「社長、社長」
「ん、だれかと思えば秘書のタルモトくんか」
「社長、居眠りしてる場合じゃありません。たいへんです」
「何がたいへんじゃ」
「明日、ラッキー商事の社長さんが来られることになりました」
「ああ、ラッキー商事さんか。むかしからお世話になっておる。今年のうちの創業50周年のときはお祝いにと観葉植物をひと鉢持って来られたな」
「はい。ドンドンチクという縁起のいい植物。日本ではなかなか手に入らないということでした」
「そうそう、ドンドンチク。どんどん葉が茂ってその家や店にどんどん幸運をもたらす。まれに花が咲くと、ますますけっこうという、そういう植物だったな」
「そうなんですが、その」
「その?」
「社長には黙っていましたが...そのドンドンチクがちょっと具合が悪くて」
「えっ。育てやすい植物じゃなかったのか」
「付属の説明書にはそう書いてありました。ほとんど世話らしい世話もしなくていい、時々水をやるだけで基本ほっとけばいい、かまいすぎるとかえってよくないということでした。それで思いっきりほっといたんですが少しずつ枯れてきまして」
「枯れてきた」
「ん、だれかと思えば秘書のタルモトくんか」
「社長、居眠りしてる場合じゃありません。たいへんです」
「何がたいへんじゃ」
「明日、ラッキー商事の社長さんが来られることになりました」
「ああ、ラッキー商事さんか。むかしからお世話になっておる。今年のうちの創業50周年のときはお祝いにと観葉植物をひと鉢持って来られたな」
「はい。ドンドンチクという縁起のいい植物。日本ではなかなか手に入らないということでした」
「そうそう、ドンドンチク。どんどん葉が茂ってその家や店にどんどん幸運をもたらす。まれに花が咲くと、ますますけっこうという、そういう植物だったな」
「そうなんですが、その」
「その?」
「社長には黙っていましたが...そのドンドンチクがちょっと具合が悪くて」
「えっ。育てやすい植物じゃなかったのか」
「付属の説明書にはそう書いてありました。ほとんど世話らしい世話もしなくていい、時々水をやるだけで基本ほっとけばいい、かまいすぎるとかえってよくないということでした。それで思いっきりほっといたんですが少しずつ枯れてきまして」
「枯れてきた」
「はい。一枚、二枚のうちは、まあ、たまたまかなと思ってましたが、どんどん枯れた葉が増える一方。みるみるうちに半分くらいの葉っぱが茶色になり、それがどんどん抜け落ちていきます。特に思い当たることもなく...」
「それはたいへんだ。ラッキー商事の社長さんは、一見愛想がいいが実はかなり気むずかしいところがある。機嫌を損ねたら何をするかわからん。せっかく心をこめて贈ったドンドンチクが枯れたと知ったら、わが社とのつきあいもおしまいかも知れん」
「マジですか」
「手をこまぬいている場合じゃない。何か対策はとったのか」
「も、もちろん取りました。社長もご存じの通り、うちの会社にはいろんな経歴や技術の持ち主がいます」
「おお、そうだ。そこがうちのような小さな会社の強みだ。自慢じゃないが新卒一括採用なんて無縁。みんな中途採用、年齢も経歴もばらばらの人間が寄り集まっていてバラエティに富んでいる。いざというときはそれがものをいうのだ。はっはっは」
「その通りです。そこでまず、営業部のヤマザキさんに見てもらいました。彼はうちの会社に来る前は、ホームセンターの園芸用品コーナーに勤めていました」
「そうか。ヤマザキくんはうちの社ではぱっとせんが、そういう経歴だったのか。ばっちりじゃないか」
「ヤマザキさんはひと目見るなり『これは枯れ葉病です』と断言しました」
「おお! ...そのままだな」
「そして枯れ葉病に効く薬剤を与えました」
「ひと安心だ」
「ところが全然薬が効きません。枯れ葉が増える一方。ほかの薬にかえてみてもさっぱりです。茶色に枯れた葉はどんどん増える一方。あっという間に7割くらいが茶色になり、ばらばらと抜け落ちていく」
「何だ。園芸用品コーナーの経歴はどうした」
「いや、園芸用品コーナーでぱっとしなかったから辞めて、うちに来たそうでして」
「ああ、そうか。困ったなあ」
「そこで思い出したのが広報課のオニヅカさん。彼はうちにくる前は美容師をしていました。発毛促進に効果のある頭皮マッサージが大得意だったのですが、店がつぶれてうちに来ました。彼に頼んでみました」
「そういう人材もいたか。探せばいるもんだな。そうか、頭皮マッサージをドンドンチクに施せば、どんどん芽が出てどんどん葉っぱが」
「と思ったのですが、よく考えたらドンドンチクには頭皮がありませんでした」
「よく考えなくてもわかるだろ」
「オニヅカさんもドンドンチクの前で途方に暮れていました。せっかくのスキルを生かせる機会だったのですが」
「ドンドンチクの前に行くまでもないだろ。ああ、他に人材はいないのか」
「そこでふと思い出したのが、経理のタムラさん。彼女はついこの前まで幼稚園の先生をしていました。幼稚園の先生といえば、ほめたりしかったりしながらやる気を出させる、いわば『芽をのばす』プロじゃないですか」
「なるほど。いいところに気がついた」
「それでタムラさんに頼み込みましたところ、一生懸命ドンドンチクをほめたりあやしたりしてました。さすがプロですね」
「ふむふむ」
「ところが、あのドンドンチクがやや問題児だったようです。いつまでたっても芽が出ないのでタムラさんがちょっときびしくするとすねてしまいました。残っていた葉を自分でわざと枯らしてしまったんです。どう思います、そんなドンドンチク」
「ええっ。それじゃすっかり枯れてしまったのか。ああ、どうしようどうしよう。ほかにだれかいないのか」
「ぼくもほとほと困ってしまったんですが、そこで思い出しました」
「まだいたのか。心配させるなよ」
「先月入ったばかりの新人のニシキオリさん。神主をしていたそうです。さっそく頼んでおはらいをしてもらいました。なにかにとりつかれているのかもしれませんからね。ドンドンチクが」
「とうとう神頼みか。まあこの際なんでもいいよ、効果があれば...」
「で、ニシキオリさんが榊を手にすごい形相でぶつぶつと何か唱え始めましたところ、今は細い幹だけになっているドンドンチクが身をよじって苦しみ始めました」
「おお!」
「どうなることかとはらはらしながら見ていると、急に轟音がして目のくらむような稲妻が光ったかと思うと、あたり一面ものすごい白煙に包まれ、何も見えなくなりました。そしてその白煙が薄れてみると鉢はからっぽ」
「ええっ」
「どうやら、その、ドンドンチクそのものが...おはらわれてしまったようです」
「なんだ、ドンドンチクは穢れそのものか、悪の化身か。よくわからんな。しかし、ラッキー商事にそんなことを言うわけにいかんじゃないか。ああ困った。どうしよう。あの社長さんににらまれて、つぶれた会社がいくつあったことか。君らはどうなってもいいが、わしまで巻き添えになるのはごめんだ」
「それを巻き添えというのかどうか...ううん...社長、思い出しました! ほら、一週間前に営業部に入ってきたオオヤブさん」
「いたかなあ、そんなやつ。もういろんなとこからどんどん入っては辞めていくんで覚えてないよ。そのオオヤブがどうした」
「数十におよぶ会社を転々としてうちにたどりついたようですが、趣味でやってる甲賀流忍術がもはや名人の域に達しており、何にでも化けられる、と履歴書に書いてありました」
「なんだそりゃ...やってもらえ!」
そういうわけで翌日、応接室ではオオヤブさんが化けたドンドンチクが青々と葉を茂らせていた。どこから見てもドンドンチク。もとのより立派かもしれない。と思ってたら、ラッキー商事の社長が来た。
「これはこれはどうも、お世話になっております。本日はまたお忙しい中をお越しくださいまして恐縮でございます。先日いただいたドンドンチクも、あのように葉を繁らせております。いやありっぱなものをいただきまして、感謝しております」
「ああ、ドンドンチクか」
ラッキー商事の社長はドンドンチクに近づき、間近でしげしげと見た。
「これはなんだか見たことあるような気がするなあ」
「それは当然でございます。貴社からいただいたドンドンチクでございますから」
「いや、そういう意味ではなく...以前うちの会社に忍術の名人がいて、最近辞めたんだけどね」
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なんと今回で連載100回目だそうだ。レベルの高いものを書いてかっこよく100回記念にしたかったのに、なんですかこれは。しかも前回が「ボバンバ」で今回が「ドンドン」とは。いや、そうではなく、100回も載せてくださってありがとうございます>デジクリさま。そして、読者のみなさん、これからもよろしくお願いいたします。
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