ショート・ストーリーのKUNI[129]父子
── ヤマシタクニコ ──

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「山田先生、おひさしぶりです」

「おお、コータローくんか。しばらくぶりやな。えっと、いまは中学生になったんやな。なるほど、おとうさんにそっくりになってきたな」

「言わんといてください。ぼく、そのおとうちゃんのことでむかついてるんです」

「なんでやねん」

「最近、すぐに泣くんです」

「年をとって涙もろくなるのはふつうのことや。先生かて若いときには何とも思わんかったことでも今はじーんとくる。小さな子がとことこ走ってるのを見ただけでじーんとくる。小学生が一生懸命運動会の練習してるのを見ただけでまたじーんとくる」

「それやったらまだわからんでもないんですけど」

「というと」

「この間は自分が買うてきたお造りでお酒飲んでてめそめそしだしたんです。何泣いてんのかと思たらパックの値札シール見て『ああ、かわいそうに。このマグロも苦労したんやなあ。めばちこまぐろ......』というから『何ゆうてんねんな。めばちこまぐろやのうてメバチマグロやないか』と言うても、

『メバチマグロはめばちこまぐろのことに決まってるやないか! かわいそうに、めばちこができたせいでさぞ痛かったやろうに、そのうえ100円引きにされて398円のが298円になってしもて』とまためそめそ泣くんです。それで『いややったら買えへんかったらええやん』と言うたら『おれの勝手や!』と怒るんです」

「むちゃくちゃやな」




「そうでしょ。その前は新聞を読んでていきなり泣き出しました。恐竜の特集でステゴザウルスという名前を見ただけでもう『うう、かわいそうに何で自分の子を捨てるねん! どんだけ薄情な親やねん!』とか、

『ステゴザウルスの世界には赤ちゃんポストはないんか! ああ、せめて捨てる前におれにひとこと声をかけてくれたらよかったのに』とかわあわあ言いながら泣いてるんで、『そんなもん、育てるなよ!』と言うたらまた『おれの勝手じゃ!』と怒るんです」

「むちゃくちゃやな」

「そうでしょ」

「いや、おとうさんだけやのうて......まあええけど」

「その前はまたお酒飲んでて泣き出しました。お酒のさかなにししゃもを買うてきて自分であぶって食べてたんですけど、急に『わー、このししゃも、子持ちやないか!』と言うので『子持ちししゃもて書いたあるやろ!』言うたら『腹にいっぱい卵がある! 全部、こいつと連れ合いとの愛の結晶やったんや。それを食うなんてかわいそうすぎる!』とわあわあ泣くんです。

それで『いややったら食うなよ!』と言うたら『おれの勝手じゃ!』と怒りながら泣くんです。『おまえにはわからんやろけど、ししゃもはこれがうまいんや! ししゃも、安かったんや!』と言うんで『それも言うなら、しかも、やろ』と言うたらバクハツして怒りながら物投げながら泣いてました」

「ほんまにむちゃくちゃやな」

「思えばそれが発端やったんです。それ以来やたらと涙もろくなりました」

「たいへんやな」

「時々夢にも出てくるみたいなんです。突然夜中に起きてきて『いま、カズオが泣いてたやろ!』て言うから『カズオてだれやねん』と聞いたら『めばちこができて痛い痛いゆうてるカズオやないか!』と言うんです。『夢みて騒ぐなよ。ししゃも、マグロに勝手に名前つけてるし』と言うたら『それも言うならしかもやろ!』と泣きながら怒るんです」

「どっちもどっちや」

「ゆうべは夢にステゴザウルスとめばちこまぐろとししゃもが全員出てきたみたいでうなされて『ああ、悪かった。全部おれが甲斐性無しやったばっかりに。カズオ、おとうちゃんがええ薬買うたる......すぐ治るからな......かよこ、卵食べて悪かった......ツトム、安心せえ、来週ひきとりに行くさかい......おれをおとうちゃんと呼べ......最初はてれくさかったら、おっちゃんでもええ......』とかひと晩中ぶつぶつ言いながらしくしく泣いてました」

「何やその、ツトムはステゴザウルスで、かよこはししゃもか」

「そうみたいです」

「うーん。まあほっといたらええんちゃうんか」

「ええことないです。困ります」

「なんで困るねん」

「なきながら怒ってやかましいからテレビも聞こえへんし、寝てると思て安心してたのに夜中に突然出てこられたら......困ることもあるでしょ」

「そらそうやな」

「それでのうても、ぼくはぼくで腹立つことがいっぱいあるのに」

「え、そうなんや」

「ぼくはおとうちゃん似で背が低いし顔がぶさいくでかっこ悪いから全然もてないんです」

「まだ中学生やのに気にせんでええ。これからや」

「そんなことないです。ちょっとかっこええやつにはみんな彼女がいてて一緒に帰ったり、バレンタインとかになったらチョコもらってめっちゃうれしそうやし。ぼくかて彼女がおったら自慢できるけど、絶対でけへん。そう思たらスマホに腹が立つ」

「なんでそんなもんに腹立つんや」

「スマートフォンっていやみやないですか。どうせぼくはスマートちゃうし。ケータイのくせにいやみや。腹たってスマホ屋のチラシで鼻かんだらつるつるしてうまいことかまれへんかった」

「やっぱり」

「こないだはひさしぶりに教科書見たら『アシナガバチ』が載ってたんです。めちゃいやみな名前やないですか。そらぼくは短足でぶさいくやけどハチにまで『たんそく〜』とばかにされたない」

「してへんやろ」

「それで腹立ったんでアシナガバチの写真にマジックでヒゲ書いた」

「何の効果があるねん」

「どうせそんなハチ、足が長いだけで性格悪うて、かっこばかりつけて、陰で友だちの悪口いうようなやつに決まってますよね」

「それはなんとも......」

「『あしながおじさん』も腹立つから読みません。セイタカアキノキリンソウもいやみやから、道ばたに生えてたらすぐ抜きます。そしたら近所のおじいさんに感謝されました」

「なんやそら。わかったわかった。おとうさんはすぐに泣くし、君はすぐに腹が立つし。しやけど、おとうさんが泣かんようにしたらええねんな。よし、そしたら」

「え、そしたら?」

その晩、コータローは山田先生のアドバイスに従い、晩酌をすませてぐうぐう寝てる父親の耳元でそーっとささやき続けた。

あくる日。

「あー、よう寝た。何やコータロー、もう起きてるんか。早いなあ」

「うん。はい、新聞。いつものスーパーのチラシも入ってるで」

「ああ。何なに、めばちこまぐろ造り一人前398円。またか」

「メバチマグロやって」

「コータロー、おまえにゆうとくけどな。あのめばちこまぐろのカズオはくわせものやった」

「そうなん?」

「めばちこができてるからついつい、かわいそうやと思て同情してたら陰でおれの足がくさいことを言いふらしてたらしいわ」

「え、そうなん」

「ほんまに性格悪いわ。それにな。ステゴザウルスのツトムやけど、おれの聞き違いやった。ツトムはステテコザウルスやった。単に夏向きの恐竜やったんや。あほらし。わざとまぎらわしい名前つけてからに、もう。泣いて損したわ。かよこも、あれは卵とちごた。単に腹につぶつぶができる体質やったんや。ちょっと変わった体質やけど泣くこともなかったな。いやみな女やで」

「世の中そんなもんや。腹立つやろ、おとうちゃん」

「ああ、腹立つ。いままで泣いた分返してほしいわ」

父子の平和な朝であった。

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バスに乗りかけたら私のすぐ前のおばさんがバスカードを機械に通そうとして、それがなかなかなかなかなかなかなかなか(以下略)入らない。おおおおおおっと。すでにステップに右足をかけていた私は思わずその足をおろしてしまった。やっと無事にカードが入ったときはほっとした。やーねーと思ってたら帰りのバスで私のカードがなかなかなかなか(以下略)入らない。カードをぺこぺこさせながら、どうなることかと思った。ばちがあたったか。みんな気をつけようね。