映画ザビエル[51]おセンチなプロレタリア作品
── カンクロー ──

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◎希望のかなた

原題:Toivon Tuolla Puolen/The Other Side Of Hope
公開年度:2017年
制作国・地域:フィンランド
上映時間:98分
監督:アキ・カウリスマキ
出演:シェルワン・ハジ、サカリ・クオスマネン、イルッカ・コイヴラ

●だいたいこんな話(作品概要)

内戦が激化するシリアから、一人の青年が逃れてきた。空爆で家族も住まいも失い、難民キャンプを渡り歩くうちに、唯一生き残っていた妹ともはぐれてしまった。

フィンランドの港町ヘルシンキに、偶然の重なりあいで辿り着いた彼は、妹を見つけたい一心で真っ直ぐに難民申請の手続きに向かう。しかし申請は却下され、シリアに強制送還されることになる。

保護施設で知り合った他の難民や職員の協力を得て、彼は不法滞在する形でヘルシンキに残る選択をするのだが。





●わたくし的見解:そこはかとない可笑しみで、辛辣な現実を包みこむ傾向映画

アキ・カウリスマキ監督は、私の中では「ダメ男映画」世界三大巨匠の一人として輝く存在です。ちなみに、三大巨匠の他2名は、ジム・ジャームッシュと山下敦弘。

とにかく、「オフビート」という都合の良い言葉で作品を紹介されながら、ただダメ男を描くのが好きな他2名の監督。すっかり商業監督になっても、山下監督に求められるのは基本、ダメ人間を描いたもの。ジム・ジャームッシュについても、晴れ時々ダメ男、といった作品群になっています。

対して、ダメ男というよりは不幸にもうだつの上がらない、社会的成功者と真逆の立場にある主人公に、温かな眼差しを向けてきたアキ・カウリスマキ。変わらず、本当はダメじゃないダメ男をクローズアップしています。

山下監督とジム・ジャームッシュ監督が描く人々は、ダメ人間だから成功していないのが明らかですが、カウリスマキ監督の主人公たちは、のっぴきならない事情と、どうしようもない不運の連続で敗者となっただけで、本質的にはダメじゃない人々。

本作の主人公の、難民という立場はまさに、これに当てはまります。

むしろダメ男とは対照的な、勤勉で善良な市民であった青年カーリドは、度重なる空爆で命の危険にさらされ、妹と共に安全に暮らせる場所を求めて祖国シリアを離れます。

しかし、とめどなく増え続ける難民を受け入れる側のヨーロッパにおいて、カーリドは異なった外見、そして異なった言語と宗教と文化を持つ、危険分子のように見られる現実。

なんだか、とても覚悟の必要なチョットしんどい映画のように思えますが、これがカウリスマキ節によって、穏やかな気持ちで見守れる不思議な作品になっています。

ダメ男映画三大巨匠の、もうひとつの共通の特徴として挙げられるのが、ユーモア。爆笑ではなく、時にスベっているのではないかと思われるほどの、小さな笑い。

そこはかとない可笑しみで、辛辣な現実やダメ男の救いようのない愚かさを包み込み、鑑賞者にそっと飲み込ませる手法は巧みです。

この手法は、テーマがシビアになればなるほど必要になってくるのですが、難民問題については言わずもがな。

シリア人難民のカーリドに対して、その身に起きた悲劇や苦労を察し、無償で手を差し伸べてくれる人もいれば、異質なものを排除したい(そうすることで安心したい)人間の根源的欲求に従って過剰な攻撃、暴力を用いる人もいる。

良いことばかりではないし、かと言って悪いことばかりでもない現実を、独特のユーモアでコーティングして提示するカウリスマキ。

彼の映画の登場人物は皆、ほとんど無表情で淡々としています。それがかえって言動の滑稽さや、彼らの本質的な温かみを浮かび上がらせ、ボディーブローのように時間の経過とともにじわじわと効いてくるのです。

お洒落げなCMでも完コピされる、オフビートな世界観と独特な感性は、相変わらず健在ですが、あえて「難民三部作」と銘打たれた本作では、やはり一筋縄ではいかない難民問題について、決して楽観的ではない監督の視点が印象的でした。

いつもならば、ダメ男のレッテルを貼られた不幸続きの主人公に、やっと希望の光が差し込むような、ささやかなハッピーエンドが用意されているのですが、今回はタイトル(とくに原題)を示唆するような結末。希望の向こう側、反対側にあるものは何なのか。

希望の存在を信じながらも、それだけでは解決できない、乗り越えられない現実問題の難しさも隠さない。あらためて、アキ・カウリスマキの真摯で温かな眼差しを思い知る作品でした。

可笑しみも辛辣さも、やはり後からじわじわと効いてきます。


【カンクロー】info@eigaxavier.com

映画ザビエル http://www.eigaxavier.com/


映画については好みが固定化されてきており、こういったコラムを書く者としては年間の鑑賞本数は少ないと思います。その分、だいぶ鼻が利くようになっていて、劇場まで足を運んでハズレにあたることは、まずありません。

時間とお金を費やした以上は、元を取るまで楽しまないと、というケチな思考からくる結果かも知れませんが。

私の文章と比べれば、必ず時間を費やす価値のある映画をご紹介します。読んで下さった方が「映画を楽しむ」時に、ほんの少しでもお役に立てれば嬉しく思います。