ショート・ストーリーのKUNI[243]待ち合わせはどこで
── ヤマシタクニコ ──

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とある病院の一室。

「毎日来てくれてありがとう、マリ子。無理しなくていいんだよ。私もそう長くないから」

「何を言ってるの、ヒロシさん。大好きなヒロシさんと一緒にいることが、私の一番の幸せよ」

「私もだよ。マリ子と結婚できてほんとによかった」

「私もよ、ヒロシさん。大好きなヒロシさんと一緒に天国に行けたら、どれだけいいか」

「ばかだな。そんなこと考えなくていいよ。私は天国でちゃんと待っているから。急がなくてもいいし」

「そう? 絶対、待っててくれる?」

「絶対だとも」

「ほんとにほんと?」

「ほんとだよ」

「それなら安心……だけど」

「だけど?」

「どこで待っててくれる?」

「はあ?」





「待ち合わせ場所決めておかないと。だって、私、すごく方向音痴でドジでしょ? 向こうに着いて、ヒロシさんがどこにいるのかわからなくて、探しても探しても会えなかったら、私どうしたらいいの」

言いながらマリ子はもう涙目になっている。

「ああ、そ、そうだな。確かに」

「梅田の紀伊國屋の前で待ち合わせ、と言ってお互い右と左の入り口でばらばらにいつまでも待ってたことあるじゃない。あのときすごく心細かった」

「あそこは入り口が二か所だし、待ち合わせる人が多すぎてかえってわかりにくいんだよな。それで『梅田の紀伊國屋の前の大きなテレビがあるところ』にしたら」

「その後テレビが二つに増えたり、またひとつになったりしてなんだかわからなくなっちゃったでしょ。天国もそんな感じかも」

「そ、そうかな? とにかく紀伊國屋前はやめよう。泉の広場のほうが」

「あそこ、もうなくなっちゃうらしいわよ」

「え、そうなんだ」

「もともと、あそこ苦手だった。広場は割と見通し悪いし、『上に上がったところ』だと、どの階段かで違いすぎるし」

「そうだな……いや、天国には紀伊國屋とか泉の広場はないってば!」

「じゃあどうすればいいの。こんなだったら、私、無事に死ねてもヒロシさんに会えないかもしれないじゃない。心配すぎる」

マリ子の目から大粒の涙がごろんごろんとあふれ出た。

「ばかだな。泣くなよ、マリ子。そうだ。いまなら携帯やスマホがあるから待ち合わせ場所なんてみんなそれほど気にしないようじゃないか。私もかたくなに『携帯は持たない』主義でやってきたが、この際携帯を持つことにしようか」

「あなたってばかじゃない。天国で携帯が使えると思ってるの」

「おまえがそれを言うかね」

そのとき、「あのう」という声がした。隣のベッドの田中さんだった。

「FF外から失礼しますが」

「FF外って」

「あ、なんでもありません。いえ、お話が聞こえてきたもので、つい話しかけてしまいました」

「あ、いいですよ。こちらこそうるさくして恐縮です。で、何か」

「実は私、死にかけたことがあるんです。もう五年くらい前ですが」

「え! そうなんですか!」

「はい。そのときの経験がお役に立つのではと思いまして」

「それはありがたい!」

「どうでした? やっぱりお花畑とか見えるんですか、それとも三途の川?! 待ち合わせ場所はどこにしたらいいんですか?」

「マリ子、落ち着きなさい。田中さんは病気なんだぞ。いや、私も病気だが。すみません田中さん、ゆっくり説明してください」

「お花畑とかはなかったですね。ていうか、覚えていないというか。死ぬのに夢中だったんでしょうね、初めてですから。ふと気づいたら途方もない大きな人が足を広げてそびえ立っていました」

「大きな人」

「はい、あたりは灰色のもやに包まれていてはっきりしないのですが、その大きな人がたぶん、天国を管理する人なんだと思います。門番、的な? その人が何か私に言うのですが、なんと言ってるのかはっきり聞こえません。何しろ背が高くて口の位置がはるか高みにあるので。それで何度も『え?』『ええ?』と聞き返しているうちに目が覚めて、するとまわりでみんなが『あ、生き返った!』と言ったのです」

「へー!」

「あの大きな人の足下をくぐれば帰ってこれなかったと思います。あれが天国の入り口なのだとわかりました。遠くからでも目立つと思いますので、ご主人は『大きな人』のそばで奥様をお待ちになってはいかがでしょう」

「そうなんですか。これはいいことを聞きました」

「大きな人ね。わかりやすいわ! 私でも探せそう。これで安心ね。ヒロシさん!」

「うん、大きな人のところで会おう! なんだか楽しみになってきた!」

そのとき「ちょーっと待った!」という声が反対隣のベッドから上がった。

「そのおっさんの言うことはあてにならないぞ」

声を上げたのは事故にあって大けがをしたとかで、いまでもあちこち包帯ぐるぐる巻きになっている小平さんという、まだ若い男だった。

「どうしたんですか、小平さん」

「あてにならないとは、ど、どういうことだっ」

田中さんはむっとした声を出した。

「ふふ。そこのおふたりさん、そんなもん信じちゃいけませんぜ。そのおっさん、いや田中さんは名古屋出身なんです。途方もない大きな人が足を広げてそびえてたなんて、それ、ナナちゃんじゃないですか!」

「ナナちゃん! あの名古屋駅のそばの!」

田中さんは一瞬「あっ」という表情になったが、すぐに怒り出し

「ナ、ナナちゃんではない、違う、そうではない、大きな人なんだ! 私の言うことにケチをつけるつもりか、ごほ、ごほ」

「ケチなんかつけてないさ。名古屋人の深層心理にはナナちゃんがすり込まれているんだなーと思っただけさ」

「ナナちゃんのどこが悪いんだ! 失敬な。二度とコメダ珈琲に行けなくしてやるぞ! ごほごほ。そもそも君はなんでそんなえらそうに言えるんだ。よく知りもしないで」

「おれも死にかけたことがあるからだよ。バイクの事故で」

「え、あなたもそうだったんですか!」

「ぜひ経験を聞かせてください!」

ヒロシとマリ子が声をそろえ、田中さんはくやしそうな顔をした。

「おれはバイクでぶっとばすのが趣味でね。運転には自信があるんだよ。そのときも調子良く飛ばしてたんだけど、目の前を突然、猫かイタチか、なんかそういうのが飛びだした。避けようとして信号柱に激突。かなりスピード出してたし、だれもがもう助からないと思ったようだった。そのとき、天国の入り口まで行った」

「おお」

「気づいたとき、おれは自動改札機がずらっと並んだところに立ってた。それで無意識のうちにポケットを探り、ピタパを取り出してタッチした。ところがエラーになってゲートが開かない。何回やっても開かない。そうこうしているうちに意識を取り戻した」

「自動改札ですか、駅と同じなんだ!」

「改札は一か所だけなの?」

「うーん、どういえばいいか。実はそれは二年前の話なんだけど、その後また事故って。二回目に行ったときはちょっと変わってたんだ」

「二回目って、ひょっとしたらそれが」

「そうそう。ついこの前の事故で、いまご覧のように入院してるわけ。二回目は、道路に何か落ちていてスリップして一回転して崖下に転落。一瞬なので何が何だかわからなかったけど、とにかくまたもやおれは天国の入り口に行ったんだ。すると、すっかりリニューアルされててね」

「リニューアル!」

「全体がものすごく複雑な構造になっていて、改札も何か所もあった。しかも手のひら認証。手のひらでタッチするとゲートが開くんだね。それで、おれも手のひらをぴたっとつけたが、何回やってもSF映画みたいに『INVALID』と表示される。途方に暮れてるうちに遠くからおれの名前を呼ぶ声が聞こえてきて、だんだんそれが明瞭になってきて……意識を取り戻した」

「なんということだ、入天国システムもどんどん変わっていってるということなんですね!」

「なんだか心配になってきたわ。私、方向音痴でその上メカ音痴なのに……『INVALID』なんて言われたら泣きそう。それに、複雑な構造って、一体……私、迷子になっちゃうかも。うわーん」

「泣くんじゃない、マリ子。小平さん、どんな感じだったんですか、もうちょっとくわしく」

「えーっと、そこは10階建てくらいで……中央が吹き抜けで、その両側に階段やらエスカレーターがあって、そうそう、とても大きな階段があって、そこでたくさんの人が休憩していたような……」

するとじっと聞いていた田中さんが

「ふっふっふ、しっぽを出したな、小平くん。君が京都人だったとは知らなかったよ!」

小平さんは包帯のすきまから、はっとした表情を見せた。

「むっ、なぜそれを」

「何が天国だ、それは現在の京都駅ビルのイメージじゃないか。大きな階段が聞いてあきれる。おおかた天井はガラス張りで空中径路もあったとか八条口がどうとかいうんだろう、このあん入り生八つ橋野郎が!」

「なんだと! せ、千年の都、京都をばかにする気か! この味噌煮込みうどんひつまぶし手羽先天むす野郎が!」

「何を言うか、この……にしん蕎麦しばづけ湯豆腐千枚漬け野郎が! げほげほっ」

「いやーん、どれもおいしそう! 天国に行ったらいろんなおいしいものが食べられるのね!」

「マリ子、若干反応のポイントがずれてるよ。そういう私もほかほかの白ご飯を食べたくて食べたくてたまらなくなってきたが、そうではなくてだね、あれ、田中さん、だいじょうぶですか!」

「げほげほ、げーほ、げーほ、げほ、げほ!……う……」

「田中さん! 田中さん?!」

「きゃ、田中さん!」

「…………」

看護師や医者がばたばたと駆けつけた。大騒ぎになった。

「これは……だめかもしれん」

医者のつぶやきを耳にした二人が一瞬顔を見合わせ、うなずき

「田中さーん、あの、向こうの最新情報を」

「よろしくお願いしまーす!」

そう言うと医者たちが一斉ににらみつけた。


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なんだかまた天国ネタを書いてしまったようだが、それはさておき……先日、神戸に行った帰り、阪神の特急に乗車。その日は少し早起きしたので立ったままうとうとしかけるくらい眠かった私、途中の停車駅で席があいたので喜んで座ろうと近づく。

と、別方向からひとりのお兄様(私よりだいぶ年長の男性という意味です)がちょうどその席めざして歩いてくるところだ。これは恐縮! 「あ、すいません、どうぞ」と言ったが、お兄様は座ろうとせず私に座るよう促す。あー、困ったなあ……。

空席の横に座ってた若い男性が少し詰めてくれたら、二人座れそうな感じだったので「じゃあ、ふたりで座りましょうか」と提案してもお兄様は、それは気が進まない様子。若い男性も聞こえないふりしてスマホをいじるばかり。ますます困った。お兄様はあくまで私に座れと言ってるみたいなので、ええいと観念して座った。

お兄様はノルディックウォークのポールを二本持ち、健脚らしい。元先生と言われたら納得しそうな感じの人だ。なんとなく。私のそばに立ち、今年82歳だとか、西宮は空襲を受けて、その後道路がやけに広くなったんですとか、牛乳は体にいいが温めては効果がないとか、西宮で降りるまで雑談してくれたが、ひょっとして「やっぱりさっき座ったらよかった……」と、途中で思われたのではと気になった。だって、座ろうとしてたんだもんなあ。疲れてたはずだよな……。

隣に座ってるこの男性が気を利かして詰めてくれたらよかったのにと思い、ふと「いや、この男性も『さっき、すぐに詰めたらよかったなあ……』と後悔してる可能性もある」と気づいた。三人それぞれ、落ち着かない時間を過ごしたのかもしれない。席を譲る・譲られるってほんと、難しい。