ショート・ストーリーのKUNI[130]むなしい兄弟
── ヤマシタクニコ ──

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むさくるしい部屋でむさ苦しい兄弟がごろごろしていた。

兄「なんか選挙があるらしいな。おまえ、行く?」

弟「行かないよ」

兄「行かないのか」

弟「行かないよ」

兄「なんかいろんな政党ができておもしろいらしいぜ」

弟「行かないよ」

兄「おれの彼女が言うんだよ。『ねえねえ、こんな政党、どう? 名前はまだ考えてないんだけど、公約は、イケメンの定義をはっきりさせます』って。おもしろくないか? 彼女に言わせるとイケメンだイケメンだと言うので見に行ったら『どこが?』みたいなケースが多すぎるというんだ。だから、政党をつくって民意を問う必要があるって。わははははは」

弟「・・・」

兄「そうだ、おまえなんか、こういう政党どう? 名前は考えてないけど公約は『バージョンアップは絶対5年以内にはしません』っていう党。いいだろ。どうだ?! わはははは」




弟「どうでもいいよ」

兄「なんかやたらテンション低いじゃないか。どうしたんだ」

弟「あのさ」

兄「うん」

弟「ああ、やっぱり言いにくいな」

兄「なんだ。言えよ」

弟「おれ、最近、なんだか足のここに裂け目ができて」

兄「裂け目?」

弟「うん。それで、そこから何か出てるんで、そっと引っ張ってみたら......」

兄「あ、なんだそれ」

弟「ケーブル......みたいじゃね?」

兄「みたいも何も、ケーブルだ!」

弟「だろ。足なのに、さ。ここ」

兄「うん」

ふたり、しばし顔を見合わせ沈黙。

弟「おれって、機械か何かなのか?」

兄「機械!いや、そんな。でも、そうなのか」

弟「知らなかった」

兄「そうだろうな。おれも気づかなかった」

弟「でも、これを見つけてから意識するせいか、なんだか思い当たるふしがあ
 るんだよ」

兄「どんな」

弟「前から時々、炊飯器とか洗濯機にすごく親近感を持つことがあったんだ」

兄「えー、そうなんだ!」

弟「なにか、こう、他人じゃないって感じ?」

兄「ほんとかよ!」

弟「心を通わせることができそう、っていうか。炊飯器のあの丸みをおびたボディなんか、いとおしくて抱きしめたくなる」

兄「へんたい!じゃない、まじか。おれの弟が」

弟「人間じゃない」

兄「信じらんない」

弟「おれだって。だから」

兄「だから?」

弟「選挙なんか行ったってむなしいだろ」

兄「ああ、そうだな」

弟「なんか新しく法律が決まったとして、それって人間でないやつには関係ないだろ」

兄「確かに。『ただし人間に限る』ってやつだな」

弟「そうそう」

兄「ええっ?そうなると......」

弟「うん?」

兄「実はおれもさ。ちょっとおまえの意見を聞きたいことがあるんだ」

弟「え?」

兄「言いにくいなあ。やっぱりやめとくか」

弟「なんだよ、人に言わせておいて!」

兄「うん......これなんだけど」

兄は靴下を脱ぎ、、足の裏を示す。弟、飛び上がる。

弟「わ、びっくりした! ......隠すなよ、も、もっと見せろよ!」

兄「はずかしいじゃないか!」

弟「いや、びっくりしたなもう。それ、ひょっとしたら、その、あの......根?」

兄「いうなよ!そんなでかい声で!」

弟「根が生えてる、って、つまり兄貴は......植物?!」

兄「......なのかなあ。最近生えてきたんだ」

弟「まいったなあ」

兄「それはおれの言うセリフだ」

弟「兄貴は人間だと思ってたのに」

兄「おれだっておまえは人間だと思ってたさ」

弟「でも、兄貴が植物って、わからないでもない」

兄「うん。おれも。自分でも、そういえば、ってとこがあるんだよね。昔から運動きらいだし。ひとところにじっとしていたいほうだった。だいたい朝目が覚めると必ずカーテンのすき間の、光が差し込むほうに頭が向いてるし」

弟「やっぱり!」

兄「となると、たしかに選挙なんかむなしいよな」

弟「そうだろ。そもそもおれたち、選挙権ないかも!」

兄「ああ、言えてるな。そうだ。おれたちが投票なんかできるわけないじゃん!」

弟「そうだよ! なんだ。あれこれ考えることないんだ」

兄「考えてもしかたないというか。ちょっとさびしいけど、気楽なもんだ」

弟「まったくだ」

ふたりごろんと横になり、ますますだらける。

弟「なあ兄貴」

兄「なんだよ」

弟「兄貴に彼女がいたって知らなかったよ。彼女には、それ......見せたの?」

兄「彼女?」

弟「ああ」

兄「すまん。あれはうそだ。ほんとは電車でそばにすわってたぶさいくな女の子たちがしゃべってるのを聞いただけだ。見栄張ったんだ」

弟「なんだ」

兄「それより、おまえに聞きたいんだけど」

弟「なんだよ」

兄「うちの冷蔵庫、最近ごーっとかきゅるきゅる、とか変な音するだろ」

弟「うん」

兄「あれ、何を言ってるかわかるのか」

弟「......わかるわけないだろ!」

兄「怒るなよ」

弟「おれは......まだ人間なんだ!」

兄「そうだったな」

弟「ばかにすんなよ!」

兄「怒るなって」

弟「怒るさ!」

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最近ショックだったのは、職場で(たまたまその場で、だけど)私以外の人間はみんな「計算尺」を知らなかったこと。といっても、私もよく知らないし、どういうふうに使うものなのかいまいちわかってなく「なんかこう、スライドするんだよ」くらいしか説明できなかったけど。使っていた人、いますか?