ショート・ストーリーのKUNI[107]賞の時代
── ヤマシタクニコ ──

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「先輩、いてはりますか」
「おお、石田やないか。ひさしぶりやな。どないしたんや」
「別に用事はないんですが、近くまで来たんでおじゃましました」
「ああ、そうか。まああがれ。散らかってるけどな」
「...ほんまに散らかってますね」

「いや、謙遜したつもりやったんやけど」
「こたつの横に目覚まし時計はわかりますが、まな板にアイロン、フライパンのふたに湯かき棒までありますけど」
「気にすんな。小説を書くときは余計なことをせんと小説に集中したいやろ。しやから無駄をはぶくためにぜんぶ手元にそろえてるわけや」

「ということは先輩、まだ小説書いてはるんですね」
「あたりまえやがな。おれから小説をとったら何が残る」
「さすが先輩。で、何か賞に応募したりしてるんですか」
「まさか」
「え、してないんですか」

「おれは自分の書きたいものだけを書くんや。賞のために書くわけやない」
「先輩がそんなかっこええこと言うとは思ってませんでした。おみそれしました。しやけど、賞をとったらそれなりにいいこともあるでしょ」
「いらん、そんなもん」

「実は、ほら、文芸部の後輩で馬田君というのがいたでしょ」
「おお、おったな。妙に文才のある、いやなやつやった」
「あいつが最近、賞を取ったそうです」
「ええっ」
「カワカド出版の『やせ時代文学賞』」
「野生時代。すごいな」

「いえ、やせ時代。ダイエットにテーマを限定した賞らしいです。なんと、賞金が300万円」
「たいしたことないな。300万円では牛丼1万杯食べたらおしまいや。ああ、しょうむな」
「十分でしょ」
「おれは牛丼のために小説を書くわけではないっ」




「いや、もちろんです。でも、やせ時代文学賞を取ったら、その後は次々に作品を掲載してもらえるんです」
「次々書かなあかんのか...しんど」
「いや、いざとなったら何とかなるもんちゃいますか」
「そうやって、だんだん売れっ子になるやろ」
「そうですね」

「売れっ子になったら街を歩くのもサングラスにマスクして野球帽でスニーカーで歩かなあかんやろ。まるでどろぼうや。おれはそんなことはいやや。なんでこそこそせなあかんねん」
「別にこそこそせんでもよろしいやん。それより、文芸部の先輩で白熊さんという人がいたでしょ」

「あーおったおった。忘れもせん、おれがテニスのラケットを借りてそのままにしてたらしつこく返せ返せと言うてきたずうずうしい先輩」
「どっちがずうずうしいんですか」
「あれがどないかしたか」
「あの人も最近賞を取ったんです」

「ええっ」
「家電メーカーが募集した『乾電池文学賞』に応募してみごと大賞」
「なんやそれ。単三か単一か」
「いや、知りませんけど、なんか乾電池にまつわるお話、だったらいいんじゃないですか。乾電池があったから恋が芽生えたとか命が助かったとか感動したとか」
「ふうん」

「それから後輩で犬島くんというひとがいたでしょ」
「おったおった」
「犬島君も最近、賞を取ったんです。『うどん屋大賞』」
「うどん屋大賞」

「全国の小説好きのうどん屋さんが選ぶ賞だそうです。うどんに対する愛が感じられることが条件だそうで。先輩も来年の賞に応募したら」
「おれはうどんはきらいや」
「ラーメン屋大賞もあるかも」
「いらん」
「それから、ギター部にいた猫林」
「おお、猫林な。あいつがどうした」

「あいつもいつの間にかホラー小説を書いていたようで、賞を取ったんです。『怖そうで怖くない少し怖い小説大賞』。賞金が50万円、副賞がホ・ラー油」
「おまえ、今うまいこと言うたつもりやろ」
「いえいえ」

「それから、文芸部の大先輩の鼠田さんは『シニアお達者文学賞』というのを取りました。賞金は30万円ですが、入院一日につき5,000円出るそうです」
「保険か。いやしかし、みんな、いろいろ賞を取ってるもんやな」
「どうです。これだけ聞いたら、先輩も何か応募しようという気、起こりませんか」
「起こらんなあ」

「えーっ」
「あのな。今はそういう時代やない」
「そうなんですか」
「おまえは知らんと思うけど、今はな。電子書籍の時代や」
「電子書籍」
「そうや。この流れはとめられん」
「はあ」

「パソコンはタブレットやし、キンドルがえらいことやし、面白い恋人は訴えられる時代や。ウィキペディアの何とかいう人からのお願いも読まなあかん」
「はあ」
「そういうもんやねん」
「ようわかりませんけど」
「わかったらええねん」

「いや、わかりませんと...」
「なんでわかれへんねん。おれは常に時代の半歩先をいく人間や」
「はあ」
「電子書籍の時代にいまさら文学賞でもないやろ」
「電子書籍対象の賞もあるんですけど」
「えっ」

先輩はがっくりと倒れ、そこにあった湯かき棒とフライパンのふたとアイロン
で打撲傷を負った。
「ほなしゃあないな...応募せなあかんか」

「ほんまですか。やっとやる気になったんですね。ぼく、ずっと前から思てました。これだけいろんな賞があるんやから、先輩もだらだらしてんと、がんばったらまぐれでどれかにひっかかるかもしれないと。ぼくは先輩にがんばってほしいんです。先輩の才能を信じてるんです」
「よし。おまえのためにがんばるわ。万一売れっ子になってもがまんしょう」

「やった! ほな、さっそく始めましょう。ぼく、調べてきたんです。えーっと。とりあえず来月末締切の『九州温泉めぐり小説大賞』と『焼肉文学賞』と『なにわSF大賞』、『洋傘協会主宰・雨の文学大賞』、『全国ブロッコリ協同組合主催・愛のブロッコリノベル大賞』をねらうことにしましょう。いや、どれかひとつでもあたればいいです。原稿を送るときはぼくも手伝いますから賞金は山分けで。ぼく、あの、実は借金がありまして...」
「なんじゃそら!」

そういうわけで、先輩は小説を書き出した。

おれはブロッコリである。名前はまだない。いまは西暦2450年、おれのいるところはかつてなにわと呼ばれた地区だ。おれは実はロボットだ。ブロッコリロボットだ。おお、雨なのにどこからか九州の湯けむりが

ここまで書いて先輩は行き詰まった。

(注)ここに登場する賞はすべて架空の賞です。

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コンデジの調子が悪くなったのでカメラ店に持って行った。店は単に取り次ぐだけで、後日修理の専門店(?)から「修理費がこれこれですがどうしますか」との連絡がはがきで来た。かなり高いので「修理せずに返却」を選択(ネットでも手続きできたので、ネットでその日のうちに)。

そして、修理専門店からカメラ店に返却され、カメラ店から私に「カメラが戻ってきました」との連絡が電話で来た。この連絡がきたのはカメラを預けてから「16日後」。こんなものですか? コンデジも安くなって、修理よりはどんどん買い換えるのが普通なのだろうが、いかにもやる気がなさすぎ、のように思えた。