ショート・ストーリーのKUNI[145]入会希望
── ヤマシタクニコ ──

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「あのー、こちらが町内会の老人クラブでしょうか」

「おお、そうじゃ。わしは会長だが、ひょっとして入会希望か」

「はい、そこの角を曲がったところに住んでる角田といいます。実は私も来年定年退職する予定ですので、そうなったら入れていただこうかと思いまして、今日は下見にきました」

「おー、なかなか良い心がけじゃ。何においても下見とか予習・復習は大事じゃからな」

「はい。長い会社勤めですっかり疲れたのでこれからはのんびり暮らそうと思っております。家にずっといても妻にいやがられるのは目に見えてますし。もちろん、こちらでもみなさん、その、のんびりしておられるんですよね。ゆったりと囲碁や将棋、時にはみんなで歌声喫茶もどき」

「ばかもんっ!」

「え」

「老人クラブでのんびりしようなどという甘い考えは捨ててもらおう」

「ええっ?」

「なにがのんびり囲碁将棋だ歌声喫茶もどきだ。そういう考えでは認知症は防げん。高齢者のプライドは守れん。よその老人クラブはどうか知らんが、うちではボケ防止、いや認知症予防のために少々きびしいプログラムを組んでおる。覚悟してもらおう」

「といいますと...」

「さっそくこのテストを受けてもらおう。70点以下では入会をお断りする」




「ええっ、入会テストですか?! そんな...えー、えー、次の熟語に読み仮名をつけなさい? 因果応報、五里霧中、慇懃無礼、異口同音、温故知新、能年玲奈、剛力彩芽、相武紗季、比嘉愛未、忽那汐里...ああ、後半の5つがわかりません...見たことない熟語です。えーと、あの、その...あ、痛!」

いきなり、ばしーっとしばかれて角田さんはぶっとんだ。

「なさけないやつだ。どうせつまらん会社の仕事で忙殺されてたんだろう。頭が硬くなっておる。50点だから入会お断りするところだが、特別にまけてやろう」

「あああ、ありがとうございます!」

「ではこちらに来てもらおう。ちょうどみんな熱心にトレーニングにはげんでいるところだ」

室内では数十人の高齢者がぶつぶつと何か唱和している。

「これは何をしているところですか」

「滑舌をよくするために早口言葉を言ってるところだ」

「いや、あまり滑舌がよくないので聞き取れないのですが...あ、あそこに書いてあるやつですか。織田信長織田ゴム長ドアノブ長織田信長織田ゴム長ドアノブ長織田信長織田ゴム長ドアノブ長、何ですかこれ...国広富之、国富広之、富国広之、広冨国之のうち正しいものはどれって早口言葉かクイズかどっちなんですか...坊主が屏風に...坊主が屏風にジョージ・クルーニーの絵を描いた...むずかしそうですね」

「なかなか高度な早口言葉やろ」

「いえ、ジョージ・クルーニーの絵を描くのが」

「しょうむない心配するな。それより毎日訓練をしていると、必ず効果がある。わしをみろ。この訓練のおかげでいまは『きゃりーぱむぱむ』とふつうに言えるようになった」

「それは言えてないのでは」

よく見ると高齢者たちはみんな眉間にしわを寄せ、ある者は脂汗を垂らしながら、ある者は指の震えを抑えつつ必死に早口言葉を繰り返している。一種異様な雰囲気が漂っている。

「みなさん、なんだかあの、すごいことになってますが...私も聞いてるだけでしんどくなってきました」

ばしーっ! またしばかれてすっとぶ。

「なさけない。何がしんどいや。これやから最近の年寄り、いや年寄り予備軍は...60年安保世代から遅れ、団塊の世代からも遅れ、君たちのような、あー、えー、ほら、エコール・ド・パリの画家で、アル中になった...母親がシュザンヌ・ヴァラドンの...あー」

「ユトリロ」

「そ、そうだ、君たちのようなゆとり老人は根性なしといわれても仕方ないのだ。当老人クラブが性根をたたきなおしてやる!」

「ええっ、わわわ私はただ、のんびりと老後を過ごしたいだけでして、そんな...まいったな」

「何をうろたえている。さあ、これからは歌の時間や」

「あ、歌声喫茶ですか。いいですね。私の世代にはなじみがないんですが、諸先輩方から聞いてます。みんなでお茶を飲みながらのんびりロシア民謡とか歌うんでしょ。『ともしび』とか。夜霧のかなたへ〜〜別れを告げ〜〜」

「ばっかもん!」

またしばかれた。

「先週はマイケル・ジャクソンのビリー・ジーン、今週はももクロの『サラバ、愛しき悲しみたちよ』をふりつきでマスターするのが課題じゃ。もちろんテストもある。のんびりなんかしてる間はないわ!」

部屋に入るとおそろしい光景が繰り広げられていた。高齢者がぜいぜいと息を切らせ苦悶の表情を浮かべながら踊っているそれは、ももクロというより「スリラー」のゾンビのダンス。歌はほとんど聞こえない。体力的に無理なのだろう。角田さんは反射的に逃げだそうとした。その腕をぐゎし、と会長がつかむ。

「どこへ行く」

「ああ、無理です。私には...あの、もともと運動神経が鈍いものですから、こんなことしたら足がつります腰いわします、こけます、想像しただけでしんどいというか疲れるというか、今日のところは、遠慮させていただ」

ばしばしばし! と3回しばかれた。

「ここではしんどいとか疲れるとか無理とか言うことは許さん! どうしても言いたかったら言ってもいいが、その場合、罰金を課す」

「罰金...それっていくらなんでしょうか」

「『しんどい』『疲れた』などは1回100円、『もうあかん』『許してくれ』『無理』『できません』は300円、『脱会したい』は1000円だった」

「だった?」

「当初はそうだったのじゃが、最近システムをリニューアルしてな」

「はあ」

「なんと、この罰金システムに脳トレを導入したのじゃ。『しんどい』『疲れた』などは1回97円で2回目以降は13%引き、5回目以降はさらに24%引き、『もうあかん』『許してくれ』『無理』『できません』は283円だがプレミアム会員は初回から15%引きで2回目以降はさらに、回数をnとして(n+2)×3%引き、『脱会したい』は1053円だが2回目以降は49%割り増し。うふふ。みんなわざとややこしい数字にしてあるのじゃよ〜」

「割り増しって...それは『脱会したい』と何回言っても言うだけで脱会できないということですか」

「さーそれはなんともいえんな。まあそういうわけで、どうしても弱音を吐きたいものはいくらでも吐けばいいが、トータルでいくら払うかは各自計算してもらう。もし計算が1円でも間違っていたらどんなことが起きるかは適当に想像していただこう。うっひっひ」

「うっひっひって...」

「幸いこのシステムを取り入れてからは誰も弱音を吐かなくなった。罰金が入らないのは残念だが、みんなたくましくなった。効果絶大、わしの方針は誤ってなかった。わっはっは」

「うー、弱音を吐くにもそんな難しい計算が必要とは。私は計算が苦手なんです。適当に払っておつりをもらうわけには...いかないんですね」

ばしーっ!

「ふざけたことを言ってたら永遠にここから出られんぞ!」

角田さんは涙を浮かべながら

「オー、アイム・タイアード...ベリー・ベリー・タイアード...」

ばしーっ!

「英語で言うてもいっしょじゃ!」


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いつまでも夏みたいな日が続くと思っていたら、急に秋になってしまった。年末がすぐそこまできてるじゃないか! 年々、「夏」が長くなる一方なので、「え、もうすぐ年末じゃないか!」ショックも年々大きくなっているような気がするって、あほですか。今年は新しいMacを買うと決めていたが、そろそろあせらねば。