ショート・ストーリーのKUNI[184]患者が多すぎる
── ヤマシタクニコ ──

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ここはとある田舎の診療所。かなりのご高齢と思われるお医者さんがひとりで切り盛りしているという小さな診療所です。今日も患者たちがやってきました。

「はい〜、今日はどないしはりました」

「はあ、私、なんやしらん頭が痛くて痛くて」

「ほう。頭が痛い。いつからですか」

「さー、いつからですやろか……朝起きたときはどないもなかったんです。朝ごはん食べてるときもだいじょうぶでした。そのあと、歯をみがいて、テレビでニュース見てるときも普段と何の変わりもありませんでした」




「それから」

「テレビを見てから散歩でもしようと思い、ネコにカギをかけてドアにえさをやって出かけました」

「反対や」

「歩きだしてしばらくすると、向こうから来た男にいきなり頭をどつかれました。それからなぜか頭が痛くなりました」

「どつかれたら痛いのは当たり前や。見せてみ。あー、大きなこぶができてるがな。まあ心配ない心配ない。この膏薬をはっときなはれ。二、三日もしたらひっこむやろ。はい、次のひとー」

「先生、ぼく、なんか最近気分がすぐれません」

「そうか。気分がすぐれんか。まあなんともなかったらうちにはけえへんわな。で、どない気分がすぐれへんのや」

「あちこちがかゆいような、寒いような暑いような、気持ちいいような悪いような変な気分です。食欲も落ちてます。この調子ではライザップのAfterみたいになりそうです」

「なったらええやないか」

「それに、最近よくむかむかします」

「え、むかむか。吐き気が」

「いえ、なんか腹が立ってむかつくんです。それで今朝も向こうから来た人をどついたら少し気がおさまりました」

「あんたかいな。どついたんは。それはいかんぞ。気分が悪いとゆうても人をどついたらいかん。……えーと、気分が落ち着く薬を出しておこう。これをのんで、しばらくおとなしゅうしとくように。決してひとはどつかんように。はい、次のひとー」

「実は急に寒気がしまして、そのままほっといたら熱も出てきたみたいなんですが」

「ほう。まず熱を測ってみて……36.2度……熱はないようやがなあ」

「いえいえ、咳も出るし、鼻水もとまりません。難儀してますねん」

「そんなようにはみえんが……」

「いや、私やなくて隣の田中さんなんですが」

「なんじゃそら。本人が来んと意味がないやろ」

「えーっ、本人限定ですか」

「あたりまえやろ、もー。何を考えてんねん。次のひとっ」

「先生、わし……わし……認知症かもしれません。しくしく……」

「泣きなさんな。どないしたんや。なんで認知症やと思うんや」

「ネットでたまたま認知症テストというのを見つけまして。『おとといの夕食がなんだったか覚えていますか』というのがありました。わし……思い出せませんでした。昨日はハンバーグ、さきおとといはサンマとおひたしと冷奴、さきおとといの前の日は……先生、さきおとといの前の日は何ていうんでしょう」

「知らんがな」

「さきおとといの前の日はてんぷらやったことも覚えてるんです。なのにおとといが思い出せません。ひょっとしたら、おとといという日は存在しなかったのかも知れないと思って近所の人にそれとなく聞いてみたら、いつものようにおとといはあったそうです」

「そうやろなあ」

「認知症の症状として『自分がだれなのかわからなくなる』というのも別のサイトにありました。そういえば若い頃から自分という人間は一体なんであるか悩んでいました。これは認知症の第一歩、いや、若い頃からわしは認知症やったのかも……」

「心配しすぎとちゃうかなあ」

「あと、野菜の名前を10こ、制限時間内に言いなさいというのもありました。わし、ダイコン、ニンジン、キャベツ、ジャガイモ、キュウリまでは言えたんですけどまだ五つです。やっぱり認知症かも…先生、言えますか、野菜10種類」

「10種類くらい言えるやろ。ダイコン、ニンジン、キャベツ、ジャガイモ、キュウリやろ」

「それはわしが言うたやつです」

「待て待て。ダイコン、ニンジン、キャベツ、ジャガイモ、キュウリやろ」

「はい」

「ダイコン、ニンジン、キャベツ、ジャガイモやろ」

「減ってます」

「うーん。野菜は興味ないからなあ。野菜カステラはよう食べたが」

「なんや先生もそんなんですか。ちょっと安心しましたわ。しやけど、また別のサイトを見たら、認知症が進むと『ささいなことで怒り出して暴力をふるう』というのがありました」

「なんか思い当たることがあったんかいな」

「はい、ゆうべもiMacを使ってましてね。メールを整理してたら迷惑メールのひとつに『あなたはこのメールを迷惑メールにしました……』と、うらみがましいことが書いてあったのでむかーっと来まして、『それがどないしてん、わしの勝手やろ!』とiMacを殴りかけて、値段を思い出してなんとか踏みとどまりました。レティーナモデルの大きなやつやから高かったんです」

「よかったよかった。しやから暴力はふるってないわけや。まー心配ない心配
ない」

「そうですかー。なんか心配で……先生、ほんまのこと言うてください。わし、ほんまに認知症とちゃいますか」

「ちがうと思うけどなあ」

「ほんまですか……絶対、ちがいますか……もし……わし、認知症やったら……どないしたらよろしいんやろ。しくしく」

「しつこいな。私が信用できんのかっ!」

「あー、いや、いや、そそそそんなことはありません、信用してます、信用してます!」

待合室でさっきの患者たちがひそひそ声で話しております。

「あー、怖かった。先生、まじで怒り出しはった」

「そやろ。しやからやっぱりやばいと思うねん」

「そうやな。間違いない。先生ももうええ年や。80はとうに越してるし」

「認知症かなあ……」

「野菜の名前10こ言われへんかったし」

「怒りっぽくなったしな。前は何言うてもにこにこしてはったのに」

「何より、わしらが入れ替わり立ち替わり別の患者のふりして行っても、全然気付いてないって……」

「だいぶ進んでるなあ、あれは」

たった二人しかいない患者がうんうん、とうなずきあいました。


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紅葉シーズンの京都はすさまじい人出、というのはだいたいわかるが、雨が本降りの日なのに、あちこちに傘をさした人の長い行列ができてるのにはびっくりした。で、やっぱり聞こえてくるのは中国語。

ツァーで日程が決まってたらどうしようもないんだろうな。遠くから来て雨とはかわいそうだな……いや、ひょっとしたら中国から雨女もしくは雨男がいっぱい来てるのかもしれないよね???