ショート・ストーリーのKUNI[121]処罰
── ヤマシタクニコ ──

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地下の小部屋でパソコンが取調官と向き合っていた。
「自分がなんでここにいるのか、わかってるんだろうな」
「見当もつかないね」

パソコンは言った。一週間前まではある消費者宅にいた。それがなぜか取扱店を経て、ここにいる。購入後3か月もたっていない。

「おれはパソコン本来の仕事をまじめにやってきた。それ以上でも、以下でもない」
「おまえはそのつもりでも、何らかの抗議があったからこそここにいるわけだ」
「抗議したいのはこっちだね。そもそもあんなコンシューマー、こっちから願い下げだ。引き取ってほしいとの要望があったと聞いて、おれは正直小躍りしたもんだ」

「というと」
「やつら何にも知らない。ばかすぎる。いちいちサービスセンターに電話だ。やれモニタの画面が真っ暗で使えない、やれマウスが使えない、で騒ぎ立てる。そりゃモニタのスイッチがオフなら真っ暗に決まってるじゃないか。カーソルを動かすのに机の端っこまで持ってってまだ足らないから『マウスについてる線をもっと長くしてくれないと困る』って、なんだそれ」

「そういうもんだよ、初心者は」
「無茶なことをするんで、エラーメッセージを出すと『意味がわからん』とキレる」
「無理もないさ」
「おれにいわせりゃ、パソコン買う前にちょっとは勉強しろってんだ」
「要するにおまえは全然反省してないわけだ」
「あったりまえさ!」

取調官がそばに立っていた係官に目配せした。係官がうなずくと、それが合図のように取調官はパソコンのほうに向き直り、宣告した。

「おまえにはしばらく世間というものを勉強してもらったほうがよさそうだ」




次にパソコンが気がついたとき、彼は立ち食いそばの店先にいた。きょろきょろしながらあたりを見回していると中年男がやってきた。彼の前に立ち、彼をじろじろ見るとやにわに彼の腹に500円硬貨を落とし込む。「うっ」。経験したことのない感触が彼を襲い、もだえている間もなく、彼は無意識のうちに一枚の紙片を吐き出していた。

おにぎりセット430円。
そしてそれに続いてぽとり、ぽとり、とおつりの70円も。
彼はようやく事態を把握した。

「何てことだ! おれというものがよりによって立ち食いそばの券売機になってるとは!」

その後も彼の前に入れ替わり立ち替わり、人が現れては硬貨を入れていった。そのたびに彼はきつねやたぬき、山菜そばと書かれた紙片を吐き出した。客は途切れることがなかった。何て忙しいんだ。しかも、どの男たちもなぜか力まかせにボタンを押すもので、そのたびに体がぐらぐら揺れた。おい、もっとていねいに扱えよ!

そのうち、彼の腹にあるものが押し込まれた。認識できない何か。だめだ。それを取り込むわけにはいかない。彼は無意識でそれを押し返した。また押し込まれる。また押し返す。それを繰り返しているといきなりものすごい衝撃を受けた。蹴っ飛ばされたのだ。

「なんだ、このクソ券売機! なめんなよ! このっ、このっ!」

人相の悪い男がさびた鉄枠のような声で怒鳴っていた。なおも蹴っ飛ばす。こぶしで殴る。たちまち店の中から従業員が飛び出した。

「お客様、何か......あ、この券売機では一万円札は扱えないんで......申し訳ないことをいたしました。はい。こちらの機械ならだいじょうぶですので、どうぞ、はい、まことに申し訳ございません。おわびのしるしに卵を一個おまけさせていただきますので、どうぞお許しを......」

「おー、わかりゃいいんだ!」
男は彼の隣にあったもう一台の券売機の前に移動し、一万円札を使っていなりセットのチケットを出し、店の中に入って行った。その券売機が勝ち誇ったように言った。

「ふふ、いまどき一万円札の使えない券売機だなんて、そりゃ腹を立てるのも無理ないわよね」
「でも......痛た......ちゃんと書いてあるじゃないか。一万円札はご使用になれませんと......あ、痛たた」

「そんな説明、みんなまともに読んでると思ってんの? おめでたいわね、あんた」
「なななんでだ......読まないやつが悪いんじゃないのか......おれは間違ったことはしていないのに......痛......痛......痛......痛」

従業員がやってきて、ジー、ジーと音を立て続ける彼を見て言った。
「あああ。さっき蹴飛ばされて壊れたみたいだな。まあどうせリースだし、そろそろ廃棄処分されてもいいモデルらしいから、別にいいけどな」
......い、いいのか!

急速に彼の意識は遠のき、次に気づいたときはがらんとした屋内にいた。何人もの人が動き回っているが、空調が効いていて快適だ。彼の前にも次々人がやってくる。彼の顔面のあちこちをさわっては現金を取り出していく。

彼は自分が銀行のタッチパネル式ATMになったことを知る。いろんな指が彼の顔面をさわっていく。ねちょねちょした指。妙にあたたかい指。ごつごつした枯れ枝のような指。時々「ちっ、反応しないや、なんでだよ!」としつこくぎゅうぎゅうと押す客もいる。気持ち悪い。

突然客が怒り出す。行員が飛んでくる。
「どうなさいました」
「一度にそんなに引き出せないというんだ。たった3万円なのに! ばかか、この機械は!」
「お客様、3万円ではなく3億円になっております。ひょっとして『万』のキーを余分にタッチして『30000万』にされたのでは」

「あ......そうか......ちきしょう、恥かかせやがって!」
彼の顔面に思いっきりつばを吐いていく。
また別の客がわめく。行員が飛んでくる。

「パスワードが思い出せなくて何回もやりなおしてたら、『最初からやりなおしてください』だと。機械のくせに生意気だってんだ!」
「お客様、どうしてもパスワードが思い出せないときはこちらでお手続きをさせていただきます、さあこちらへ」
「当然だ......この役立たず機械め!」

客は指にはさんでいた煙草の火を彼に押しつけて去っていった。熱い、熱い!
「なんでだ、なんで、こちらが悪いわけでもないのに......」
彼は唾液と汚れにまみれた上に火傷を負い、ほとんどパニック状態だった。火傷がひりひり痛む。

「おい、君たち、こんなのおかしいと思わないのか!」
ずらりと並んだ他のATM機に呼びかけてみたが、だれも答えない。

屈辱だ、理不尽だ、と彼は思った。なんでいちいち「恐れ入りますがしばらくお待ちください」と、くそ丁寧な表示をしないといけないんだ。なんで恐れ入るんだ。バルーンやリングがくるくるまわってるだけじゃだめなのか。そんなにへりくだらないとだめなのか。彼は疲れた。何もしたくなかった。ああ、そうだ。こんなとき、こんなとき「予期せぬ理由で終了」できたら、どんなによかったか.........。

次に気がつくと、彼は年寄りたちに囲まれていた。しわだらけの手が伸びてきて、自分をなでる。抱き上げる。彼は癒しの犬型ロボットだった。老人ホームのデイサービスで利用されているのだ。

「こ、ん、に、ち、は」
老婆が彼をじっと見て話しかける。彼はぞっとしたが、意識と関係なく声が出た。ゼリービンズみたいな声。
「こんにちは!」

「お名前、は」
また話しかけられ、勝手に声が出た。そういうプログラムなのだ。
「たろう、だよ!」

別の老婆が話しかけた。
「今日は、いいお天気ね」
「うん、いい天気だね!」
また別の老婆が話しかけた。
「私のこと、好き?」

彼はぞ〜〜〜〜〜っとした。好きなものか。好きなわけないじゃないか。
でも勝手に声が出てしまった。
「大好き! ワン!」
「あら、かわいいわねー」

「ほんとにかわいい!」
「私にもだっこさせてよ」
「あら、しげこさん、だめよ、私が先よ」
「みちよさん、次はあたしだよ」

老婆たちは代わる代わる彼を抱き上げた。尻がこそばい。吐きそうだ。あ、脚をひっぱるなって。腕をねじるな。いいい痛い。情けなくて涙が出る。やめてくれ。おれはパソコンなんだ。天下のパソコンなんだ。こんなところでばあさんたちの相手なんかしたくないんだ。おれはもっと、知的な作業をしたい。コンピューターなんだから。コンピューターなんだから......。

「あら見て、この犬。なんだか泣いてるみたいよ」
「まー、としさん、そんなことあるもんですか。これは犬といってもコンピューターなのよ」
「そうそう。ただし、たいしたコンピューターじゃないのよね」
「そうね。ちょっとおしゃべりできるだけだもんね」

彼は本気で泣いた。

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バス通勤している。バスの停留所と停留所の間は短い。次の停留所は見えている。ところが、その短い間にアナウンスは「このバスは▽▽まわりです。次は○○です。××にお越しの方は次でお降りください。次は○○です。お降りの方は降車ボタンでお知らせください。次、止まります」など、ずっと、特に急ぎもせずにしゃべっている。

次の停留所に着くまでにしゃべりきれるんだろうかと思うくらい。小心者の私はいつもはらはらしながら乗ってるんですが、そんなの私だけですか。