ショート・ストーリーのKUNI[155]自分ワールド
── ヤマシタクニコ ──

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ある日の夜、ある会社の事務所ではカワナカくんとミズシマくんが残業をしていた。もっと正確に言うと、いやいや残業をしていた。

なんで残業をするはめになったかというと、部長が裏紙で大量コピーを試みたためにひどい紙づまりが起こり、しばらくコピーもファクスもプリントもできなかったせいで仕事が大幅に遅れたのだ。

部長はふだんから口うるさく、部下に小言を言うのが生き甲斐であるかのような人間だが、特に紙の使い方がケチなのである。そこに思い至ってふたり同時にためいきをついた。

「おれは思うんだけどな、カワナカ」

「なんだよ、ミズシマ」

「世の中いろんな人間がいるからうまくいくと言うけど、ほんとかね」

「というと」

「自分と同じような人間ばかりのほうが話が早いんじゃないの、何かにつけ」

「ああ、そりゃそうだろなあ......」

「そうだったらいいだろうなあ......」

ふたり、もともと集中できない仕事から離れ、妄想に突入。

「ああ、ここがおまえの世界か。ミズシマ」

「おお、おれみたいな人間しかいないミズシマワールドだ」




「ミズシマワールド。遊園地みたいだな。気のせいかおまえも表情がいきいきしてる。楽しそうだ」

「おれの好みでできてる世界だからな。ストレスというものがまったくないんだ。あ、腹減っただろ。どこかで飯でも食おう。おごるよ。ほら、店もたくさんあるだろ」

「じゃあ遠慮なく......えーっと、お好み焼き屋、たこ焼き屋、うどん屋、ラーメン屋、牛丼店、カレーショップ、お好み焼き屋、たこ焼き屋、うどん屋、ラーメン屋、牛丼店、カレーショップ、お好み焼き屋、たこ焼き屋......なんか店の種類が片寄ってないか」

「あたりまえだろ。自分が行きそうな店しかないんだから。フレンチとか回らない寿司屋とか、きどった店はない。ピーマンを使う店もない」

「ピーマンきらいなんだ」

「ここではピーマンは栽培も禁止だ。ついでにいうと目玉焼きにはソースだ。しょうゆをかける人間は住めないようになっている」

「なるほどなあ......それはそうと、なんか不思議な感じがすると思ったら、平屋建ての建物ばかりじゃないか」

「おれは高所恐怖症なんだ。つまりミズシマワールドでは全員高所恐怖症。だから二階建て以上の建物はない。怖くて建てられないんだ。木もあまり高くなるものは植えてない。手入れが怖いし、実が成っても怖くて収穫できない。別にいいだろ」

「もちろんいいとも。おまえの世界なんだから。それより、この道、急に行き止まりになってるけど」

「ああ、工事の途中で飽きたんだな」

「飽きた?! た、確かに君は飽きっぽいところが......」

「そこの公園もハート形の花壇を作るつもりが、途中で飽きたので適当に仕上げた」

「いもむしみたいな形になってるぞ!」

「いいんだよ」

「あ......向こうの広い空間に、建てかけの施設のようなものが見えるけど」

「ああ、オリンピックを誘致するつもりだったけど、やめたみたいだな」

「ええっ。じゃあ、あれはスタジアムか何かかい?!」

「そうらしい。でも、よく考えたら高所恐怖症だから階段状の観客席って不可能なんだよ。ひょっとして、がまんしたらできるかもと思ったみたいだけど、工事の途中で作業員がその場で凍りついて動けない事案が多数発生して中止」

「そんなことわかってるだろ。全員おまえみたいなんだから」

「見通しが甘いのもおれの特徴だからなあ」

「どうも君の世界には住めないようだなあ」

「そういう君の世界はどうなってるんだ」

「ふふふ。遠慮せずに来ればいいさ...」

「おー、これがおまえの世界、カワナカワールドか」

「いや、カワナカランドだ」

「おまえのほうが遊園地みたいじゃないか。いやー、なんだか......妙にきれいだな」

「当然だ。カワナカランドの住民は全員おれと同じくきれい好き。ごみが落ちてるなんて耐えられないんだ」

「ほんとか。何か捨ててみよう......びいいいいっ! 鼻をかんでティッシュを...わっ、あちこちから住民が飛んできてゴミを強制的に持って行ってしまった! 路上にごみを捨てる自由もないのかカワナカランドは」

「ないに決まってるだろ」

「びっくりしたなー。しかし意外だ。カワナカランドも建てかけの建物があちこちに見えるじゃないか。おれといっしょだ。おまえも飽きっぽい性質だったとは知らなかった。わははは」

「ひどい誤解だ。あの塔は30年前から、その横のビルは50年前から、そして向こうのほうに見える集合住宅群は70年前から建築が続いている。周到かつ綿密な長期計画にもとづき、少しずつ、少しずつ建設が進められている。途中でやめてないし」

「おお、確かに、よく見れば工事中だ。ヘルメット姿の作業員がいるし、クレーンも動いている。そういえば君は会社でも有名な、こつこつ型のしつこい人間だった」

「しつこくて悪かったな。ところで腹が減ったら言ってくれ。うまい店に連れてくよ。ただし、何の料理でもタマネギ抜き」

「え、タマネギがだめなのか。あんなベーシックな野菜が」

「あんないまわしいものはここには存在しない。カツ丼もカレーもハンバーグもタマネギ抜きだ。でもピーマンはたっぷり入ってる」

「カワナカランドは地獄か!」

「タマネギなんかなくとも全然困らないことをこの世界は示しているんだ!」

「地獄だ!」

「ピーマンの何が悪いんだ!」

「カワナカランド、滅びろ!」

「ミズシマワールドこそ隕石にあたって消滅しちまえ!」

言い合っているうちにミズシマくんとカワナカくんは、いつしかまた別の妄想世界へ入ってしまったようだ。突然頭の上から怒鳴られる。

「......と思ってるんだ! これだからいまどきの若いやつはどうたらこうたらでイワシがみずぼうそうでメリケン粉が人見知りのなんとかだから全然あれがこうでそれがあれで水道管がどうしようもなく海パンなんだ!」

また別の男がやってくる。

「まったくこういう手合いにはよく言って聞かせるしかない。いい年をして何もわかっていない。学校教育にも責任はある。なぜはちみつのど飴とダイオウイカの関係に目を向けないか。まったく理解に苦し......」

さらに別の男がやってくる。

「われわれが若いころはこうではなかった。仕事に対する意識がそもそもホッチキスの弾である」

ミズシマくんとカワナカくんはふと顔を上げた。そこには部長と同じような顔つきの男たちがいて、てんでにまるで部長のような口調でお説教をしているのだ。ここは「全員が部長みたいな人間」の世界なのだ。

「だからコピーは裏紙で十分だと言っておるのだ。仕事もできないくせに新しい紙を使うなんて10年早い!」

部長みたいな男たちが声をそろえて言った。

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会社の仕事で古いフィルムを整理する必要があり、ファイルを物色したが4×5サイズのネガアルバムとなると選択肢が少ないこと。ネットで探して、一応あったので注文してみたらシートがペラペラでフィルムが安定せず(めくるたびに落ちる)失敗だった。やはり店頭で手に取ってみないとわからないものだ。