ショート・ストーリーのKUNI[153]いつもより短い話二つ
── ヤマシタクニコ ──

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みんなからジョージと呼ばれている男がひとり住んでいたが、ある日ジョージは自分のアパートの玄関先に桜の花びらが何枚か散っているのを見つけた。そのうちの一枚をつまみあげ、まじまじと見つめながらジョージは思った。


「はてさて不思議なことだ」

なぜかというと、そのアパートの周囲に桜の木なんか一本もなかったからだ。少なくともジョージの知る限り。

「夕べは風が吹いていたからどこか遠いところから運ばれてきたのかもしれないぞ」そう思うと、ジョージの顔はぱっと輝いた。

「どこか遠いところからやってきた花びらだと。これには意味があるのに違いない。いや、運命という言葉さえ浮かんでくるではないか」

そこでジョージは桜の花びらの出所を探すことにした。花びらの一枚をポケットに入れ、歩きやすい靴にはきかえてさっそく歩き始めた。しかし10分も歩かないうちに早くも桜の木が見つかった。

それはどこにでもあるような児童公園の一角で、木の下のベンチではばあさんが一人居眠りをしていた。その白髪まじりの頭に、ジョージの持っている花びらとそっくりの花びらが一枚ひっかかっていた。ジョージは見なかったことにした。

「ここの桜であるはずがない」

ジョージはまたどんどん歩き出した。するとまた桜の木が見つかった。神社の境内に生えている木で、下では花見をしていたらしい酔っぱらいの一団がなぜか殴り合いをしていた。ジョージはまた見なかったことにした。

「ぼくの花びらはあんなところからやってきたはずがない」

それからまた歩くと、小学校の塀越しに桜の木が見つかった。立ち止まって見上げると離れたところからパグ犬そっくりの警備員がじろじろ見始め、近寄ってきたのでさっさとその場を離れた。

「ぼくの花びらの木にはなかなか出会えないものだ。しかし困難に出会うのもやりがいがあるというものだ」

ジョージはめげずに歩いた。その甲斐あって、マンションの窓から外を眺めて
いる女を発見した。そのそばにはうす桃色の花が満開の木がある。

「やあ。ぼくはジョージと呼ばれているんだけど、この花びらはその桜の木の
ものだね」

「ふうん。あんたがジョージと呼ばれているなら、あたしはアンと呼ばれてい
るわ」

「じゃあまちがいない。その木の花びらがぼくのアパートの前まで飛んできて、ぼくを君に引き合わせたのだよ、アン」

「これ、桃の木だけど」

「ささいなことを気にするなよ」

ジョージは女の部屋に上がり込み、いきなりアンを抱きしめた。アンはいやがる様子もなく、なんとそれから二人は一年間いっしょに暮らしたのである。

一年がたったころ、やっぱりなんとなく合わないなと気づいたのはたぶん、桜は桃ではないということだったのだろう。

それでジョージが元来た道を歩いてもどり、小学校の警備員ににらまれ、酔っぱらいが花見をしている神社を過ぎ、児童公園にさしかかるとベンチでやはりばあさんが居眠りをしていた。思わずジョージがポケットに手を入れてみると、指先にまだみずみずしい花びらがふれた。

「はてさて不思議なことだ」

そのとき、ばあさんが目を覚まして大きなあくびをした。

「ああ、夢をみていたようだわ」

ジョージと呼ばれていた男の姿は消えていた。

                 ◆

みんなからチャックと呼ばれている男は会社からの帰り道、みんなからヒューイと呼ばれている同僚と電車で並んで座っていた。

ヒューイは何か悩んでいるようでぶつぶつと話しかけてくるのだが、チャックは自分の手を眺めながらついぼんやりあれこれ考えてしまう。

つらつら考えるに、右手と左手ではその働きぶりが全然違うじゃないかとか。字を書くのも絵を描くのも右手だし、包丁を使うとき、ナイロンたわしでコップを洗うときも右手が主で、左手ときたらほとんど働いていない。もしこれが人間だったら時間給に差をつけられて当然じゃないかとか。

と思っていると、向かいの席の若い女が持っている傘が目に入る。傘ってなんでむかしから同じなんだ。それよりその女の顔はアパートの大家にどこか似ているのでおどろく。大家って、たぶん60代のおっさんなんだが、性別や年齢とかは

「実際にはたいした問題じゃないんだ」

いかん。声に出てしまった。おほ、おほ。チャックは小さな咳払いをしてごまかし、テーマを変える。右手と左手の問題。いや、指によってもちがうぞ。薬指の爪はなぜよく伸びるのか。薬指はあまり働かないのが原因だ。よく働いてると爪が伸びる間もない。小指の爪もよく伸びる。こいつらはさぼっているわけだ。人差し指よ、なぜ黙ってる。いや、そうではなく
「言いたくても言えないのかも」

また声が出た。えへん。おほん。

ところがチャックはまた気づいた。鼻くそをほじくるときは、たいてい左手の人差し指を使うことに。これはたとえば右手を主に使ってパソコンのメールを書きながら鼻くそをほじくりたくなったときについ左手を使うからだ。右手を鼻くそ用にするとメールは書けなくなる。もちろんチャックの場合だ。つまり右手はなんだかんだいっても、えらそうにしてないか。汚れ仕事を他人まかせにして。

「結局どっちもどっちなんだよ」

ああ、また声に出た。まじやばい。おれ、もう終わってるかも。チャックは自己嫌悪に陥りそうだ。テーマを変えよう。大家にゆうべ何とかパイをもらったのだ。故郷の青森だったか横浜だったかのみやげって言ってたが、青森県のかたちがおれは子供のころからこわかった。まさかりみたいじゃないか。または振り返った恐竜。でもそんなことを言うなら人差し指を突き上げたこぶしをひっくり返したような山梨県は。

「で、結局」

また声に出かけたとき、ちょうどヒューイの降りる駅に着いたようで、ヒューイは何か言いながら降りていった。チャックはなんとなくほっとした。

その晩、ヒューイからメールが来た。

「今日はぼくの悩みを最後まで聞いてくれてありがとう。きみのひとことひとことが身にしみたよ。貴重なアドバイスをありがとう。でも最後の『で、結局おれは人差し指』の意味がよくわからないんだけど、ぼくの聞き間違いかな。なにしろ自分がしゃべることでいっぱいで、きみの言うことをほとんど聞いてなかったんだよ」

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ふと気まぐれで、お鍋でご飯を炊いてみた。そのてんまつをブログやfacebookにあげてみたら、ご飯をお鍋で炊く人はけっこういることがわかった。なんといっても、お鍋(ガス)だと早いし、味もいい……らしい。どこの家庭でも炊飯器に決まってるというわけではないんだ。ていうか、みんなえらいなあ。私もまたやってみよう(←二回試みて二回とも「うーん」だった人)。