ショート・ストーリーのKUNI[215]帰省の準備はお早めに
── ヤマシタクニコ ──

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「やー、喜村先輩。何やってるんですか」

「梨本か。見てわかるだろ。何もやってないさ」

「そのようですね。退屈じゃないですか。なんでしたら僕の友達のグループ、というかコミュに参加してみては」

「コミュ?!」

「いろいろありますよ。僕は今んとこ、勤めてた会社のコミュ、卒業した高校のコミュ、大学のコミュ、住んでた街のコミュ、歯医者の恐怖を語ろうコミュ、アニメコミュ、映画大好きコミュ、あと……」

「わかったわかった、いろいろ入ってるんだ。付き合いのいいやつだな。おれはそんなのどうでもいいさ。なんで、死んだ後までそんなことしなくちゃいけないんだ。それに、おれのこと先輩先輩というなよ」

「仕方ないじゃないですか。僕より先にこっちに来たんですから。あ、同期のコミュってのもありますよ。つまり、いつ死んでこっちに来たかっていう区分。これでいうと、先輩と僕は同期になるんです」

「知るか!」

そう、ここは死んだ人間が来るところ、いわゆるあの世でございます。喜村さんも梨本くんも、割と最近死んだので、まあ新死人というところでしょうか。死人仲間でも、やはり死んだ時期が近いと親しくなるようでございます。





「だいたいおれは昔からみんなと一緒というのが大嫌いなんだよ。なんでいちいちみんなと一緒じゃなきゃならないんだ」

「いや、そのほうが何かと便利だからでしょ。効率の問題っすよ」

「みんな年頃になるとどんどん結婚する。結婚しないと周りがやいのやいのと言う。おれはうんざりして、結婚なんか一生しないと決めたね」

「だれか好きな人はいたんですか」

「いたけど相手にされなかった」

「なんだ。結婚『できなかった』んじゃないですか」

「学校出て社会に出て、こつこつ働き、金を貯めてみんなは家や車を買った。おれはそんなもの絶対買うまいと決め、実際買わなかった」

「お金があったのに、ですか」

「なかったんだよ! うるさいな。それから、当時は民民党支持者が多かった。自自党も多かった。おれはどっちもいやだった。腹がたつので新聞読むのも選挙に行くのもやめた」

「それって結局、めんどくさがりってことじゃないんですか。いや、別にいいですけど」

「しかしな。最近の若いやつの政治離れはひどいもんだし、結婚しないやつも増えてるじゃないか。時代がおれに追いついたというか。おれってひょっとしたら早く生まれすぎたのかもな」

「はあ」

「とにかくな。おれはみんなでつるむのが嫌いなんだから、ほっといてくれ」

「そうですか。僕なんか今でも勤めてた会社のコミュを通じて、社内の人事とかいろいろ知ってますけどね。それにここ、サークル活動も盛んなんですよ、知ってました? 来月は年に一度の発表会だとかで、いまあちこちで盛り上がってますよ。僕も案内状もらいました。ほら、これ」

「知るもんか。勝手にやれよ」

「偏屈だなあ」

「偏屈でけっこうだ」

「ふうん。それはそうと、もう準備してます?」

「何の」

「お盆の帰省」

「はあ?」

「いや、僕たち死んだ人間はお盆に帰るじゃないですか、住んでたところへ」

「ええっ」

「お盆の時期って混雑するからみんな早めに準備するらしいです。もう今、5月の終わりじゃないですか。とっくに受け付け始まってるんですよ」

「受け付けって、何の」

「僕も初めてなんで詳しくは知らないんですが、なんでも地上行きの直行エスカレーターが出るそうです。期間限定の。それに乗るのが一番楽だそうです。通ってた幼稚園コミュがありまして、そこで知りました」

「そのエスカレーターが、まさか激混みとかいうんじゃないだろうな」

「激混みどころか……ってレベルらしいですね。乗り場にはものすごい行列、エスカレーターではもうほとんど折り重なってまして、みんな落ちそうになるのを必死で手すりにしがみついてるとか。ただし早めに『特別便』を予約しておけばだいじょうぶらしいです」

「なんで死んでまでそんなことしなくちゃならないんだ!」

「僕に言われても知りませんよ」

「だいたい死んだ人間はふわ〜っと飛んだりするんじゃないのか。エスカレーターって何だよ」

「確かに、エスカレーター業界との癒着を疑う声もあるようです」

「いや、そういうことじゃなく……あー、ま、いいさ。そういうことなら、おれはやめた」

「え、帰省しないんですか」

「ああ、しない」

「ご家族とか生きてらっしゃるんじゃないですか」

「よぼよぼのお袋がいるだけだ。わざわざ行かなくてもじきにこっちへ来る」

「そんなことないですよ。それに、よぼよぼなお母さんほど、やっぱり帰ってきてほしいもんじゃないですかね。絶対、みんなそう思ってますよ」

「ほら出た。そういう、『みんなそうだから』というのがいやなんだよ。おまえもやっぱりそういうんだな。せっかく後輩だと思って仲良くしてやったのに。よし、帰らん! 何が何でも帰らん!」

「そんなこと言わないで。帰ったほうがいいですってば」

「だめだ!」

「そこをなんとか」

「うーん……じゃあ、帰るよ。だけど、お盆の時期ははずす。混んでるの嫌いだし」

「いつ帰るんです」

「知らん。とにかく、お盆はいやだ。ほかの、ゴールデンウイークとかシルバーウイークとか、なんか最近いろいろあるだろ。月曜日に祝日を持って来て三連休にしたりさ。ああいうのでもいいだろ」

「いや、趣旨としてどうかと」

「プレミアムフライデーでもいい」

「プレミアムフライデーに死者が帰るって聞いたことありません。だいたい午後3時以降の数時間しかないじゃないですか」

「うるさい。とにかくみんなが行かないときに行く!」

というわけで、へそまがりであることにアイデンティティを見いだしている喜村さんは、純粋平日、ど平日、しかも天気の悪そうな時期を探しまして梅雨の真っ盛り、6月の某日に帰ることにいたしました。

「おー、ここが地上行きエスカレーター乗り場か。えっと、ここが入り口で……」

「お客様お客様」

「なんだよ」

「ただいまの時期は地上まで直行便はございませんが、よろしいでしょうか」

「え、そうなんだ。途中で乗り換えか」

「さようでございます。まずあちらのエスカレーターに乗っていただき『東の果て』まで行っていただきます。そこから代替バスで、『中の果て』エスカレーター乗り場に行き、『果ての果て』行きエスカレーターに乗って終点まで。そこからパラシュートで、各自自由に降りたっていただくことになります。

なお、『東の果て』からバス乗り場まではけっこうな距離がございますのであらかじめご了承ください。また、本日運行しておりますエスカレーターはお盆の直行便とは違いまして、旧型のものですので若干乗り心地が劣りますがご容赦ください」

「なんだそりゃ。めちゃくちゃ不便そうじゃないか。最後はパラシュートって、失敗したら死ぬぞ。あ、もう死んでるか」

「お盆以外の時期は利用者がほとんどございませんので、直行エスカレーターを運行すれば大赤字になります。なにとぞご理解ください」

「しかたないなあ」

喜村さんは言われた通り、直行便ではないエスカレーター乗り場に行き、ろくに整備していないらしいがたがたのエスカレーターに乗り、途中、混んでるわけでもないのに振動がひどくて振り落とされそうになりながら「東の果て」まで行き、そのあとかなりの距離を歩いて代替バス乗り場に行き、これまたぼろぼろのがたがたのお尻が痛くなるようなバスに乗り換え、またエスカレーターに乗り、最後はパラシュートで、やっとこさ地上に降りました。

「あー疲れた。いくらシーズンオフと言ってもひどいもんだ。死ぬかと思った……ってもう死んでるか。なんだ不便なもんだな、こういう表現を使えないのは。『死ぬほどうまい』も『死んでもいやだ』も使えないし、『おまえなんか死ね!』といっても無意味だったりするんだよな。あー不便だ不便だ……と言ってるうちに、なつかしのわが家が見えてきたじゃないか。見えてきたんだけど……」

ふと、出発前に梨本くんが言ってたことを思い出しました。

──お盆に帰ったほうがいい理由はもうひとつあります。お盆だと最初から地上ではみんなが死者を迎える態勢に入ってるじゃないですか。何も言わなくてもお供えをしてたり。そして帰るときも送り火をたいて送ってくれます。上げ膳据え膳なわけです。ところがお盆以外はそうはいきませんので、もしご家族に帰ってきたことを知らせたいなら、なんでも自力でやらないといけないんですよ。

「……そんなこと言ってたなあ。うーん、どうしようかなあ。そもそも知らせなくちゃいけないんだろうか。黙って帰ってまた黙って出てきてはいけないんだろうか。いや、それでは一方的にのぞきに行っただけになる。そもそもお盆というのは、死者と生者との交流の場ではないのか、なーんてな。いや、この場合お盆ではないのだけど、うーん。どうしたものか」

そうこうしている間に実家の前に着きました。梅雨の真っ最中ですので雨がびしょびしょびしょびしょ降っておりますが、死人ですから気にしません。蒸し暑いせいか表の戸は開けっ放し。

そのまま入っていきますと、畳の部屋に年取った母親が座っています。テレビを見ながらひとりごとをぶつぶつと言っております。

「早いもんで、もうすぐあの子の新盆やけど、へそまがりのあの子のことやからお盆にも帰ってけえへんやろなあ」

わかってるじゃないか、さすがおふくろ。

「そしたらもったいないから、お盆のお供えも買わんとこ」

ケチか。いやいや、それでいいさ。

全体的にいっそうコンパクトになったように思えるのはやせたのでしょうか。まじまじ見る顔は、顔というよりはしわの集合体といった趣になっておりまして、ほんとに老けたなあと思わざるを得ません。

いくつになったっけ。えっと。80は超えてるよな。いや90だっけ。いかん。親の年もわからないなんて、親不孝もいいとこだ。

喜村さんはそっと手を母親の肩に置きましたが、当然母親は何も気づきません。やっぱり。むむむ困ったなあ。あたりをきょろきょろと見回すと、棒の先に緑色のボールがついた、肩たたき棒がタンスのそばに転がっているのが目につきました。喜村さんはそれを持ち上げ、母親の肩をそっとたたきました。母親はびくっとして、それからぽつりとつぶやきました。

「あ、帰ってきたんか」

喜村さんが「イエス」の意味でまた一つたたくと母親はうなずき、目を閉じました。

「ああ、もうちょっと右。あ、そうそう。いや、もうちょっと左やな。右に行きすぎやわ……あ、そこそこ。あーええ気持ちや。もうちょっときつうてもええけどな」

母親の指示に従いながらぽこん、ぽこん、またぽこん、と肩をたたいているうちにさすがにちょっとしんみりとした気分になってくるのですが、いやいやいかん、おれとしたことがこんなことでどうする、とぎゅっと脇を締めるとつい力が入ってぽこっ!と叩いてしまい「何すんねんな、痛いがな!」と母親に怒られ、へそまがりを貫くのもなかなか難しいわいと思ったりする喜村さんなのでした。


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しばらくヨーグルトを食べるのをやめていたが、なんとなくまた買ってみた。前はプレーンヨーグルトだったが、今度は気分を変えてカップ入りのやつにした。ところが、乳酸菌が「生きたまま腸に届く」とか、「胃で生き残る力が強い」とうたっているヨーグルトにもいろいろあるんだね。

ビヒダス(ビフィズス菌)、ソフール(シロタ株)、おなかへGG(LGG乳酸菌)だとかLG21(ラクトバチルスガッセリー)とか。どれが一番いいのかわからないので毎晩、交替で食べてます。