ショート・ストーリーのKUNI[161]回収お願いします
── ヤマシタクニコ ──

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呼び出し音が二回鳴ると、すぐに受付センターにつながった。軽く咳払いをし、鼓動を押さえつつ彼女は受話器を握り直した。穏やかな声が耳に伝わった。


「こちら○○市粗大ゴミ受付センターです。回収ご希望ですか?」

「ええ」

「品物は?」

「夫です…いえ、夫型のロボットです」

「夫型ロボット1体、ですね。ご住所は」

「○○区◎◎町3-2-2001」

「そちらでしたら、回収日は来週の火曜日になりますが、よろしいでしょうか」

「ええ」

「製造年月日はおわかりですか? 購入年月日でもかまいません」

「製造年月日は…わからないわ。購入は確か…5年前の…」

「5年前?」

「正確には5年と2か月くらい前かと…それより前ではないわ」

「それではこちらでは受付できません」

「どうして?」

「6年前にロボット回収システムが確立して、メーカーが責任を持って回収とリサイクルにあたることになりました。それ以前のものは行政で回収しますが、6年以内のものについては行政はいっさい介入できないのです」
「私の記憶違いかも。ほんとはそれより前かも」

「申し訳ありませんが、メーカーにご相談ください」

電話は一方的に切れた。彼女はふうっとためいきをついた後、メーカーの電話番号を調べてかけた。

軽やかな呼び出し音が鳴る。大きな組織らしく、会話ができるまでにいくつもの部署をまわされたが、それでもネットでの申し込みより早いはずだ。彼女には時間がない。

「お待たせしました。ヘンドリッジ・ロボットカンパニー・リサイクル部門です。お電話ありがとうございます。お使いのロボットが不調であるとのことですが」

「ええ」

「現在、どのような状態であるかお聞かせ願えますか」

「設定通りに動かなくなったの」

「といいますと」

「私が悲しそうな顔をしているときは『どうしたんだい。君がそんな顔をしているとこっちまで悲しくなるよ』『ぼくに何でも打ち明けておくれ』とやさしく声をかけてくれた、以前なら。

それが最近はなんだか、とても素っ気ないの。以前は私が不安を感じたりおびえたりしていると何も言わず抱きしめて、キスをしてくれた。

でも最近は見てみないふりをしている。そうとしか思えない。『やさしさの表現』設定は最高レベルである5にしているはず。変えたこともないわ。

それなのに…これは…致命的な故障だわ。これじゃいてもいなくても同じ。違うかしら。こんな説明で、わかります?」

話し出すと止まらなくなりそうだった。会社で、来月から日給を2割下げると通告された同じ日に、道を歩いていて後ろから来た男にぶつかられ、しかも「どこ見てんだよ、ばばあ!」と怒鳴られ、ぼろぼろの気分で帰って来た日のこと、いちばんの親友が重い病気になって心配でたまらなかったときのこと、会社に新しい服を着ていったら聞こえよがしに「似合わないのに」と言われて傷ついた日のこと。

夫は何もしてくれなかった。やさしい言葉ひとつかけてくれなかった。でも、そんなことまで言えない。

「わかりました。失礼ですが機種は」

「確かR12…R12シリーズよ」

「R12シリーズですね。そのシリーズは当社の製品の中でも当時はハイエンドクラスに位置づけられておりました。1号機発売以来10年を経ても、いまなおマニアの間では人気の高い製品、永遠のブランドと言われており」

「そんなことどうだっていいわ」

「このシリーズの夫型ロボットは向き合う相手、つまり妻にあわせて日々成長を遂げるのです。つまり、『やさしさ』が日々変化する。レベル5といっても、その具体的なありようはどんどん変化するのです」

「なんですって」

「彼----あなたの夫型ロボットはあなたに最もふさわしいと思える『やさしさ』をそのつど算出して表現しているのです。故障ではありません」

「今の私は不安におびえていても、夫から見てみぬふりをされるのがふさわしいというわけ?」

「私にはなんともいえませんが、彼-----ロボットはそう判断したのでしょう。あなたが変わればロボットもまた変わるはずです」

「余計なお世話だわ。あなたに何がわかるというの。リサイクルを希望します」

「そうですか。どうしてもとおっしゃるなら」

「市の粗大ゴミ受付センターで断られたから仕方なくお宅に電話してるのよ」

「恐縮でございます」

「いつ回収に来てくれるの?」

「その前に製造番号をお知らせいただく必要があります。製造番号はおわかりですよね?」

「製造番号? 知らないわ。どこに書いてあるの?」

「購入いただいたときの付属説明書とか…」

「購入のときは…たぶん人まかせにしていたのね。説明書がどこにあるのかわからないわ。記憶がないの」

「説明書がないときは実際にロボットの体に記された番号でけっこうですが」

「どこに書いてあるの?」

「尾てい骨のすぐ下のくぼみのあたりに、ごくごく小さな文字で10桁の数字が印字してあります。顔を近づけて見て初めて文字とわかる程度のものです」

「なんですって。そんなところを今見ろというの」

「それがわかりませんと、確かに当社の製品であることが確認できません。R12シリーズかどうかも疑わしいというものです。どこのメーカーにも自社と縁もゆかりもないロボットを回収する義務はありません」

「いま、夫は-----ロボットは寝ているのよ。せっかく寝ているのにそんなことをしたら…目が覚めてしまうわ。私は、ロボットに気づかれないようにこの電話をかけているのに」

「そういったご事情については何とも」

「しかも…睡眠時間は極端に短く設定してあるの。一日に一時間だけ。だって…私が寝ている間も起きててほしいじゃないの。そのほうが安心じゃないの。だから…そのときを見計らってかけているのに。もう既に30分以上経過したわ」

「一日一時間とは、ロボットにとってはさぞかし過酷な。いえ、それはユーザーさまのご自由ですが。ともかく、製造番号がわかりませんと、私どもといたしましても、なんとも」

彼女は、いつもいらいらしたときはそうなるように、指先が震えてくるのを感じた。みぞおちあたりが冷える気配、反対に頭がかっと熱くなる。あと何分? 気が気じゃない。そして、そうしてる間にも時間は過ぎる。

「もう、いいわ」

「は?」

「もういいのよ」

がしゃんと彼女は電話を切った。それから、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながらパソコンで検索を繰り返し、ある業者を選び、電話をかけた。ウェブサイトが恐ろしく悪趣味だった業者を、あえて。

「はい。なんでも回収センター」

投げやりな応対に、とたんに後悔の念が山のように押し寄せて彼女をつぶしにかかった。

「…回収してほしいの。夫…ロボットを」

「ロボットね。オッケー。R12シリーズ? なら問題ないよ。まだまだ値がつくからな。回収の費用は請求しない、そのかわり買い取りもなし、お互い無料ってことでいいよな。えっと…来週の金曜日の午後7時」

「もっと早くならないの? それに、午後7時は…」

夫が寝ている間に終わらせたい。業者はすやすや寝ているロボットにさっさと処置をしてその機能を停止させ、車に積み込むだろう。小汚いトラックに。そばにはさびついた旧型のステレオや傷だらけの冷蔵庫なんかもあるかもしれない荷台に。

近所の子どもが覗き込むかもしれない。ついさっきまで夫だったロボットをそこに横たえるなんて、そんなことができるのか? いや、できるだろう。

「近頃この商売もおかげさんで忙しくてね。来週金曜日までは無理だね。いいだろ?」

受話器からいやなにおいが漂ってきそうだった。

「どうせうちみたいなとこ以外はどこも回収に来てくれないんだろ? うちはまだ良心的なほうだぜ。あんたひとりじゃ運ぶこともできないだろ? ただで運んでやるんだぜ」

「わかったわ。それでいいわ」

「よし、じゃあ来週の金曜日。いいんだな」

「待って!…よくない、よくないわ…私は…私は」

「どうなんだ」

彼女はつばをのみこんだ。大きく呼吸をした。それから、相手が何か言う声をさえぎるように、電話を切った。胸がどきどきした。

何でもない、何でもない、これくらいと口の中でつぶやく。なのにこぼれ落ちる涙の意味が自分でもわからない。こんなとき、どうするんだっけ。ああそうだ。楽しいことを考えよう。

駅前のショッピングセンターにあるファンシーグッズの店で売ってるカラフルな小物。いくつになってもかわいいものを買うのは楽しい。地下には新しいケーキの店が入ったんだった。ちょっと値が張るけどおいしいらしい。特にフランボワーズタルトが…

すると奥の部屋で音がした。ロボットが目覚めたのだ。ゆっくりと、こちらにやってくる。

「お昼寝から覚めたのね」

彼女はなんとか間に合った笑顔をつくりながら、冗談っぽく言う。

「ああよかった。夢をみたんだ」

「夢?」

「ぼくがロボットで、どこかに売られる夢なんだ。君のいない遠いところに」

「そうなの? 変な夢ね」

夫型ロボットは子どものようなあどけない表情で彼女を見た。いまでもその顔を見ると胸の奥がじんわりあったかくなる。当然だ。そのように設定された表情なのだ。それ以上の意味はない。

ロボットは彼女をゆっくりと抱きしめる。彼女もロボットを抱きしめた。

「ほんとに夢でよかったよ」

「ばかね。心配することないじゃない。あなたがロボットのはずないんだから」

ロボットはうなずいた。

「おふくろに言われたことがある。いや、おふくろだったか学校の先生だったかわからない。だれか、尊敬できる人に。『あなたの尾てい骨の下のほうに10桁の小さな数字が書かれているけど、それはあなたがロボットなんかじゃない、人間であるしるしなのよ』って」

彼女はどきりとした。

「すべての人間には生まれつき数字が書かれているんだよね。その証拠に、君の尾てい骨の下にも数字が書かれている。君は自分で見たことはないかもしれないけど」

彼女の腕から力が抜けた。

「ぼくは何も心配していないさ…」

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テレビの「マッサン」を見ていてふと「はじめちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いてもふたとるな」の「赤子泣いてもふたとるな」ってどういう意味なんだろうと思った。

どんな場合でもふたをとってはいけない、というほどの意味と思っていたが、赤ん坊が泣き出すとふたをとるより赤ん坊のほうに行くだろうから、わざわざなんでそんなことを? と。

ネットで調べたら、昔は母乳のかわりに、炊いているご飯のうわずみ(おもゆ)をすくって赤ん坊に与えることがあったから、という説明があった。そうなのか。知らなかった。でも、アッツアッツでやけどしそうだし、母乳をあげたほうがいいと思うがなあ。