ショート・ストーリーのKUNI[99]ボバンバ王国
── ヤマシタクニコ ──

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地球のどこか、美しい青い海に囲まれていながらも伝説の悪の王国といわれる国があった。その名もボバンバ王国。

「王様、チャンスです」
「なんのチャンスじゃ、総理大臣」
「日本に行きましょう」
「日本に? なんでまた」
「日本は最近大きな地震と津波に襲われました。たくさんの人が犠牲になりました」

「え、そうなのか。たいへんじゃないか」
「しかも政治が混乱のきわみで国中むちゃくちゃになっています」
「それは知らなかった。で、お見舞いに行こうというのだな」
「いえいえ」
「じゃあなんだ」

「王様。わが国は悪の王国といわれております。むかしから悪いことばかりしている極悪非道な国です。お見舞いになんかいきません。混乱に乗じて、何かよさそうなものがあればこれ幸い、自分のものにしてしまおうと。かんたんにいえば火事場泥棒です」
「何というアンモラルなことを。だめだ。絶対だめだぞ」



「だいじょうぶです、王様。つかまったりしませんから」
「そういう問題ではない。人の弱みにつけこむなんて最低じゃないか」
「でも、もともと悪の王国なんですよ」
「でもだめ」
「だめじゃない」

「ううむ...大臣を怒らすとあとあとめんどうだし、でも火事場泥棒なんてことは絶対にしたくないし...困った困った...ううむ...ううむ...とりあえず賛成したふりをして、頃合いをみてなだめるというのが大人のやり方だな。私としてはひそかに日本でボランティア活動でも...」
「王様、何をぶつぶつ言っておられます」
「ああ、なんでもないなんでもない」
「ではさっそく出発しますよ」
「そ、そうだな。わかったわかった。出かけよう」

そういうわけで、王様と総理大臣はボバンバ湾から大海原に船を出し、日本を目指した。勇ましく国歌を歌いながら。

ボバンババンボンブンボバンバババボバンボブンボンブンボバン
いつもおいらは泣かない どこまで燃えるいのち

「いつ聞いてもいい歌だなあ。ボバンバ国歌は」
「まったくでございます」
「なんだか狼少年ケンの歌と似ているような気がしないでもないが」
「気のせいです。それとも、向こうがまねしたんでしょう」
「そうかなあ」
「だいたいそんな古い歌、もう誰も知りませんよ」
「それもそうだな」

ボバンババンボンブンボバンバババボバンボブンボンブンボバン
いつも元気に雄々しく 強いおいらはくじけない
がっちりはなすなあの星 嵐はまたくる

「しかし大臣」
「はい、王様」
「私は日本の大災害について何も知らなかった。おまえはなんでもよく知っているのう」
「はははは。情報を制するものが世界を制するのですぞ。私は毎日スマホでネットをチェックしております」

「そうか。さすが大臣じゃ。それはそうと、えーと、その」
「なんでしょう、王様」
「日本がいくら混乱にあるといってもいちおう大国じゃ。わが国とは比べものにならん。なにしろオリンピックも万博も開かれた。H&Mもスターバックスもクリスピークリームドーナツもある」

「スターバックスもクリスピーなんとかも別においしくないじゃないですか。それをいうならわが国にはボバンバ丼があります」
「おお。ボバンバを載せてボバンバソースで味付けした丼。わが国の国民食と言える。まだ世界では知名度が低いが」

「ボバンバ丼はボバンバの誇りです。そうだ、混乱に乗じて火事場泥棒するだけでなく、ボバンバ丼を流行らせようではありませんか。きっと日本でもボバン、ボバンとヒットします。わが国への観光客も増えます」
「なるほど。これは確かにチャンスだな。ははは...いや、そうじゃない。あのな、大臣」
「はい」

「私が言いたいのは、日本を甘くみてはいかんのじゃないかということだ。悪いことをすれば絶対、その」
「だいじょうぶです」
「なんでだいじょうぶなのだ」
「王様。王様はご存じないでしょうが、私は毎日有名な『3ちゃんねる』というところに入り浸っております。ここでの情報によりますと、日本ではこの夏は電力が不足している、ことになっているそうです」

「ふむ。それで」
「クールビズとかいうものがはやってるそうです」
「クールビズ」
「はい。みんな涼しいかっこうをしようということです。それで、なんと、すててこがはやっているそうです。猫も杓子も女子高生も国会議員もすててこ」
「えっ。ほんとうか」

「ほんとうです。3ちゃんねるに書き込まれていたことですから間違いありません。国民みんなすててこにサンダルなのです。そんなかっこうで気合いが入ってるはずがありません。私が今こそチャンスと言った最大の根拠はそこにあります。そんなゆるゆるの国で悪の王国ボバンバ王国の総理大臣がつかまったりするはずないじゃないですか。もう盗み放題ですよ、きっと」
「なるほど、一理あるな。はははは...あ、いやその、だから」

ボバンババンボンブンボバンバババボバンボブンボンブンボバン

「大臣」
「はい、王様」
「日本はまだか」
「日本は遠いのです。隣国のビビンバ国にいくようなわけにはいきません」
「しかし、国を出てからもう30日も経ってしまったぞ」
「え、そんなに」

「おまえ、ひょっとして道に迷ったのではないか」
「ま、まさか!この船にはちゃんとナビもついて...いるんですが...おかしいなあ」
「別に何日かかってもいいんだよ。もともとあまり気乗りしてないし。でもそろそろ着替えのパンツがなくなってきた」
「王様、パンツを使い捨てしてたのですか! 洗濯せずに」
「そうだよ」

ボバンババンボンブンボバンバババボバンボブンボンブンボバン

船はUターンして王様のパンツを大量に積み込み、また出発した。
「王様」
「何じゃ、大臣」
「Uターンして戻るときにさらにコースがずれたようです」
「ふうん」
「もうどこにいるのかわからなくなりました...」
「ええっ。国を最初に出てからもうふた月はたっているぞ」

「なんとか日本に着けば火事場泥棒でがっぽがっぽと稼げると思うんですが」
「まだそんなことを言っておるのか。あきらめて早く帰ろう」
「でも、ナビがほとんど死んでます」
「それはその...えっと、早い話、われわれは漂流していると」
「そのようです」
「ああ、なんということだ。やっぱり罰が当たったんだ」
王様はめそめそ泣き出した。

そのとき漁船が通りかかった。ふらふらしている二人の船を見ると向こうから声をかけてきた。
「おーーーい。だいじょうぶかーーー」

「ううむ、何を言ってるのかよくわからないが、たぶん心配してくれてるのだろう。よし、それでは」
王様は両手で大きく「○」をつくって見せた。ほんとは限りなく「×」に近い状態だが、ついみえを張ってしまったのだ。

漁船からさらに何人かが、それを見て声をかけてきた。
「えがったえがったー」
「どごさ行ぐのが知んねが、けっぱれーーー」
「あぎらめねで、けっぱれーーー」

「何を言ってるのかまったくわからんが、われわれを励ましてくれてるみたいだ」
「そのようですね」
王様と総理大臣はなんだか元気が出てきて、漁船に向かって手を振った。

ボバンババンボンブンボバンバババボバンボブンボンブンボバン
いつも元気におおしく 強いおいらはくじけない
がっちりはなすなあの星 嵐はまたくる

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