ショート・ストーリーのKUNI[211]心配するなわしらがいる
── ヤマシタクニコ ──

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「こんにちはー。村西さん、いてはりまっかー」

「ああ、これはこれは老人クラブ、やないシルバークラブの会長、大河内さんやないですか。どぞ、どぞ」

「いやー、ちょっとうわさを小耳にはさんだんですが、何ですか、あんた『全日本年寄り文学賞』に応募するとか」

「え、なんで知ってはるんですか」

「こないだ飲み会でそない言うてたそうやないですか。『実は私、全日本年寄り文学賞に応募して、一発あてたろ思てますねん!』と」

「え、そうでしたか?! 何せあのときは酔っ払ってまして…ええ?! ほんまに? …うわーえらいこと言うたな」

「しかも、そのとき『大賞に選ばれたら賞金の100万円はシルバークラブに寄付したる!』と言うてたとか」

「ええっ…いや、そんなことまで? ええっ?!」

「隠さんでもよろしいがな! ありがたいありがたい。見上げた心がけや。グラウンドゴルフの道具にカラオケのマイク、それに毎月の定例会の弁当代、それと、シルバー会館のポットを買い換えてくれという要求も出ておりましてな、予算もないし、どないしようと思てたとこですわ、助かります。100万円全額とはいわんが、95万円くらいあれば」

「いや、それは…あの…」





「いやいや、何も気にせんでもよろしい! あんたが公園の掃除当番をいつもさぼってることとか、回覧板をまわす役もさぼってるとか、ゴミ出しの日を間違えてえらい迷惑やかけてるとか、そんなこと全然気にせんでもよろしいって…賞金寄付してもろたら」

「脅迫ですか!」

「で…小説はうまく進んでますか」

「それが…締め切りは三日後なんですが…その」

「心配せんでよろしい!」

「ええっ?」

「実はシルバークラブ全体で村西さんを応援しようやないかということになりまして、みんなで小説のアイデアをいろいろ考えたんですわ。村西さんひとりにしんどい思いをさせるのは忍びないということで」

「はあ?」

「で、最近はやりの、あの、ほれ…体が入れ替わるというのはどうやろ」

「入れ替わるって、だれとだれが」

「それはあんたが考えることやないですか!」

「はあ」

「私もよく知らんのですが、最近はやってるそうですな。なんかわからんけど、入れ替わるんです。まず基本的なコンセプトはそれでいきます」

「いきます、て…」

「細かいことは気にせんでよろしい! で、次に、主人公の記憶は一日しか持たないことにしましょ」

「あー、はあ…」

「よく知りませんが、そういうのもはやってるらしいですな。何がおもしろいのかわかりませんが。われわれからみると一日も持ったら十分やないかと」

「いや、そういうのとは違うような気もしますけど」

「あと、主人公にはあっと驚く秘密がある」

「はあ…わかりました。秘密があることにします」

「変な秘密やないんですよ、変な秘密って何かと聞かれても困るけど」

「変じゃない秘密ですね。わかりました」

「次に登場人物の名前ですが、どんなふうになってます?」

「えーと、主人公が柳原順子」

「画数がようないなあ。柳沢にしましょう。名前はできたら和子に」

「いや、そんな。もうその名前でだいぶ書いてますし。だいたい私の別れた元妻が和子で」

「村西さん!」

「はは、はい」

「わがシルバークラブのためやないですか。わがままを言うてる場合やない」

「えー」

「で、他の登場人物は」

「順子…じゃない和子…いややなあ…の夫が君雄です」

「柳沢君雄…えーと…地格と人格が凶。洞察力と天性の美的センスを持ちますが、鋭い感性が災いして気苦労が絶えません」

「スマホで調べてるんですか!」

「あまりいい名前ではないが、そういう設定の登場人物なら、まあよろしい」

「はあ」

「で、小説というのはあらすじだけで書けるもんやない。何よりディテールが大事。何か興味をひくエピソードが必要かと思われます」

「そうですそうです。さすが会長」

「そこで会員たちに、これはと思うエピソードを書いてもらいました。さすが
みなさん無駄に年を取ってないといいますか、いろんなエピソードが集まりま
した。好きに使うてください」

会長はどこからかクリアファイルを取り出し、村西さんにどさっと渡した。

「これが全部、そのエピソードですか。えらいことやな。えー……

『私は子どものころに犬にかまれて大けがをしましたが、そのときにお世話になった看護婦の佐藤きみよさんとは、今でも交際が続いております。彼女は大分県の出身で父親と仲が悪く云々』

『製粉会社に勤めていた折、上司から酒は飲んでものまれるなよと厳しくしつけられた。そんなある日、つい飲み過ぎた私は溝にはまって云々』

『それは冷たい小雨の降る日でした。彼女と私は超えてはならない一線を云々』

『安保反対闘争のさなかだった。親友の屋鋪丸豊から悩みを打ち明けられたのは云々』

『私は長年にわたって慣用句や故事成語を研究している。今回のアンケートとは趣旨が異なるやもしれぬが、その研究の一端を披露しようと思う。まず、へそが茶を沸かすという表現であるが云々』

……私はいったい、何を書けばいいんですかっ」

村西さんは泣きそうだったが会長は意に介さず、

「いやいや、遠慮せんでよろしい。好きに使うたらよろしいんです。お礼もいりません」

「だれがお礼を」

「あと、執筆に関しては、シルバー会でもできるだけ協力する覚悟でおります。会員の中にはパッチワークの先生からホームヘルパー有資格者、大型二種免許保持者まで、さまざまなスキルを持ったものがいますので心強いかと思います。何も遠慮することはありませんぞ。私もこうみえても、現役時代にはエクセルの達人とも神とも言われておりました」

「いや、小説はエクセルで書きませんので…」

「なんと。エクセルにできないことがあるとは!」

「いや、できないことはないでしょうけど…」

「とにかく、そういうことですので、よろしくお願いしますわ!」

会長は村西さんの両手を包み込み、ぎゅっと握り、振り、ついでにハグまでしてはぐました、いや、はげました後、帰って行った。

村西さんは仕方なく主人公の名前を変えたのはもちろん、ストーリーを大幅に変更、エピソードを無理矢理詰め込み、なんとか奇跡的に締め切り前日にまとめあげた。

ところが、いざプリントというときになって気がついた。三か月前に郵便で取り寄せた応募要項を読み直してみたところ、「原稿は手書きに限る」と書いてあったのだ。村西さんは青ざめた。


──応募者のみなさまへ

全日本年寄り文学賞は年寄りによる年寄りのための文学賞です。当事務局も平均年齢75歳の年寄りが運営しております。インターネットでのお申し込みを受け付けていないのはもちろん、原稿は手書きのものに限らせてもらっております。昔ながらの原稿用紙に心をこめて書く。これこそが「書く」ということの原点であると信じております。

・ワープロ、パソコンによる原稿は認めません。

・文字はあくまでもわかりやすく、マス目いっぱいに大きく、楷書で、年寄りにも読みやすく書いてください。読みにくい原稿だと審査に響くことがあります。というか審査ができません。

・書き間違ったところに線を引いたり、修正テープで消して上から書くなどされるとたいへん感じが悪いです。審査に大いに響きます。お気をつけ下さい。


「もしもし、大河内会長ですか? 夜分恐れ入ります、村西です。ええ、おかげさまでなんとか書き上がったんですが、実はその、シルバークラブのみなさんにご協力していただきたいことがありまして…ええ …実はですね

応募方法をよく読みましたら、手書き原稿しか受け付けないということで…

ええ、ええ、私が書いたのはパソコンですので、それを手書きで清書しないと …はいはい、自分で書きたいのは山々なんですが、元々悪筆で、しかも原稿用紙で500枚ほどありまして …1字でも間違うとそのページは一から書き直さないといけないので、かなり時間がかかりそうで

…はい、明日中に投函しないといけないんですが、この調子では間に合わない可能性も出てきまして …みなさんに清書を手伝っていただけたら助かるんですが …え? はあ? 

字のきれいな山本さんはいま入院中? 高田さんは手根管症候群で飯山さんは頸椎ヘルニアやから無理? 森村さんは孫のお守りに娘さん宅に行ってて留守? 倉田さんはひまやけど、ふだんから手がぶるぶる震えるので無理? わしも手伝いたいけど字が下手で? 

…エクセルやったら? いや、エクセルはいいですって

…あとはパッチワークの先生とヘルパー有資格者がいるけどふたりとももう寝てる? しかも字が汚い? 見てたら腹が立つくらい、ってどんな

…え? そもそもわしらの年になると楷書が書きにくい? 楷書で書いてるつもりが字が勝手に崩れる、どころか次の字とひっついて続け字にするつもりもないのに続け字になってしまう?

…くどいようやけどエクセルはあかんのか、って …あかんに決まってるやないですか!」

シルバークラブの弱点を思い知らされた村西さんであった。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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団地住まいだが、20数年ぶりにお風呂が新しくなったので、毎晩わかすのが楽しみ。前の旧式のお風呂では適当に時間を見計らっていたので、温度の設定なんかしたことなかった。

とりあえずデフォルトだという42度にしたらアッツいのなんの。たまらんので1度下げ、また1度下げ、いまは39度にしている。そういえば旅館の大浴場なんてたいてい拷問みたいに熱いよね、そんなことないですか?