ショート・ストーリーのKUNI[94]桜
── ヤマシタクニコ ──

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ぽかぽか陽気の続く3月に桜の木たちがおしゃべりしていた。
リチャードが言った。
「ああ、なんだか体がむずむずしてくるなあ」
「そうだなあ」
デビッドも言った。
「もう咲く準備をしたほうがいいかなあ」
フランシスも
「また一年たったんだなあ」
ブライアンも
「あっという間だなあ」

するとベルナルドが言った。
「おれ、今年は咲くのやめようかと思うんだ」
「え、なんで」
「やめるって、咲かないってこと?」
「咲かなくてどうすんの?」
「あ、わかった」
デビッドが言った。

「宴会がきらいなんだね。わかるよ。ぼくも、毎年毎年自分の足元で人間たちが酒盛りやって、わめいたり暴れたりするのにはうんざりしてるんだ」
「わかるわかる。ゲロ吐いたり」
「根元におしっこかけられたこともあるよ!」
「そうだな。それを思うと咲くのやめようかって気にもなるよな」

「名案があるよ! わざと根っこを持ち上げて、でこぼこにするんだ。こんなふうに。そしたら人間たちはござを敷きにくいし、敷いてもお尻が痛いからやってこないよ!」
「毛虫をいっぱい上から落としてやれば?!」
「毛虫はまだいないよ。葉っぱが出ないと」



「いや。ベルナルドが言ってるのはそんなことではないのかもしれない」ジョナサンが言った。
「じゃあなんだよ」
「おれにはわかるよ。おれも時々思うことだ」
「なんだよ。もったいぶって」
「早く言えよ」

「いっせいに咲いていっせいに散るっていうのがいやなんだよ。おれたち桜ってそこがいいとかいわれてるだろ。一種のきめつけ。そのへんに対する異議申し立て」
「そうなのか!」
「確かに、そりゃあわからないでもないけど」
「じゃあばらばらに咲けばいいのかい?!」

「ベルナルド、そうなのかい? ジョナサンが言うような? もしそうなら...ぼくたちも考えないでもないけど」
「でも、いっせいに咲いたほうがきれいじゃないか?」
「人間にとって都合がいいだけさ」

「好きなときに咲いて好きなときに散る。ベルナルドはきっとそうしたいんだ。いまは個の時代だからな」
「おいらもその気持ちはわかるけど、そうじゃないかもしれないぜ!」
オリバーが言った。

「なあ、空という字をじっと見てるとそれがほんとに昔からある空という字なのか、それともいま自分が適当に線を並べただけのものかわからなくなるだろ! それと同じで、毎年毎年咲いてるといったいどうやって咲いたらいいか、時にわからなくなるじゃないか? おれなんか毎年、『はて、花を咲かすにはどうしたらいいんだっけ? 先に葉っぱを出してあとからつぼみをふくらますんだっけ? 先につぼみがふくらんだところで葉っぱが出るのを待って、咲くんだっけ? それとも葉っぱと花が同時だっけ?』と悩むんだ。ベルナルドもきっとそうやって、だんだんわからなくなってきたんだよ!」

「そんなのはおまえだけさ、オリバー」
「今度わからなくなったらみんなに聞くことだな」
オリバーがしゅんとなったとき、ベルナルドが言った。太陽の光に目を細めながら。
「悪いが、おれが考えてることはごくごく個人的なことなんだ。なんだか最近、満足いく咲き方ができなくなってるっていう」

「満足いく咲き方だ?」
「そんなこと考えてたんだ!」
「もちろんだよ」
「おまえ、変わってる...じゃない、アーティストだもんな!」
こほんとせきばらいをしてベルナルドが言った。

「そりゃあ今年だって...咲こうと思えば咲ける。並以上の咲き方はできる自信がある。人間たちはそれを見て『ああ、きれいだ』と言うだろう。写真だって撮るだろう。だけど、自分自身で満足できない咲き方じゃ意味ないんじゃないかって思うんだ。去年も、なんだか咲いてて心のどこかが寒かった。これじゃない、これじゃないんだ、って。いくら賞賛されようと関係ない。自分の目がいちばん厳しいんだ」

「そうなんだ」
「おれはそんなこと考えたこともなかった」
「おれたち、ただ何となく咲いてたよ!」
「ベルナルドはえらい!」
「じゃあ...無理しなくていいよ。な、みんな」
「うん、ちょっとさびしいけど、なんとかなるし」
「もし、咲く気になったら咲けばいいし、な」

それが3月上旬のことだった。そのあと、この街からそう遠くないところで大きな災害があった。たくさんの命が失われ、たくさんの家やものが押し流され、書いても書いても書ききれないほどの悲しみが生まれては降り積もっていった。

4月。

「おおい、みんな元気か」
「ああ、元気だよ」
「そろそろいこうか」

「うん。世間ではたいへんだったけど、いよいよおれたち咲くときがきたみたいだ」
「そうだな。なんか人間たちを見てると元気がなくてつらいけど」
「ここはおれたちの出番!」
「そうとも。今年はいつもより派手に咲いて」
「宴会でもなんでもやってもらおう!」

と言いながらみんなはふとベルナルドのほうを見た。みんなはすでにピンクのつぼみをもりもりふくらませて、いつでも咲けるようスタンバっていたが、ベルナルドはまるで冬どきと変わらなかった。やっぱり咲かないのか。

それからみんなぽつぽつと咲き始め、三分咲き、五分咲きになり、町内会の人たちが夜桜のために総出でぼんぼりをつけてまわったときもベルナルドにだけは春が来てないみたいだった。人間たちがぼそぼそと話すのが聞こえた。
「この木、調子悪いようだな」
「もうだめなのかな」
「病気なら市役所に連絡して伐採してもらおうか」
みんなはどきりとした。ベ、ベルナルドオ!

いよいよ明日から町内の桜まつりという晩。
リチャード、デビッド、フランシス、ブライアン、オリバーたちは花のないベルナルドを横目に、必死で策を練っていた。

「いいか。おれが右のこの大枝、ベルナルドと重なるあたりにに重点的に花を咲かせる、フランシス、おまえは左の枝を思いっきりひろげろ。ブライアンは斜め後ろから下の方の枝を広げてカバーする」
「そ、そんなことでベルナルドを隠せるかい」
「ベルナルドはけっこうでかいし...」
「い、いっそのこと、みんな早めに散ってしまわないか。そのほうが目立たなくていいのでは!」
「でも、満開にもなってないし、おかしいよ、そんなの...」

そのとき、めきめき、と音がした。驚いてみんながそちらを向くと、ベルナルドの枝という枝のつぼみがおそろしい勢いでふくらみ、それがぷつ、ぷつ、という音とともにポップコーンみたいにはじけたと思うと、ばらららららららららららららららららららら! と花弁を広げているのだ。その数、何万、いや何十万。あっというまに七分咲きにまでなった。

「ベルナルド!」
「おまえ!」
「咲いたのか!」

ベルナルドは照れくさそうに笑った。それから解説を始めた。今年の自分の咲き方について。

「おれはこれまで、つぼみ時にボルトリン組織の上部2A体をまず起動させ、その後スキナーマントル法によってレイヤーを重ね、アダムス統合したうえでアルザックエフェクトを25%かけていた。そうすると常にゴムランの霧といわれるノイズと微細なちらつきが発生する。花弁の彩度も低くなり、補正しようとするとゆがみが生じる。おれはこれがいやでいやでたまらなかった。何か、何かこれを解決する方法はないものか。去年のシーズンが終わったころからおれはひたすらこの難問と闘ってきた。答えはないかにみえた。しかし、ゆうべふと思いつき、ゴムランの霧が発生しない方法を考えた! くわしくは言えないが、ニルヴァニヨンの伝説といえばわかるやつにはわかるかも知れぬ。この手法で、おれはこれまでにないほど鮮やかな色調で、しかも短時間で花を咲かせる技法を確立したのだ!」

ベルナルドの口調は熱を帯び、いまにも樹皮から湯気が立ちそうだった。
「そ、そうだったのか!」
「アーティストならではの苦悩だったんだな」
「なんだかわからないがおめでとう!」
「おまえはおれたちの誇りだ!」
「伝説の桜、しかも」
「早咲きナンバーワン・ベルナルドの誕生だ!」
桜まつり前夜はかくしてベルナルド復活を祝う夜になったのであった。

翌日、町内会の桜まつりはいつものように行われた。住民たちはリチャード、デビッド、フランシス、ブライアン、ジョナサン、オリバー、そしてベルナルドにつけられたぼんぼりの下で「やっぱり桜はええなあ」「よう咲いてくれた」と言いながら機嫌良く花を観賞し、飲んだくれ、下手なカラオケを歌い、暴れ、ゲロを吐いた。今年のベルナルドが特に美しいと言う人はまったく、ひとりも、全然いなかったが、ベルナルドによると「もともと大衆による評価なんか気にしちゃいない」のだそうだ。

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このたびの震災に遭われたみなさまに、お見舞い申し上げます。みなさまが心から笑える日が早く訪れますよう、大阪の地で祈っています。