きたいところだけど、あいにく野暮用で」
「そうかあ、残念だなあ」
「でも元気そうだ」
「元気なもんかい。もう年だし」
「仕事はうまくいってんの?」

「よく聞いてくれた。やっぱりコダマだ。まったくもう、まいったよ。何がイノベーションだ何がIT革命だソリューションだ。まったくね、なんというか、とんでもないよ。むちゃくちゃだよ」

おれはついつい愚痴をこぼしてしまう。相手が聞いてくれそうだと思うと、人間、いくらでも不平不満を口にしてしまうのだ。

「なんか問題があるんだ」
「うん。金がいくらでもあるところはいいけど、うちの会社なんか金もないし知名度もない貧乏会社だから、まともな人間が来てくれない。来てもすぐにやめてしまう。だからロボットを使うんだけどね」
「へー。時代だなあ」
「ところが、そのロボットも新品は高いのでリサイクルショップで買った中古なんだ。ロボットの中古はありあまってるから安いんだよね。だけど、やっぱり中古は使いにくい」
「というと」

「受付係が辞めたので接客ロボットを置いたんだけど、元はコンビニで使われていたロボットなもんで。すぐに『あたためますか』とか『おはしかスプーンかどちらになさいますか』と聞くんだ」
「わはは」

「その前のは役所の窓口ロボットだったやつの払い下げでね。無愛想なうえにいちいちたらいまわしにしようとして、それができないからしょっちゅうフリーズしてた。設定を変えればいいんだけど、どうやったらいいのかわからない。おれ、メカに弱いし。経理を担当してるのもロボットだがこれは元々はさぬきうどんの店でうどんをこねていた。そこへ無理矢理経理ソフトを入れた」
「無茶だろ」

「いや、くわしいことは知らないが、リサイクルショップの店員にうどんこね機能と経理機能は親和性が高いんですよと言われて」
「うそだよ」
「やっぱりうそか。実際1時間に1回はうどんをこねさせないとミスが多くなる。うどん粉の費用もばかにならないし、たいへんだ。でもうどんはむちゃくちゃうまい」
「よかったじゃないか」

「総合事務ロボットも入れた。これは最初から総合事務ロボットだったんだけどバージョンが古い。安かったけど...安かったけどそろばんと毛筆の宛名書きが得意なロボットってどうなんだ」
「わはは」
「で、おれって肩書きは部長なんだけど、課長も係長も辞めて、後任もいないままなんだ。部下はいきなりロボットっていう。もう雑用が多くてとてもこなせないから、責任転嫁のための課長ロボットを購入しようかと思ってるんだけど、どう思う? そんなに機能はいらないんだ。謝ってくれるとか詫びを入れてくれるとか」
「いっしょだよ」
「ほとんど単機能だから新品でも安いかも」
「おまえもたいへんだな。同情するよ」

「そんなふうに言ってくれるのはおまえだけだ。おれ、最近自分でも思うけどもう疲れはててぼろぼろだよ。いっそのことうどんこねロボットと二人でうどん屋始めようかと思ったりするんだ。うどんこねてる最中に帳簿つけ出したりするかもしれないけど、そんな体にしたのはおれだし。ふびんじゃないか。よう子って言うんだけど...」
「女なんだ」
「なんか突拍子もないこと言ってるかな、おれ」
「そんなことないさ。男の夢、男のロマンじゃないか。応援するよ」
「ほんとかい」
「ああ、おまえはもう十分がんばった。ここらで好きなことをしてもいいさ」

「ああ、なんだかうれしいよ。涙が出てくるよ。なあ、こっち来ないか。缶ビールとするめしかないけどさ。一杯やろうぜ。あ、うどんもあるし。気兼ねしなくていいよ。なんせロボットたちは椅子に座ったまま目を開けたまま全部スイッチ切ってるから、不気味なほどに静かだし」
「すぐにでも行きたいけどあいにく野暮用で」
「残念だなあ。次は絶対だぞ」
「ああ。約束するよ」
「また電話するよ。じゃあな」

おれは電話を切った。少しだけ元気が出てきて、もう少し残業を続けることにした。コダマはほんとにいいやつだ。ロボットの中でも。よくできている。もっとも、ここまでするのも相当苦労したんだ。中古のぐち聞きロボットをおれ用にカスタマイズするのに...。

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