ある日、私は某所でささやかな宴席が開かれると聞いて出かけて行った。
大広間にいくつもの丸テーブルが置かれ、その上に置かれた菓子やサンドイッチをつまみながら、大勢のひとびとが談笑している。
その中に、周囲の人びとから「先生」と呼ばれている人がいた。私は彼を取り巻く人の輪が少し小さくなったころを見計らってそのテーブルに行った。
「失礼ですが、○○先生ですか」
「そうです」
「実は聞いていただきたいことがあるのです。数多の奇異な話を採取しておられる先生なら、お詳しいのではと思いまして」
先生がうなずいたので、私は話し始めた。
私は五年ほど前にある女と知り合い、恋に落ちた。一年後に結婚し、いっしょに暮らすようになった。妻は器量も良く、控え目な性格で私を立ててくれる。
ともに暮らすようになって四年が経った今も、自分が妻を愛する気持ちは変わっていないし、妻のほうも同様である。少なくともそう信じている。
ところが、一昨年あたりから──正確に何月何日とはわからないのだが──あるものが見えるようになった。ふたりだけの家のはずが、何かがすみついたようなのだ。
最初は野球のボールくらいだった。灰色で、輪郭は不定形。ふわふわとして、たえず小刻みに収縮しているようでもある。背後が透けて見えた、と思う。
そういうものがふと気づいたときにはいつも、そばにいる。夫婦で食事をしているとそばにいる。朝、出かけようとすると見送る妻のそばにいる。でも妻には見えていないようである。
薄気味悪いとは思ったが、疲れているせいかもしれないと思った。元の会社が倒産寸前の状態になり、やむなく転職した時期でもあった。
新しい職場は上司も穏やかで人間関係も良く、転職してよかったと思えるものだったが、それでも慣れないことが多く、しばらくはきつかった。
そんなことが影響しているかもしれないと思ったのだ。何よりそんなものが見えるなどと言っても妻は驚き、私を気味の悪い人間と思うだけだろう。そう思って黙っていた。
だが、灰色のものはその後も消えることはなかった。それどころか、少しずつ大きくなり、ボールから鍋くらいの大きさに、そして枕くらいの大きさになった。
背後が透けて見えるようだったのも、次第にそんなことはなくなった。なんというか、しっかりしてきた──ような気がした。
そのことに気づいたときは、すでにそれが出現して一年以上経っていた。もはやそれがいることが「いつものこと」になっている。
さらに月日が過ぎ、あるとき、驚くべきことが起こった。私はそれと、目を合わせてしまったのだ。つまり、それに目ができたということだ。私ははっとした。
そうなるまでは単なる物体であった。だが、目ができるとそうとは言えなくなる。何の表情も示さない真っ黒の穴のような目を見つめながら、私は何かが手遅れになってしまったことを感じた。
そうやって、よく見ると、そいつは移動するようにもなっていた。いや、移動するところが見えるようになったのだ。自分の脚で。
それまではふわりふわりと、あるかなしかの風に吹かれてでもいるような、自分の意志ではないような移動のしかたをしていた。たまたま気づけばそこにいて、また別の時には別の場所にというような。
だけど、そうではなくなった。目をこらして見ると、不定形の塊でしかなかったそいつの、下のほうにふたつの、ほんの小さな突起ができていた──。
「いかが思われますか。私の不安は日に日に増大するばかり、このまま放っておけばいずれ何か大変なことが起きそうな気もします。そうでなくとも、すでに私は妻に対してある種の裏切りをしているような気持ちでもあります」
私が言うと、先生はうなずきながらも笑みを絶やさなかった。
「心配することはないと思います」
「そうですか」
「似た事例は実にたくさんあります。古くは鎌倉時代の説話集に『灰乃児(はいのこ)の藁より出しこと』という一編があります。
ある男のもとに人とも動物ともつかないものがいつしか現れ、住みつき、何年も生活をともにしていたが突然行方不明になった。それがまた突然藁の山から見つかったという、単にそれだけの話ですが」
「灰乃児、ですか」
「灰を固めてつくったように見えた、との記述があります」
なるほど確かにあれは、言われてみればそのようである。いまにも崩れそうな様。ふわふわとはかなげな様──。
「もちろん、現代でも似た現象は多く報告されています。時代と場所を選ばず、灰乃児は出現する。そこに何の理由も必然性もなく。それが故に人々を不安にさせるわけだが、やがて灰乃児はまた、理由も何もなく消える。
だが、ほとんどの場合、灰乃児は何か悪さをするわけではない。灰乃児のせいで家運が傾くこともないし、反対に栄えることもない」
「ほとんどの場合とおっしゃいましたが、そうではない場合もあるのでしょうか」
「例外がただひとつ、あるのです」
そして先生は話し始めた。
まだ若い夫婦だったが、やはり夫のほうからの報告例である。
何かいるが、妻には見えていない。最初は虫かと思ったそうだ。それくらいの大きさのうちから気づいたということである。それが次第に大きくなる。
まさしく無造作にこねた灰色の塊のようであったものから、脚らしきものができる。手も生えてくる。夫である人と時々、目が合うようになる。しばらく見つめあうこともあったそうだが、意思の疎通ができたわけではない。
そのころ、なんとなく名前をつけたくなったので「カイ」とつけた。なぜそんな名前をつけたくなったのかはわからないが、「灰」に通じるところが興味深い。
しかしもちろん、名前をつけたといっても呼べば応えるわけでもない。
そのうち、妻が妊娠した。胎児は順調に育つ。腹がどんどん大きくなる。カイは妻の腹を興味深げに見ていることが多くなった。もちろん、妻は何も知らない。自分の腹を灰色の何かが見ていることなど。
やがて月満ちて赤子が生まれる。男の子だ。そのころにはカイはかなり大きくなっていて、赤ん坊より大きかった。脚にも手にも、くっきりとした指が生えている。まるで人間のような。
夫が赤ん坊を眺めたりいとおしげに手で触ったりしていると、カイはいつの間にかそばにいて、不思議そうに見ていることもあった。
カイとふたりだけのとき、夫は「おまえの弟だよ」とカイに話しかけたりもしていた。夫にとってカイはもはやわが子のような存在であった。
どこまでも黒い闇のような目からはおよそ感情らしきものも読み取れなかったが、いつも静かで、不気味なほどひっそりとしていた。
そうしてある夜のことだ。仕事を片付けて、さあ寝ようとした夫は何気なく赤ん坊が眠る部屋をのぞいた。
すると何ということか、赤ん坊の上にカイが馬乗りになっていた。そして、赤ん坊の顔を覆うように両手をあてがい、強く押しつけているのだ。
夫は驚いて「やめろ!」と叫んだ。そして、なおも続けようとするカイをはねのけた。いや、はねのけようとしたが一瞬遅かった。赤ん坊はすでに息ができず命を閉じようとしていた。
その赤ん坊の体の中にカイはするすると入り込んでいった。もっと確かなからだがほしいと言わんばかりに。夫の手はすべてが終わる直前に、カイの体をかろうじてかすっただけだった。
やがて息を吹き返した赤ん坊──すでに元の赤ん坊ではない──は火がついたように泣き出し、隣の部屋から妻が走ってきた。そうして赤ん坊を抱き上げ、自分もいっしょになって泣き出した。何があったの、何があったの…と言いながら。
夫は足下に転がった灰色の指先をただ見ていた。カイの左手の、ちぎれた小指だ。
聞き終わった私はしばらく放心していた。手には冷や汗がにじんでいる。
「いささか驚かせてしまいましたか。しかしこれは最初に申した通り、例外というべきものです」
「はあ」
「灰乃児が出現しても、たいていの場合、何の益するところも害するところもなく終わる。いなくなってしばらくして『そういえば最近、あれを見ないがどうしたのだろう』と思う。
ついには『もともとそんなものはいなかったのかも知れない』『幻覚だったのか』と片付けられてしまう。そういうものです。私にはむしろ、灰乃児はあわれな存在に思えます」
先生はかすかに笑い、話を切り上げるべく尻を浮かせた。私もあわてて席を立った。そのとき私は気づいた。先生の左手の小指が、まるで外側だけで中身がないように、だらりと垂れ下がっていることに…。
【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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勤めを辞めてから、家の掃除に時間をかけられるようになった。この汚れは取れないだろうと思っていたが、ちょっと工夫すれば……取れるじゃないか! こんな道具があれば便利なんだがと思い……調べたらすでにあるじゃないか! などなど、驚き、そして深く深く反省の毎日。
真剣にやろうとする人の元には新しい情報も自ずと集まるが、そうでない人はウン十年前の手法を繰り返すだけ。どの世界も結局いっしょだと痛感。とりあえず、部屋は以前よりは少しきれいになったものの、まだまだ道のりは遠いのでした。