ショート・ストーリーのKUNI[110]メール
── ヤマシタクニコ ──

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何らかの理由で届かないメールがある。
Mail Delivery Systemとかのよくわからない英文とともに送り返されるメール、ならまだいいが、それもないし、確かにこっちの送信済みメールの中には入っているのに、相手には届いていないらしいメール。これらのメールはどうなっているんだろう?

うわさではメールの国の地下世界に、それらのメールたちのたまり場があるらしい。私が想像するに、そこはSF映画に出てくるような複雑な曲面で構成された階層構造を持ち、全体は巨大な樹木のよう。そしてブルーとグリーンの光がたゆたう幻想的な世界。たぶんね。

そしてそこで、届かなかったメールたちは日がな一日、うんこ座りしたりねそべったりしてはぐちを言い合っている。

「ああ退屈だなあ」
革命研究所メールが言う。
「まったくだよ。何の因果でこんな」
大谷ハルメールが言う。

「見なよ。上の方ではあんなにいっぱい、ろくでもないメールが行き交ってるというのに」




断っておくが、革命研究所メールとは送信者のアカウントが「革命研究所」であるという意味、同じく大谷ハルメールは送信者のアカウントが「大谷ハル」であるということだ。

革命研メールが指さした上層部では高速でメールたちが行き交い、ひとときもじっとしていない流れのようだ。
「見ろよ。いかにもなぴかぴかスパム野郎が集団で行くよ。けっこうな数だ」
平田源五郎メールが言う。

「一見かっこつけてるけど頭悪そ」
「6000万円差し上げますとか、簡単に恋人が見つかりますとかいうんだ」
「ああいうのがどんどん届くのにおれたちは届かないってどういうことだ!」
大谷ハルメールが毒づく。

「まったくだ。とはいってもおれの場合、先輩に向けて『先日お借りしたあの、とてもタイトルを書けないDVDの×××××、すいませんがもう少しお貸しいただけますでしょうか』というメールなんでたいしたことないといえるし、それより戻ってきたら自分でもはずかしい、ていうか、ひょっとしてそれを彼女にでも見られたりしたら目も当てられない、ような? だから、おれがここにいるほうが送信者にとってもいいことかもしれないんだけど」
革命研メールが言った。

源五郎メールも言った。
「まあおれの場合も、大したメールじゃない、どころか件名だけ書いて本文書くの忘れて送信してしまったというケースなんだよ。何考えてんだ平田源五郎」

ハルメールも言う。
「おれの場合は息子にあてて『先日送った梅干しは塩と砂糖を間違えて漬けてしまったものなので、できれば食べてほしくないけど手遅れならいいです』という内容で、書いた本人が言うんだから別にいいとも思うんだけど、それにしたって親の愛情がつまってるじゃないか。一応。おまえらとは違うんだぜ、スパム野郎!」

「怒鳴ったって聞こえないさ」
「あいつらだってほとんどは着いた途端にゴミ箱行きだぜ」
「でも届かないよりいいじゃないか」
などと話していると「ああっ」と小さな声がして、上のほうから落下してきたものがいる。
どさっ。

「新入りだ」
「どうした。アドレス間違いか」
「痛たた・・・そうみたい」
新入りはしくしく泣き出した。

「泣くなよ」
「だれだって最初はショックだ。張り切ってビュン! という効果音とともに出発したのにこんなところに落とされて。だけど仕方ない」
新入りメールはしばらく泣き続けたが、やがて泣くのに飽きたようだ。あたりを見回し
「ここって...うわさのメールの墓場?」
「墓場だと?!」
「縁起でもないこと言うなよ!」
「おれたちはゾンビか!」

「まあまあ。怒るなよ、新人相手に」
革命研メールがとりなした。新入りがみんなを見回しながら言った。
「あたし...永遠にここにいなきゃいけないの?」
新入りの送信者は「ヒロキ0208」というらしい。

「永遠、といわれると」
「ちがうような気がするなあ」
「おれたちにもよくわからないけど、ここにいられるのも期限があるらしい」
「ものすごい数だからなあ。メールって」
「物理的に不可能」

「それに、その期限が来なくても消滅していくやつがいる。用済みのメールは消えていくんだ」
「用済み? どういうこと?」
「メールの用件そのものがもう、済んでしまったものはめでたく成仏、じゃない消滅できるんだ。たとえば『今日のオフ会、都合で行けなくなりました』というメールはオフ会が済めば不要だろ?」

「仕事のデータを送ったとか受けたというメールも、その仕事が終われば不要だし」
「でも、そんなのじゃないメールもたくさんある。おれたちメールも、送信者の気持ちもちゅうぶらりんなまま」
「それでも、いつかかたをつけなくちゃならないのさ」

「けっこうシビアなのね」
ヒロキメールはため息をついて下を向いた。
「あんたは...ひょっとして告白メールかい?」
ハルメールが好奇心を抑えきれず聞いた。

「告白、じゃあないけど。中学生の男の子が同じクラスの女の子に送ったメール。ほんとは、心の中ではその女の子が好きなんだけど、それを必死で隠してて、それどころか...デブだとか大根足だとか言ってからかって、それでその子は泣きだしたの。それをすっごく後悔して...ごめんなさいメールだったの、私」
「思春期だ!」
「なんて甘酸っぱい!」

「おれたちとはちょっとちがうな」
「届けなくちゃいけないだろ、これは!」
「でも、君がここに落ちてきたってことは、その気持ちは届いていない」
「そうなの...送信できなかったこともわかってないよね」
「このままじゃ本人、ヒロキは、ごめんなさいメールを出したのにシカトされてる、と思ってしまう...」

「世をはかなむ...」
「ぐれる...」
「あばれる...」
「ろくな大人にならない」

「えーっ! そんなあ!」
ヒロキメールはまたしくしく泣き出した。落ちてきたときみたいに。
「泣くなって」
「だって...」
「かわいそうだけど、おれたちにはどうすることも...」

「できないことはないんだけどな」
革命研メールがすっくと立ち上がって言った。
「え?」
「なんか方法あったっけ?」
「可能性は低いけど」革命研メールは言った。
「時々上の方をMail Delivery Systemが通るだろ」
「ああ、あのこわもておやじ」
「あいつが通ればみんな道をよけてくれるってうわさの!」

「Mail Delivery Systemは先方が受けてくれなかったメールを送信者のもとに連れて帰るわけだけど、ひょっとして、まさにヒロキ0208のもとに向かっているところを発見できたら、それに便乗することができるじゃないか。せめて元の送信者のところに戻れば打つ手はあるというもんだ」
「それはいい考え...いや、でもものすごく確率低いよ」

「メールが何通あると思ってるんだ!」
「スパムの群れのかげに入ったらまず見分けられない」
「それに、いつもかなりの高速でどどどどど! と走るから、声をかけることもできるかどうか...」
「無理だぜ」
「そうだなあ」

「あきらめるか...」
と思ったとき、突然ヒロキメールがつぶやいた。
「あ、あそこ」
「え?!」

みんなはヒロキメールが指さすほうを見た。上のほうの道をたったいま、あごひげを生やし、筋肉隆々の全身褐色男が大木のような、いや、縄文杉みたいな足でどかどかと通っていく。
「Mail Delivery Systemだ!」

なんで今日に限ってはっきり見分けられたかというと、妙にゆっくり歩いていたからだ。そしてその理由はすぐわかった。Mail Delivery Systemときたらもともとでかい身体なのに両手、背中、脇腹に、都合17件ものリターンメールを抱えて、ほとんど「小山」と化していたのだ。そしてのしのしと移動する小山の胸には「全部ヒロキ0208行き」と書いたゼッケンが!

「まともにメール送れないのか、おまえの送信者は!」
「テストでも間違い多そう!」
「ひとごとながら心配になるぜ!」
「しっかりしろよヒロキ!」

みんなにあきれられながら、ヒロキメールはMail Delivery Systemに大きな声で叫んだ。
「おーいMail Delivery System! 私も連れてってー!」
みんなもいっしょに叫んだ。
「デリバリおやじー!」
「連れてってやれー!」
「もうひとり増えてもいっしょだろ!」

気づいたMail Delivery Systemはにかっと白い歯をむき、ベースギターみたいな声音で答えた。
「オケ」

そしてほかのメールをひとまとめに抱えると、空いた片手をぐーんと下に伸ばした。そこへ思いっきりジャンプしたヒロキメールが飛び込むと、まるで吸い込まれるように小山の一角におさまった。Mail Delivery Systemは合計18のリターンメールを抱えたりかついだり頭にのせたりしてどすどすと去っていった。

「ふうっ」
「一件落着か」
「ラッキーなケースだったな。普通はあんなに簡単にMail Delivery Systemに便乗できるもんじゃない。いやあうらやましい」
「おれなんか正直、戻りたくないな。戻ったらすぐに削除されるだけだし...」
源五郎メールがしみじみ言った。

まったく、メールに愛想をつかされるような送信者にはなりたくないものだ。

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部屋の片付けをした。何年も(10年以上?)手をふれていなかったところからは、出るわ出るわ、もう使ってないソフトの付属マニュアル、もう使ってないプリンタやスキャナのドライバ、はてはワープロ(Rupoでした)のインクリボンやフロッピーなど、いくら捨てるのが苦手な私でもさっぱり捨てられるものが続々。はい、今年こそちゃんと整理します。