ショート・ストーリーのKUNI[103]苦情
── ヤマシタクニコ ──

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「ピンポーン」
チャイムが鳴り、それに続いて
「こんにちはー」
「大川さーん」

呼ばれておれは跳ね起き、いそいそと玄関に立った。アマゾンに注文した外付けハードディスクが届いたんだと思い、ハンコも手に持って。

なのにドアを開けるとそこに立っていたのは宇宙人二人だった。よくある緑のぬるぬるした皮膚に昆虫みたいな複眼のでっかい目、触覚らしきものと尻尾もあって、でも直立歩行してるってやつ。

「なんか近所でコスプレイベントでもやってんの?」
「コスプレじゃない。ほんとの宇宙人なんだけど」
背の高いほうが目をぎろぎろさせて答えた。



おれは眠くてつきあいきれなかったからドアを閉めようとした。
相手はとっさにさっと左足をはさんだ。
「足、どけろよ」
「だめだよ。こっちは用事があってきたんだから」
「何の」
「最近おれたち困ってんだよ」
「おれたちって」
「だから宇宙人」

「宇宙人ってどの星の」
「どの星、じゃない、宇宙に住んでるから宇宙人」
「ふうん。悪いけど、おれ、寝たのが5時半なんだよ。まだ10時だし。寝直すから」
「勝手なこというなよ。どうせだらだらユーチューブ見てたんだろ」
「ほっとけよ」

「あのさ。おれたち、宇宙をまたにかけて生きてるんだ」
「はあ」
「それで宇宙のあちこちから食料を調達してるんだけど、実質ほとんど地球からなんだ」
「え、そうなんだ」

「ああ、食えるもん求めてどこにでも行く。おれたち『宇宙人』は決まった土地を持たないからな。火星や金星の表面にちょっとだけ生えてるコケみたいなの取っても正直まずい。木星のまわりには綿菓子みたいな宇宙カスミがあって味は悪くないが腹持ちしない。その点、地球の海はうまい魚がいっぱいいるだろ。熱燗に刺身なんてこたえらんねえっつうの」

そうだったのか。おれたちの知らない間にこいつら宇宙人がこっそりやってきて食料を取ってたのか。シーシェパードは何も言わないのか。この外見でやってたら目立つと思うけど。いや、ひょっとしたら知らないのはおれだけなのか。ていうか、おれ的には熱燗より冷酒が。

「ところが最近地球ってやばいだろ」
「やばいって」
「魚なんかすっごい汚染されてるじゃん。測定してびっくりだよ。野菜もだけど。道理で味が落ちてるはずだ。今まで地球の食材は汚染されてないからうまいという評判で高く売れた。『地球直送』っていうだけでみんな飛びつくから。それが...おまえらは何も感じてないみたいけど、おれたち宇宙人の舌はごまかせないんだ。これじゃよっぽど値下げしないと客は納得しないね」

しゃべってるのは背の高いほうばかりで、低いほうはうん、うんとうなずいているだけだった。

「だからな。別に損害賠償しろとまで言わないけど、何とかしてほしいわけ。宇宙漁師の生活問題なんだ」
「いや、それって」
「それって何」
「おれに言ってもどうしようもないじゃん。おれ、別に総理大臣でもなんでもないし」
「そんなこと言うならおれたちだって、別に宇宙人代表ってわけじゃないよ」
「そうだろ?」
「そうだよ?」
「...おれもう寝るし」

「おまえな。いまはフラットな時代なんだぜ。だれでも情報発信できるんだ。総理大臣だって一般人だっていっしょ。ツイッタとか、やってない?」
「やってるよ」
「じゃあそこで広めるとかすれば」
「えー...うざ」
「やれよ、それくらい。おれたち宇宙人てのも、だれが代表とか大統領だとか決まってないんだ。まあ、フリーのクリエイターの寄り集まりみたいなもんでさ」

「ふうん」
「これはこれでたいへんなんだけど、まあいいさ。ぐちってもしょうがないし。ほんと、頼むよ。今言った海の汚染の件と、それともうひとつ」
「まだあるのかよ」

団地の階段は絶えずだれかが上がって来たり下りて来たりする。
落ち着かない。

「おまえ、宇宙ごみって知ってるか」
「聞いたことあるよ。人工衛星とかロケットのくずとか...だっけ?」

「ああ。それが高速でぐるぐる地球のまわりをまわってて、危険なんだよ。漁船...地球の海の魚を取りに行く船だよ...にときどきぶつかりそうになってさ。いや、実際にぶつかって被害者も出てるんだ。なあ。ほら、おれたちの同級生のあいつ」

急にふられた相棒はうんうんとうなずいた。触角がゆさゆさと揺れる。

「残された奥さんと子どもがかわいそうで...生きていくために働かないわけにいかないじゃないか。危険があるといっても...つらいよ...二度と悲劇を繰り返さないよう、おれたち誓ったんだ。『ノーモア・タクヤ』と」
「タクヤって、友達の名前が?」
「日本人風の名前がはやってるんだ」
「そうなんだ」

アマゾンからの配達人がやってきた。
「大川さんですか」
「あ、はい。えっと、ハンコですね...はい、これ」
「毎度ありがとうございます」

配達人は宇宙人をちらと見て軽く会釈して帰って行った。

「...えっと。なんだっけ」
おれはハードディスクの入った段ボールを抱えたまま言った。
「だから...その...これ以上宇宙ごみを増やさないでほしいんだ」
「だから、おれに言うなって」
「なんで」
「おれにその、人工衛星とかロケットって関係ねえじゃん」
「そう思うだろ」
「ああ」
「こんなものもあるんだぜ」

宇宙人が背の低い相棒に目配せすると、相棒は何やら薄っぺらいものを差し出した。おれはそれを見て驚いた。

4年2組 大川ひろし

おれの小学校時代の通知表だった。
「ななななんでこんなもんが!」

「何年か前に具合の悪いものを段ボールにまとめて、リサイクル業者に出さなかったか? 普通の業者なら引き受けないようなものでも処分するような業者に」

思い出した。結婚するときにいろいろ...彼女に見られたらやばいもの、はずかしいものを処分するのに、ちょうどまわってきた業者の車に頼んだのだ。無料で何でも処分してくれるし、秘密厳守と言ってたし。

「おれたちの仲間にもリサイクル業者がいてね。地球の業者とつながってたりするんだよ」
「まじかよ」
「中にはたちのよくないやつもいて、そこらに不法投棄するからますます宇宙にはごみがあふれる」
「でで、でもそれってそっちの責任だろっ」
「そりゃそうだけど、そもそも変なものを出さないでくれたらいいじゃないか」

宇宙人はおれのはずかしい通知表をぺらぺらと揺らしながら言った。どうしてもいまのヨメには見せられない「2」と「3」ばかりの通知表だ。いまでこそ派遣だが小中学校時代は優等生だったと言ってるのだ。それに、通知表だけじゃない、通知表はまだなんとかなるが、あのとき処分したのは、えっと...ああっ。おれは思わず家の中を振り返ったが、もちろんヨメは今はパートに行ってる時間帯だ。

下からだれかしゃべりながら上がってくる。真上の岡崎さんの奥さんだ。
「こんにちはー」

おれを見て会釈する。宇宙人にもにこっと笑いかける。宇宙人たちも会釈を返す。おれは暗黒の宇宙をぐるぐるまわる自分のはずかしいものの数々を思い浮かべた。
「てことで、わかってくれるよな」

まいったなあ。

【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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パソコンはあまり使わないけど、携帯メールならおそろしいスピードで長文を打てるという人がいる。片手で持ったままばんばんと。そういう人はいわゆるスマホに変えたら勝手が違ってやりにくいと嘆いている。その点、私、自慢じゃないが、とうとう携帯のメールに慣れないままだった。だからiPhoneにしてもどうってことない。良かった。いや、どっちでも遅いだけだけど。

パソコンのキーボードを使うときもブサイクな、人前でとても打てない打ち方なのでコンプレックスになってたが、これも、そのうち「別にどうでもいい」ことになるような気がする。早く、そうなれ。