エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[23]舞台女優・杉村誠子の話 タルタルソース
── 海音寺ジョー ──

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◎舞台女優・杉村誠子の話

ぼくは元来けちな性格で、金のかかるコンサートや演劇は避けて生きてきたが、西暦2011年から2013年だけは、例外的に劇場に足を運んだ。

それは誠子がメールで「来いや」と言ってきたからである。誠子は任意の劇団に所属していないフリーの舞台女優だ。

フリーのくせに年がら年じゅう公演と舞台稽古で忙しいのは、その実力を見込まれているからだろう。眼力がないので、現代演劇界においてどれほどの演技レベルなのかは判別できないが、芝居超上手です。

「一番好きな役者は誰ですか?」ともし人に訊かれたら、マダム貞奴でも倍賞千恵子でもなく、迷いなく「杉村誠子」ですと答える。





演劇論のことは観劇がお好きな、超短編ナンバーズの松岡永子さんにおまかせし、ただただ好きな役者、杉村誠子の話を今回は書いてみようと思う。

誠子とは、東京のとある超優良外食企業で知り合った。ぼくがその超優良外食企業で社員登用され、血の小便を流して働いてた時、アルバイト登用されたのが誠子だった。

文京区大塚の駅前のラーメン屋だった。二つのバイトを掛け持ちし、舞台稽古をやり、大道具小道具を作りチケットを売り、さらに売れない小説家志望の男を囲っていた誠子は、より多量の血の小便を流していて、大塚というディープタウンを舞台とした、リアルプロレタリアドラマが展開していた。

誠子は大阪出身で、京都から上京したぼくとは関西弁どうしで、休憩室では早々に打ち解けていった。

「杉村さん、演劇やってるんやって?」

「へい」

「どんな感じの劇をしてんの?」

「寺山修司て知ってますか? アタシ学生の頃から寺山が好きで、その系統のお芝居専門で参加してるんです」と流暢な大阪弁で返され、自分も学生の頃友だちの影響で一時期読み耽っていたな、という話をした。

「何読まはったんですか?」

「うーん、河出から出てるエッセーの文庫とか、歌集とか詩集とか天井桟敷の脚本集とか、小説の『あゝ荒野』とかだけかな。映像だと、単館でリバイバル上映されてた『田園に死す』と『トマトケチャップ皇帝』、NHKの衛星放送で流れてた『ランナー』も観たけど、その程度やわ」

「めっちゃ観てますやん、ほとんど読んでますやん!」

と身を乗り出されて、誘いますから是非次の公演を観に来て下さいと言われて、初めて生で寺山演劇を観ることになった。


A・P・B-Tokyoという劇団の『盲人書簡』という公演だった。阿佐ヶ谷駅近くのザムザ阿佐ヶ谷という小劇場で、横の空き地にズラッと列が出来ていた。

ぼくは演劇には心底疎かったので、天井桟敷は寺山の死で自然消滅したもんだと勝手に思い込んでいたのだが、劇団に所属していた方々が後継者として今でも幾つかに分派し、連綿と当時のおどろおどろしいアングラ劇を伝え続けていたのである。

真っ暗な劇場内。壇上にて各々が手に持ったマッチが擦られ、バッと役者一人一人の姿が浮かび上がり、フッと吹き消され残像だけ揺れ、闇へと引き返してゆく演出は凄く脳裏に焼き付いている。

長年の工夫や、アレンジの堆積もあったのかもしれない。幻夢めいた異色の世界に、観客を吸い込んでゆく。マッチの硫黄のブスブスとした匂いも異化効果を高めていた。

誠子は中堅的な役どころで、群舞に完全に融け込んでいた。

超優良外食企業、略してラーメン屋での誠子は、笑顔がグンバツの、深夜時間帯の看板娘だった。バイト仲間からはお嬢と呼ばれてて、今でもそう呼ばれている。

ぼくが厨房での調理係で、誠子がホールでの接客係だったのだが、愛想の良さは破格だった。お客さん一人一人に対し微細に違う笑顔、苦笑、親密顔、破顔、流し目を組み入れた艶笑と、精密に柔軟に顔面筋肉が動くのだ。

どんな表情も自在なのだ。それ故に、どんな表情をされても、それが本気の感情なのか演技なのかがわからなかった。どおくまんの名作漫画『嗚呼!!花の応援団』に出てくる薬痴寺先輩のように「役者やのー」「ほんま役者やのうー」といつも感心してた。


仕事を辞めて関西に戻ってからも、不思議と縁が続いて年に一回ぐらいのペースで、ラーメン屋のバイト友達ともども、池袋とかで落ち合って近況報告などしている。

誠子は三年前結婚し、その時「芝居はなー、無期限休業するねん! うへへ」と宣言してて、その時は皆ガックリしたが、その宣言は何故かなかったことになってて、今もバリバリ続けている。海外公演にも行ってきたらしい。

昨年末に、田端の居酒屋で会った時に「演劇って、宗教みたいなものなん?」と、苦労みそ舐めまくり話をひとしきり聴き終わってから、誠子に尋ねてみた。

「うーん、宗教やね。まさしく宗教やわ! こんだけ身銭を切って、血も涙も魂も削りたくってるんやから、宗教以上やね」と眉毛をハの字にして、誠子は困ったような、心底嬉しいような、いつものグニャグニャっとした柔らかい笑顔を見せた。

それが演技の笑いなのか、本気の笑いなのか、ぼくはいまだにわからないのだけれど。


◎タルタルソース

タルタル島のタルタル人は世界中から愛されている。それは相槌を打つのが無双に上手だからだ。

「そうっすねー」

「そうっすかっ?」

「そうっすよねー!」

実に的確に絶妙のタイミングで実感込めて打ってくれる。ほんとにほんとに、自分の話を聴いてくれるのは嬉しいものだ。

相槌を打つ時の、たるっとした笑顔も魅力。


【海音寺ジョー】
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◎杉村誠子さんの次回出演予定は、7月25日、千葉県美浜文化ホールに於いて、虹艶(にじいろ)バニー絵本音楽LIVE「嘘喰いの家」です。
http://nijiirobunny7.blogspot.com/?m=1


詳細はこちらにアップされるとのこと、お近くの方は是非会場へ足をお運びください。